前日譚:始まりの交差点。

前日譚:第一話

「……ちゃんと合格出来るかな」

 何回も過去問を解いて、何回も自己採点をして、何回も何回も重ねて来たけど……それでも不安は残ったまま。

 お母さんは椿なら大丈夫って言ってくれるけど、それでも……。

 そんな事を考えながら気が付けばそろそろお母さんが帰ってくる時間。

 ……今日は少し遅いってことはギルドバトルやる日なんだろうな。

 十九時ちょっと、お母さんが帰ってくる。やっぱりだ。

「椿ぃ!桜ちゃんが今日も顔出しとらんのよぉ!心配やぁ」

「桜さん、昨日も顔出してなかったんだっけ?」

 そうなんよ、とお母さんは少し落ち込みながら食事の支度をする。

「椿の受験も心配やし、桜ちゃんの体調も心配なんよ……」

 お母さんは、好きな人には本当に優しいと言うか甘いから……。

「来週受験なんだっけ?」

「そう、だからこの時期に風邪でも引いとったら追い込みがなぁ」

 ……自分の受験と同じあたりなんだ。

 私も来週末受験だから、なんか親近感がわく。

 どんな人なんだろう、桜さんって。

 何回もお母さんの話には出てくる人だけど、わかってるのは今年受験生で……つまり同い年ってことくらい。

 今年の夏に会ってきた時は凄い楽しそうに帰ってきたから良い人なんだろうなってのはなんとなくわかる。

 なんだかんだ、この癖の強い母に育てられてる訳だから。

「お母さんは心配しすぎなんだって。もう少し信じてあげたら?」

「信じる……確かに二人共ちゃんと合格してくれるって信じとるけど」

 私も、それに応えなきゃ。

「とりあえずご飯食べちゃおう?夜になったら顔出してくるかもだし」

「……せやねぇ、食べようか」

 晩御飯を食べて、少しだけリビングでくつろぐ。

 さてと、自分の分は頑張らないと。



 コンコン、とノックの音がする。

「椿、起きとる?」

「起きてるよ」

 ガチャっとドアが開く。

「寒いしココア入れてきたんよ」

「ありがとう。ちょうど今過去問区切り良いところついたところだったし」

 頑張っとるなぁ、とお母さんは私にココアを手渡してくれる。

 そのまま戻ると思いきや、私のベッドに座るお母さん。

「あのなぁ、椿?」

「どうしたの?」

 お母さんはまた、寂しそうな声をしながら。

「今から夜バトルやけど、桜ちゃん来るんかなぁ」

「どうだろう?いつも夜は顔出してるんだったらそろそろ顔出すんじゃない?」

 わからないけど……受験期でも息抜きがてらと夜だけは欠かさず顔出してたらしいし。

 風邪とか、そう言うのじゃないといいな。

「まだおらんなぁ……」

 このまま居るつもりなのかなお母さん。

 でも、なんか気持ちはわかる。きっと寂しいんだ。

 お姉ちゃんは進学と同時に家を出ていったし、私くらいしかこうやって弱音を吐ける人が身近に居ないんだろうなって。

 私もそう。お母さんしか弱音を吐ける相手が居ないから。

「……ラストの時間やぁ」

 居座ってから二十分ほど。まだ、来ないらしい。

 ココアも飲みきってしまって、お母さんの横に座りながらゲーム画面を眺める。

 なんか、段々他人事じゃない感じになってきて……心配と言うか。

 直接関わってないし話したこともないけど……桜さんってどんな人なんだろうって気持ちがぐるぐるする。

 最終出撃の指示が出て、お母さんも必死に戦いに出る。

 チャットが流れる、流れていく。でもそこに桜さんは居ない。

「一応毎日起動はしとるっぽいけどやっぱりおらんのは寂しいなぁ」

「私まで心配になってきちゃった」

 椿はいい子やもんねぇ、とお母さんは笑う。

「で、お母さんはいつ寝るの?明日も仕事でしょ?」

「そろそろ寝る……。おやすみね、椿」

 うん、おやすみ。とお母さんを見送って。私もちょっと疲れたし横になろう。

 明日も頑張って……自分の夢の為に、応援してくれてる家族の為に。

 それに、ギルドの方々も応援してくれてるってお母さんが言ってたし。

 みんなの分、返せるように――。

「……頑張ろう」

 誰宛でもない、言葉を溢し。

 一旦、夢の中に潜っていく。

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