魔神バルイロッチを封印せよ(2) 恐怖の魔神
「あの洞窟の中。あの中にバルイロッチを封印した何かがある」
エルサが逃げ込んだ洞窟を指差し、リンが言った。
「中の封印が切れかかっているって事ね」
「入口の封印が解かれたんだ。さっきのエルサの感じだと中の方がやべえかもな」
そのマルチネとローズの2人に向かって、
「奴の能力はさっき味わった通りだ。また気持ち悪くなったら大声で言う事にしよう。お互いにシバき合うんだ」
意を決して3人は洞窟へと踏み込んだ。
洞窟内はリンが手を伸ばすと天井に届く程狭く、冷んやりとして湿気が多かった。奥に進むに連れて差し込む光が小さくなり、マルチネのスキルで辺りを照らしつつ進む。
「エルサ! エルサ!」
大声で呼ぶが、声が反響するだけで返事は無かった。
程なく彼らの目の前に広い空間が現れる。
「ここは……」
「終点の様だな」
「2人共! あれ!」
空間の奥に明らかに人工の机の様なものがあり、その上に箱が一つ置いてあった。
辺りを警戒しつつそれに近寄る。
「砂……?」
黒の光沢が美しい木箱の蓋が開いており、その下に黒く細い紐が雑多に置かれていた。
箱の中には海岸で観る様なきめ細かな美しい砂がキラキラと光り詰まっていた。
リンが蓋を手に取る。表には何も無い。ひょいと裏を向けると文字が書かれた紙が貼ってある。
『これに封印するんだよ。ロン』
「……」
「分かり易くていいじゃねえか。流石はオッサンだ」
「そ、そうか。有難う、ローズ」
恥ずかしさで額に汗が滲む。
マルチネはさらさらと指先で砂を触り、
「これは『煌砂』だね。確かにこれなら悪魔を封印出来る筈」
「煌砂?」
「うん。現在ではその技術が知られていない、不思議な『煌』の文字が付く品々の1つ。煌砂はそれ自身が豊富な神霊力を持ち、持っていれば魔除けや神霊術の強化にも使える」
「へえ。父さんは一体どこからこんな物を……」
祖父の形見の『煌鎖』を思い出していたその時!
「!」
突然、今まで感じた事のない殺気、いや、『恐怖』が全身を支配した。
それはまさに『恐怖』そのものだった。
何かを見聞きして感じるそれではない。最初から得体の知れない恐怖の感情が湧き上がる。
ローズも同じ様だ。目を見開き、前を向いたまま、プルプルと震えていた。
「リ、リン……うし、うしろ」
上擦ったマルチネの声が背後から聞こえて来る。
強張る体に鞭を打ち、ギ、ギ、と音が出そうな程ぎこちない動きで振り向いた。
「―――!」
出口へと通じる、彼らが入って来た唯一の道を背に立っていたのはエルサだった。
だがそれはもう、偏屈な祖父を気に掛けていた優しい彼女では無かった。
服装は所々破け、肌は濃い紫色に変色、体から湯気の様に紫とピンクのオーラが止めどなく溢れ出るのが肉眼で見える。
吊り上がった目に白眼は無く、顔にはおよそ地上には存在しない様な禍々しい印が浮かぶ。
口からは先程まで無かった牙が覗き、ニヤリと笑ってリン達を見据えていた。
彼らはエルサのその状態に心当たりがあった。
「こ、これが……魔神、憑き!」
アロイジウスが淡々と語ってくれた時の事を思い出す。
「エ、エルサ?」
万にひとつの期待を込めて呼び掛ける。
ブン。
エルサの姿が歪んだ様に見えた次の瞬間、彼女の体はリンの目と鼻の先に浮かんでいた。
目の前にはエルサの、眩しい程滑らかな肌、そして筋肉で引き締まった脹脛があった。
「ふぐ……!」
その脚はやがてゆっくりと、リンに見せつける様に開いていく。
彼女はミニスカートを履いていた。
(つ、つまり、少し目線を上げたら ―――)
チラ……
「ダ、ダメッ!」
マルチネがすんでのところでリンの目を塞ぎ、ローズが「このドスケベッ!」とリンの頰を殴った。
体は数メートル飛んだが、知らぬ内にまた侵されかけていた意識も戻る。首を振り、
「あ、有難う。マルチネ、ローズ」
と同時に、
(こ、これは、色んな意味で体がもたないぞ)
そんな事を考えた。
不意にエルサが笑い出す。だがそれはあの快活な声のエルサとは違い、何とも艶かしい女の声だった。
「アッハッハ。一応、私が色欲を司る魔神、と心得てはいる様だね」
フワリと地上に舞い降りる。
全てが黒目であるというのにギロリと目を向けられ、順番に見られている事が分かった。
「フフフ。まだ
「子供じゃねえし!」
言い様、ローズが飛び出し、エルサの胸に拳を突き立てた!
アッサリと胸を貫かれ、彼女の口からは血らしき粘っこい液体が大量に吐き出される。濃い紫色をしたそれはローズへと降り掛かる。
「ウッ」
反射的にローズが手で顔を庇い、再び目をエルサに向ける。その彼女はいつの間にか数メートル離れており、空いていた穴も塞がっていた。
「バカなっ!」
「今、確かに捉えた筈……」
リンとマルチネにも同じ光景が見えたのだ。
確かにローズの一撃はエルサの胸を貫いた。だが最初に目の前に現れた時と同じ、空間が歪んだ様に見えた次の瞬間、少し後ろへと移動しており、貫かれた筈の体は一切のダメージを受けていなかった。
「クックック。威勢だけじゃねえ……ウフフ」
ペロリと舌を出し、体をくねらせて言う。ふと両腕を体の前で交差させた次の瞬間、バッとそれらを広げる。
「ウッ……」
「ぐあっ!」
同時にとんでもない魔霊力が篭った爆風とも言うべきものを全身に浴び、3人は背後に吹き飛んだ。
「ん ―――。若い子の体はいいわぁ。でもほんとは私、男がいいのよねえ」
指を唇に当て、明らかにリンを睨みながらフフフと笑った。
「私は魔界序列第23位の魔神。色欲魔神バルイロッチ。よろしくね? お子ちゃま達」
圧倒的な魔力の前に成す術なく、3人はへたり込みながら震え出した。
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