魔神バルイロッチを封印せよ(4) ジン

 リンは魔神憑きとなった。


 体の筋力は膨れ上がり、先程までの色っぽいバルイロッチとは全く異なるものだった。体格はギットよりも大きくなり、遠目からであれば誰か全くわからない。だが顔付きはリンそのものだった。


 ようやく意識が元に戻ったローズだったが全く状況が飲み込めない。


「おい……おい、リン、なんでお前が、魔神憑きになってんだよ……」


 リンを見上げ、呆然と立ち尽くす。

 バルイロッチは愉しそうにローズへ笑うと、


「こいつはお前を助けようとして俺に憑依された。この鍛えられた体は絶対に離さない。お前達が来た時からこの体に目を付けていたのだからなぁ」

「あたしを……助けようとして?」

「さてお喋りは終わりだ。誰から俺の餌食になるんだ? お前か?」

「ふ……ざけやがって……」


 ローズの怒りと共に全身が黄金色に輝き出す。


「『雷神』かぁ。さっきのあのお姉ちゃんといい、なかなかだぞお前達」


 更にオーラを噴出させ、筋肉が膨れ上がる。


「黙れ!」


 雷神を纏った怒りの一撃!

 それはバルイロッチの土手っ腹にまともに入った。

 だが今度はエルサの時の様に穴は空かなかった。むしろ殴ったローズに全てのダメージが返って来た。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 一発で拳の4本の指の根本から骨が飛び出し、右腕が再起不能状態となる。


「ローズ!」


 マルチネが治癒のスキルを発動しようとするがその度にバルイロッチが間断なくエネルギー波を飛ばし、攻め立ててきた。


「うおお!」


 今度は大きくジャンプ、バルイロッチの喉元への左の一撃を放つ。だがこれもバルイロッチは笑って真っ向から受ける。

 グシャリと嫌な音がしてローズの左手も右手と同じく、もう使えないものになってしまった。


「クックック。俺と戦うには20年早いなあ。さあてじゃあゆっくりと楽しませて貰おうか」


 黄金色に光ったままのローズの両手を掴み、外側へと広げた。それだけで痛みが脳まで響き、ローズの口から呻きが漏れる。


「ううん。こんな可愛い子を子供のままにしておくなんてこの男、頭おかしいんじゃないか」


 まじまじとローズの顔を見つめてバルイロッチが言う。ローズは苦痛で顔を歪ませながら、その顔にペッと唾を吐きかけた。


「ケッ! てめえみてえな下半身魔神とリンを一緒にするな! リンを返せ!」


 一瞬押し黙ったバルイロッチだったがすぐ様、ニヤリと笑い、


「威勢の良い女は最高だな。じゃあ頂こうとしよう」


 同時にローズの『雷神』効果が掻き消える。更に口元を歪め、バルイロッチがローズに顔を近付けたその時だった。


「お。ここだここだ」


 洞窟の入り口の方から1人の体格の良い男が入って来た。


「……」


 バルイロッチはローズの両腕を掴んだままジロリとその方を睨む。


「んあ? 取り込み中かい? だが感心しねえな。男が女をいたぶるなんてよ」

「何者だ貴様」


 明らかにバルイロッチがその男を警戒した。マルチネは勿論、ローズもこの辺りで全く見た事の無い顔だった。


「何者って訳でもねえが俺はジンという。近くを通ってたら強え奴の気配を感じたんでここまで来たんだが……ただの下衆だったかな。ヘッヘ」

「ジン?」


 ジン、と名乗った男、赤い短髪の後ろを刈り上げており、目付きは細く鋭い。全身、引き締まった体をしているが肩と背中、太腿の筋肉はかなり盛り上がっていた。身長は2メートル近くあると思われた。


 その男は武器を持たず、ただ赤い皮を拳に巻き付けているだけだった。


 その姿と名前でマルチネがひょっとしてと思い当たるが、まさかとの思いの方が強い。マルチネの想像通りであればこんな所に居る筈の無い男だったからだ。


「フン。雑魚は引っ込んでろ。一歩でも動くとこの女の両腕をへし折る」

「あ? どうやってだ?」


 不意にジンの辺りに棒線が何本も入った様に見え、景色が歪む。その光景にローズは既視感があった。


「でかい口を! 後悔しやがれ!」


 バルイロッチは両腕に力を込め、ローズの血だらけの腕を思い切り下に引っ張った。

 肉が千切れる嫌な音がし、地面に2本の腕がボトボトッと落ちた。


「んな……なぁ―――ッ!」


 叫んだのは魔神の方だった。


「ヘッヘ。なあ、どうやってやるんだよ?」


 肘から先が綺麗に切れて落ちたのはバルイロッチの方だった。ジンは一瞬で十数メートルの距離を詰め、見えない手刀で魔神の両腕を斬った。


 ジンはローズに後ろに下がれ、と目配せと顎で示し、すぐに不敵な笑みをバルイロッチに向けた。


 切り落とされた腕はすぐに生え、バルイロッチは凶暴さを剥き出しにしてジンに襲い掛かった。


「ガァ―――ッ!」

「そうこなくっちゃ」


 ジンは嬉しそうに笑いながら左半身を前に突き出した中腰の体勢を取り、バルイロッチへと体を向けた。


 目にも止まらぬ、とはこの事だった。


 リンの姿をしたバルイロッチが繰り出す、時折エネルギー波をも交えた斬撃の数々だった。

 その攻撃をジンは笑みを浮かべたまま、上半身の動きで避け、手のひらでいなし、隙を見て拳を叩き込む。


「でぇりゃあ!」


 バルイロッチの右手側からの薙ぎ払い、これは上半身の動きだけではどうにもならない筈、彼と同じ素手での戦い方をするローズがそう思った。


 いつの間にか彼女の両手は治っていた。マルチネが治癒させたのだ。だがそれに気付かない程、食い入る様にジンの戦いに見入っていた。


 ジンはその薙ぎ払いに対して後退せずに一歩前へ出、剣を持つリンの右腕内側を左の手のひらで止め、そのまま突進し、右の肩をぶち当てた。


(な、成る程!)


 思わず心の中で手を打った。

 ジンはとにかく退がらなかった。その戦い方がいいとは必ずしも言えないが、そう出来るにはそう出来るだけの根拠があった。


 バルイロッチはもろにカウンターを食らって吹っ飛ぶ。地面を背にバウンドしながらドッシャア!と倒れ込んだ。


 すかさずジンの姿がまたる。刹那、仰向けに倒れるバルイロッチのすぐ左手に現れ、致命の一撃をその顔面に叩き込んだ!


 その顔はリンの面影がもっともある所だった為、思わず手を口に当てたローズとマルチネだったが、バルイロッチはすんでの所でそれを避け、上体を起こして口をガバッと開いた!


「ガァッ!」


 ローズに散々浴びせた濃い紫の液体を凄まじい勢いで吐き出した。

 と、既にそこにはジンはいない。


「あ? どこ行き……」


 バルイロッチが一瞬ジンを見失う。

 その数瞬後、強烈な右ストレートがバルイロッチの真横から炸裂した。

 顎から吹き飛ぶバルイロッチをまるで瞬間移動の様に追いかけ、上から拳を落とす。


「ほな、さいなら」


 急にバルチア訛りとなったジンが笑みと共に、リンの頭が地面にめり込む程の一撃を食らわせた。


 遂にバルイロッチはピクリとも動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る