前日譚:第三話

 帰り。

 ノートとかを買うだけに文具屋によっただけなのにいつもの癖でまたマステを眺めて買っちゃった。

 電車も逃して三十分待ちだし、受験生としてあるまじき。今朝の決意が……。

「ただいま」

「椿、おかえり」

 もう帰ってきてるってことは今日は調整日か。

「今日はちょっと遅かったねぇ」

「あれ、電車逃しちゃったって送らなかったっけ?」

 ……ほんまや。とお母さんが笑う。

「もう、いつもちゃんとメッセージ見ないんだから」

「通知消す癖付いてて忘れてしまうんよ」

 まぁいつものことだし慣れてるからいいんだけど……。

「とりあえずご飯食べよかぁ、手洗ってきな椿」

「うん、すぐ行くね」

 手を洗って荷物を部屋に置いてご飯を食べて。

 少し勉強したらお風呂に入って。

「最後だからっていつも入り過ぎちゃうなぁ」

 のんびりお風呂に入ってたらもう一時間も経っちゃってた。

 でも、この瞬間だけがリラックスできる時間でもある。

 なんて言ってても流石にのぼせるしあがって勉強しないと。



 お風呂からあがって髪を乾かしてるとお母さんが顔を出してくる。

「椿、桜ちゃん風邪やなかったって!」

「えぇ、そうだったの?」

 じゃあどうして顔出さなかったんだろう?

「あのな?今日が受験やったみたいでな」

「……お母さん、私の受験の日覚えてる?」

 固まるお母さん。

「こんがらがっとったかも知れん」

「最近そわそわしてたの、もしかして今週末が私の受験だと思ってたり?」

 笑い出すお母さん。

「あはは、その通りや!今週が椿で来週が桜ちゃんだと思っとたわ」

「逆だよ!来週が私だよ!」

 二人して笑う、笑い声に釣られてお父さんがやってくる。

「二人して何笑っとるん?」

「いや、お母さんが私と友達の受験逆だと思ってたって話」

 お父さんも釣られ笑いしてしまう。

「ってことは杞憂だったってこと?」

「そうなんよ、最後の追い上げで顔出せんって言っとったらしくてな」

 お母さんが笑いながらメッセージを見せてくる。

 ギルド掲示板に桜さんのメッセージが。

『今週受験だから顔出せなくなる、ごめんね!』

「……お母さん、メッセージ読まないもんね」

 そのとおりやね、と笑い続ける母。

 いや、ちょっとまって逆に私が今週末だと思われててびっくりなんだけど!?

「お母さんやたら今週末って言葉出してきたのってそれだったんだ……」

「覚えたから許してやぁ、来週末やんな?」

 土曜日だよ、ちゃんと忘れないでね。と曜日まで丁寧に添えて釘を刺す。

 カレンダーに赤丸付けとくわぁ、とリビングに向かうお母さんと一緒に戻っていくお父さん。

「まったく……そそっかしいんだから」

 笑いながらまたドライヤーで髪をなびかせる。

 でも、風邪じゃなくて良かった。

 って、中途半端に脱衣所で話してたら湯冷めしちゃったかも、今日は暖かくしておかなきゃ。




***




「椿、お粥ここ置いとくからね」

「うん……ありがとう」

 受験前に風邪を引いてしまったのは私の方で。

 毎年この時期になると一回は引くからせめて受験後が良かったんだけど……。

 むしろこのタイミングで良かったかな、とも思いながらお粥を食べる。

「あっつ……」

 お母さんが作ってくれたお粥は、まるで深い愛情を表すかのように熱い。

 なんとか冷ましながらお粥を食べ終わり机の横に置く。

「勉強したいけど……頭回んないや」

 しょうがないと自分に言い聞かせながら天井を仰ぐ。

 これだけのんびりしたの、どれくらいぶりだっけ。

 ……受験期だから仕方ないけど、ずっと勉強詰めだったから。

 お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった。

 ちょっと……寝よう。



「椿ちゃん、体調大丈夫?」

「うん……少しふらふらする」

 少女にもたれかかる。

「うん、椿ちゃんなら合格出来るよ」

「どうして?」

 とても純粋な疑問を浮かべる。

 それは、自分に対しての感情でもあった。

「頑張ってきたんでしょ?ちゃんと応えてくれる」

「頑張っては来たけど、それでも」

 ――不安なものは、不安。

「怖いのは誰だって一緒。私だってそうだもん」

「……桜さんも合格出来ますよ」

 それなら良いんだけどね、と笑いながら。

 また、私の頭を撫でる。

 心地よい感覚、優しい感覚。

「風邪もすぐ治るよ、最後の追い上げ頑張ってね」

「ありがとうございます、期待に応えれるようがんばります」

 うん、いい子。そう言うと部屋から出ていく。

 ――意識が反転するんだなと悟る。


 目覚める。

「またいい夢みとったん?」

「うん、多分そうだと思う。思い出せないけど、暖かい夢だったと思う」

 それは良かったわぁ、とお母さんは笑いながら頭を撫でてくれる。

「だいぶ熱も引いてきたんやない?」

 お母さんは私のおでこを触りながら。

 私は枕元に置いてある体温計を手にし、体温を測る。

 ピピッっと電子音がなるけどもう少しだけ待つ。

「椿そろそろ五分やよ」

 体温計を取り出し画面を見る。

「うん、もう平熱に近いよ」

 お母さんも覗き込み安心した顔で私を見る。

「今年はもう引いたからこれで準備は万端やね」

「あはは、そうだね」

 笑いながら夢の事を思い出そうとする。

 最近見る、この優しい夢……思い出そうとしても思い出せない夢。

 でも、いつか理由がわかるんじゃないかなって……。

「寝汗だけシャワーで流して寝るんよ。おやすみね、椿」

「わかってるって。おやすみ、お母さん」

 寝すぎてちょっと身体が硬くなっちゃってるのを伸ばしながらお風呂に向かう。

 ベタッとした寝汗をシャワーで流す。

 確か水分不足だと汗がベタつくんだっけ、もうちょっと補給しとかなきゃ。

 シャワーを浴びて湯冷めしないように冷蔵庫からお茶をささっと補充して部屋に戻る。

 さぁ、もうすぐ本番だ。

 風邪が治ったら最後の最後、駆け抜けるぞ。

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