魔神バルイロッチを封印せよ(1) 色欲

 数日後、ニューアーク村、村長宅。


「ほう。魔神を封じる目処がついたと?」

「ええ。なのでその洞穴の位置まで道案内をお願いしたいのですが」


 ジロリ、とリンを睨み、ローズ、マルチネと順番に眺めて行く。


「いやいや……どんな屈強な人間を連れて来るのかと思えば……二代目と小娘と線の細いおなご……無い無い。ムリムリ」


 ピクリ。3人の眉が同時に跳ね上がった。怒りを噛み殺し、リンが笑った。


「ハッハッハ。相変わらず口が悪いですね。とにかく我々3人いれば魔神なんてイチコロです。さっさと案内して貰えますか?」

「何だと? ワシは別に封じなくても良いと言っておるのに」


 ローズの堪忍袋の緒がアッサリと切れた。


「うるせえジジイだな。魔神の前にお前を退治してやるよ」


 片足立ちになり、目を剥いて拳を振り上げる。村長は身じろぎもせず、眉を吊り上げた。だが口に出した言葉の内容は、


「エ――ルサッ! こちらの方々を案内して差し上げろ!」


 だった。


「プッ……はいはい」


 笑ったのは横で話を聞いていた若い女性だった。皮を基調とした狩人の格好をし、ミニスカートに弓を背負っている。


 エルサと呼ばれたその女性はリン達を家の外へと連れ出した。


「でほ参りましょうか」


 ニコリと笑ってリン達の先導を始めた。



 ―

 道は途中から山道となった。


 その山はカツィーオと呼ばれ、ギリアとの国境のすぐ近くに聳え立つ山だった。


 なだらかな山道で思っていた程危険な山登りもなく進む。


 3時間ほど歩いただろうか。


「その……お爺ちゃんの事、嫌わないでやって下さい」


 突然、エルサがそんな事を言い出した。


「お爺ちゃん? 君はあの村長さんの孫なの?」


 リンが聞き返した。


「はい。お爺ちゃん、お婆ちゃんが亡くなってから寂しいんです。それまではあんなじゃなかったんですけど」

「だからといってあんな物言いじゃ余計、人が離れて行かないかい?」

「そうなんです。今じゃお父さんとお母さんも滅多に寄り付かなくなってしまって。お爺ちゃんがあんな言い方をするのは、相手を怒らせて沢山喋りたいだけなんです」

「プッ。喋りたいと思ってたらローズに殺され掛けたって事か」


 リンが笑うとローズも噴き出して、


「そりゃあたしがいりゃ、そうなるぜ」


 と笑った。



 更にエルサと3人は進む。


 やがてかなりなだらか、ほぼ平地と思える程の広い場所に着く。


 その先に今度は切り立った崖が見え、そこにポッカリと穴が空いている。


「ん……ハァ……着き、ました」


 山登りで疲れたのか、妙に色っぽい声を出してエルサが言った。リンに振り返った顔は頬と唇が赤く、目は充血していた。


「あ、あれ……おか、しいな」

「どうした、の?」


 首を傾げるエルサにリンも疲れたのか、息を切らしながら聞いた。


「洞窟が、見えて……」

「て事は、普段は……あそこは……見えないんだね」

「封印、してるんです……神木と……黒綱で」


 言われてみれば入口の辺りにそれら木片と黒い綱が撒き散らされている。


「封印の仕方は……知ってる?」


 エルサは苦しそうにリンを見上げ艶々しく、プルっと光る口元を少し動かし、小さく「はい」と言った。

 思わず力一杯抱き締めてその唇に吸い付きたくなる衝動を抑え、


「だ、大丈夫? エルサ。しんどそうだけど……」

「ん……ちょっと、ダメ……かも」

「おいで……」


 何故かリンはエルサを呼んだ。

 自分でも何故呼んだのか分からない。


「リンさん……もう、ダメ」


 体の力が抜けた様に崩れ落ちようとするエルサを抱き抱えた。が、当のリンも力が入らない。


 2人して地面に崩れてしまった。エルサはリンが抱いていた為、その上に乗った形になり、怪我はせずに済んだ様だ。


「あ、ごめ……大丈夫、ですか……リン、さん」


 そう言いながら顔を近付けた。


「う、うん。ちょっと……力が、入ら、ないな。おかし……」


 近付くエルサと見つめ合いながら言った。


「リン……さん、リン……」


 リンの顔を掴み、エルサが唇を重ねて来た。リンはそれを振り払おうともせず、それに身を任せる、どころかエルサの背中と尻を下からきつく抱き締め、彼女の口の中を味わった。


「リン……もっと……」

「エルサ……ん……」


 何が何だか分からなかった。

 ただ目の前の異性を抱きたい、貪りたい、2人の頭に浮かぶのはその事だけだった。


 不意にリンの頭に父ロンと母ユウリの声が響く。


(リン、お前なら大丈夫。やれるさ)

(リン? ローズちゃんを泣かしちゃダメよ?)


 ハッと気付く。


(俺、何やってんだ!?)


 半眼でリンの唇に吸い付くエルサを両手で離し、


「エルサ、しっかりして、エルサ!」

「あ……ん……」


 だが、まだ頰を赤くしたまま、リンに抱き着こうとする。リンは体を起こし、軽くペチペチとエルサの頰を叩く。


「あん……いや。リン……して……」


 思わず理性が飛びそうになるのを必死に堪える。


 何とか体がくっつかない様に立ち上がり、大声で、


「エルサ!」


 と叫んだ。と、不意にエルサの目が見開き、ガァッと小さく呻いたかと思った瞬間、1人で洞窟の中へと凄まじい速さで入って行った。


(こりゃあヤバい)


 同時に妙に静かな事に気付く。

 リンとエルサがあんな事をしていたというのにローズとマルチネが何も言わず、止めもしない事に違和感を覚えた。


 力無く振り向く。


 そこに居たのは汗を垂らし、体が震わせながら内股になって必死に何かに耐えている2人の姿だった。


 顔は紅潮し、内から来る何かをひたすら耐える表情をしていた。


 そのリンに気付くとローズとマルチネはリンに潤んだ瞳を向ける。


「リン……助けて……何か、体が……おかしいんだ……」

「リン……リン……私も……これって……」


 切ない表情でそう言う2人を呆然と眺める。


(ヤバい……この2人相手に……俺、耐えられる、かな)


 だがまたそこでハッとする。

 リンは声を出した。


「何を考えてんだ? そんな事考えてる時点で魔神の思うツボだぜ。しっかりしろ、俺!」


(これが色欲! 色欲魔神か! まだ思春期の俺には辛すぎるぜ!)


 だがそこまで考えが及んだリンには、もう体の不調も全て無くなっていた。


 ロンが書いていた。


『対策は意識をしっかり持つ事―――』


 と。


「ローズ、ごめん!」


 パッチ――ンッ!


 先程エルサにしたペチペチ程度では全く効果が無いと分かった為、リンは躊躇なく思いっきりローズの頬を叩いた。


 続けてマルチネにも謝りながら、平手打ちをする。


 2人とも頰を抑えて頭を振る。


「う、うう……なんだってんだ……クッソ気持ちわりい……」

「うう……ヤな事、思い出した……ありがと、リン」


 2人が意識を取り戻したのを確認し、洞窟を睨む。


「野郎、バルイロッチとかいうエロ魔神め。目にモノ見せてやる」

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