魔神バルイロッチを封印せよ(完) 八極の竜闘士
マルチネもローズも声が出せなかった。
突然現れたこの男によって救われたのは事実だったがあまりにも常識外れで、桁外れに強過ぎる。
「チッ……なんなんだ『ほな、さいなら』って! あそこは『じゃあな!』とか『これで終わりだ』とかでシメるもんだろ――が!」
男はよく分からない事で怒りまくっている。だがふとマルチネとローズの視線を感じ、少し頬を赤らめて1つ、咳払いをした。
「ン。ゴホン……そっちの美しいお嬢さん、『封印』持ってるか?」
「あ、ああ」
目の前の戦いのあまりの凄さにすっかりその事を忘れていた。
「『封印』!」
マルチネがスキルを発動させるとリンの体からバルイロッチの魂と思われる紫色のガスがスッと空中へ漂い出る。
煌砂の方へと誘導する様に腕を振ると、そのガスはフラフラと漂いながら木箱へと向かい、サクンッという音と共に砂の中に埋まった。
急いで木箱の蓋を閉め、縦、横と白い紐で綺麗に結ぶ。
「あ、あんた、一体……いや先に礼を言わせてくれ。有難う。あんたのお陰で助かったよ」
ローズが恐る恐る声を掛けた。
「気にすんな。ついでだ」
済ました顔でそう答えた。
「で……あんた何者なんだ」
「ああ? ジンって
「バルチア訛り?」
「クソッ! とれねーんだ、あのクソ地方の言葉が! 時々フッと出て来よる、出て来やがる。ウガ―――ッ!」
ジンは自分の意思とは無関係に出てくるバルチア訛りが苛ついて仕方が無いといった態度を取る。
あれだけの激しい戦闘の後だというのにそんな事は全く忘れてしまったかの様だった。
「大丈夫だ。あたし達慣れてるから。で、あんた、何者なんだよ。名前じゃなくてさ。ただモンじゃねーのはわかるよ。けどこんな強ええ奴がこの辺りにいたらさすがに何か情報が入ってくる筈だ」
「んあ? しつこいなお嬢ちゃん。ジンだよ。それ以上でも以下でもねえ」
「いや、例えばどこのギルドに登録してるとか、誰のパーティに入ってるとか、もしくはどこかの国の軍人、とかさ」
「はあ?」
ローズの言葉が心底理解出来ないと言う様に聞き返す。その態度でマルチネが確信した。
「ローズ、わかったよ。その人の正体」
リンとエルサを治癒しながらマルチネが言った。
「竜闘士だよ。竜闘士、ジン」
「竜闘士ジン?」
ローズはその通り名らしきものを知らない様だった。
「本当か嘘か知らないけど……二百年を生きていると噂される武闘家だ。あらゆるバリアを破壊し、打撃ダメージを与える事が出来る上、打撃、魔法の攻撃に高い耐性を持つと聞いたよ」
「おお。概ね合ってるぜ。無敵だからな俺は」
ジンが腕を組みながらマルチネの説明を聞き、澄ました顔で頷いた。
「に、にひゃ……?」
「ヘッヘ。長生きだろ?」
ジンが得意気に言う。そこでローズは何かに思い当たった。
「お、おい、おんたまさか……アロイジウスのジジイと同じ、は、『八極』!」
「んあ? まあ世間ではそう括られてるらしいな。俺にとっちゃ何の意味もない事だが」
涼しげな顔でそう言うとこの場に興味を無くした様に、
「さあて可愛い女の子を3人も救った事だし、行くかな。この魔神も拍子抜けだったしな」
「待ってくれ」
腕を頭の後ろで組んで帰ろうとするジンの前に出て呼び止めた。
「何や? ……何だ?」
「頼む、あたしを稽古してくれ」
「断る。じゃあな」
ローズを避け、無視して進もうとするがもう一度ローズが前で立ち止まった。
「お願いだ。あたしは強くなってリンを守らないといけないんだ」
「ったく、これだから世俗の奴らと絡むのは鬱陶しい」
「何て言われようが構わない。頼む、この通りだ」
ローズが地面に頭を付けた。
「……」
ジンは冷ややかな目でローズの後頭部を見下ろしていたが、不意に意地悪な顔付きになり、
「あの男が好きなのか?」
「え……ち、ちがっ、そんなんじゃねえ!」
頭を上げて取り乱す。それを見てジンが更にニヤリと笑う。
「あらあ? どうなのかなあ?」
「本当にそんなんじゃねえんだ。あたしはあいつに一生掛けて返す恩がある。奴隷で殺人人形だったあたしを救ってくれたんだ。あいつの為ならあたしは何だってする」
「ふ――ん。でもあいつ、そこまでしてお嬢ちゃんに守ってもらわないといけない程弱くはねえぜ?」
「……?」
思ってもいない事を言われ、不思議そうな顔でローズが見返した。
「知ってるか? 魔神憑きってのは表は魔神だが内側は憑かれた人間だ。魔神はその人間の人格が表に出て来ない様にする為に、内側では憑いた人間を力で制御しようとするんだ」
「内側で……?」
「つまり憑かれた奴は魂で戦ってるって事だ。この抵抗が強ければ強い程、表の魔神は弱くなる。力が表に回せないんだ。バルイロッチは第23位の魔神。23位って本当はもっと無茶苦茶な強さだからな」
最初は訝しげに聞いていたローズだったが徐々にその顔に嬉しさと喜びが入り混じった表情となる。
「じゃ、じゃああの時、リンも一緒に戦ってたって事……」
「ヘッヘッヘ。嬉しそうな顔するな、お嬢ちゃん。まあそういう事だ。俺にとっちゃあつまらなかったが、あいつがバルイロッチの強さを半減させていた。もっとも全力で来たとて俺の方が強いがな」
ローズは頷いて少し笑みを浮かべたものの、
「有難う、教えてくれて。でもやっぱりあたしは強くなりたい。ならないといけない」
「はぁ~~強情なお嬢ちゃんだねえ……俺、女には弱いんだよな」
頭をポリポリと掻き、困った顔になる。
「分かったよ。但し1日だけな。少しだけ見てやるよ」
「ほ、本当か! あ、有難う!」
ローズにとって同じ素手での闘い方をするジンはこれ以上無い良い手本だった。
今の彼女からは雲の上の更に遥か上の存在ではあるが、それに少しでも近付かなければならなかった。
やがてエルサに意識が戻り、更に暫くしてリンが目覚めた。
その頃にはもうジンとローズの姿は無くなっており、マルチネは彼らに全ての経緯を話し、洞窟の入り口を封印し、山を降りた。
第2章『色欲魔神バルイロッチ』(完)
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