新妻マヤの出迎えと魔神退治準備の完了

 ニツィエに入り3日経つ。


 そろそろ領城のある辺りだった。


「領城には寄らないのですか?」


 シャオが言う。ラヴィリアの体調を気にしているだろうとの配慮だった。


「有難うシャオ。うん、大丈夫。今回はこのまま通り抜ける」


 今、ラヴィリアに会っても何も出来ない事が分かっていた。

 ラヴィリアを殺そうとしている魔神憑きの排除は絶対に失敗する事が出来ない。失敗は即、ラヴィリアの死を意味するからだ。


 リンは魔神憑きとなっている誰かを刺激する事を恐れ、領城の近くは通らず、直接ギルドへ帰ろうとしていた。


 そこへ……


「あれは?」


 アルフォンスが額に手を当て、首を傾げる。

 その方向を見ると一頭の馬がリン達に向かって駆けて来ているのが見えた。


「何だろう。でも目的は俺達みたいだね」

「騎手は小柄だな」


 追跡者チェイサーでもあるアルフォンスの目は良い。

 やがてリンの目の前までやって来たのは、丸い眼鏡を掛けた小柄な女性、マヤ・ベイクリッドだった。


「リン様ぁ!」


 マヤが喜色満面で馬を降りたため、リン達も同じく馬を降りた。


「マヤ! どうしたの? てか何で俺達がここにいるって……」

「う――ん。新妻の勘ってやつかしら?」

「新妻? ついにリン様諦めて結婚したんか?」


 レイジットがポカンとした顔で言った。


「ハッ。全くバルチアのアホな娘は困るわ!」

「誰がアホな娘やねん!」

「リン様の妻になったのに決まってるじゃない」

「なるか! ウチが認めへんわ!」

「で、冗談は置いておいて、どうしてわかったの?」


 怒り狂うレイジットを宥めながらリンが言う。


「『愛と平和』ギルドへ向かう王国軍を受け入れましたのよ。なのでリン様が王都に向かう事は分かっていたの。その時も寄っていただけるかな~~って思ってたけど素通りされたから帰りはそうされない様に見張っていたのですよ? オホホ」

「オホホちゃうわ。暇人め!」

「リン様、領城に寄って行って下さいな。そして私と今夜こそ……」


 ウットリとした目付きでマヤがそんな事を言う。


「今夜こそ何や? あ?」

「あら」


 レイジットを完全に無視してマヤはマルチネに目をやった。


「こちら、新しいお仲間なの?」

「うん。彼女はマルチネ。ニケで仲間になって貰った」

「マルチネ……ニケ……ひょっとしてマルチネ・フェンリル、さん?」


 瞬間、少しマルチネが警戒する様に後退る。


「あれ、マヤも知ってるのかい」

「ええ、ニケで学会のお偉い方々が殺されたって、情報が飛んでましたから」

「彼女は何もやってないよ」

「そうですか! リン様のお眼鏡に叶ったのならそうなんでしょう」


 つつつ……とマルチネへと駆け寄り、その手を握った。


「マルチネさん。私がリン様の妻マヤです。今後ともよろしく」

「妻はウチや!」


 またレイジットとマヤが喧嘩を始める。それを他所にマルチネがリンに、


「貴方モテるのね……ま、わかるけど」

「え? え?」


 それだけ言ってまた離れて行った。



 ―――

 1週間後。


 ようやくギルドへと辿り着く。


 リンはマルチネより先に酒場に入り、手を広げて出迎えるポーズをした。


「マルチネ!『愛と平和』ギルドへようこそ!」

「お邪魔するね」

「今日から君の家はここだ。寝るのは2階。レイジットの隣の空き部屋をどうぞ」

「……うん。有難う」


 リンはホロリと涙を流すマルチネの背中を抱き、クルリと後ろを向くと、ギット達に向かって、


「マルチネを連れて来たよ! まずは歓迎だ!」


 そう言った。



 翌日。


 リンはニューアーク村の魔神の話、そしてラヴィリアの話を全てマルチネに話す。


「成る程。それで私に目をつけたって訳か」

「まあ目をつけたって言い方をされるとアレなんだけど、まあそうか、そうなるね」

「大丈夫。君は私を助け出してくれた人だもの。一生ついていくから」

「ううん? うん? ゴホッゴホン!」


 マルチネが座る傍からレイジットが首を出し、彼女を見上げてわざとらしい空咳をする。


「あ……変な意味じゃないから。ごめんごめん」


 慌てて取り繕うマルチネだった。


「ん。ほならええんや」


 そう言ってまた引き下がって行った。


「これが父さんの手記だよ」


 そもそも『封印』を探すきっかけとなったロンの手記を彼女の目の前に置いた。暫くそれを読み、やがて、


「面白いお父さんね」


 ニコリと笑った。しまったそういえば、と思ったがもう遅い。


「あ、あはははは。あの、その、まあ、所々ジョークが入ってたとは思うけど、まあ……ごめんね」

「あはは。別に君が謝らなくてもいいよ。書いてある事はわかった。大丈夫。きっと役に立つよ、私」

「有難う!」


 魔神の話を聞いても、実際に戦った人間の手記を見てもマルチネは怖がらなかった。


「怖くねえのか?」


 ギットが声を掛けた。

 マルチネは笑みを見せ、


「怖いですよそりゃ。でも私、思ったんです。あのダロスと対決したリンとローズを見て。彼らも怖かった筈。でも恐怖を乗り越えて戦っていた。私も頑張らなきゃって。助けてくれた恩返しに」

「そうかい。まあ、お前ならロンも手放しで喜ぶだろうよ」


 それにレイジットが食いついた。


「えええ! ギッちゃん、ウチにはそんなん言うてくれへんのにぃぃ」

「チビ助2はもうちょっと精進しなきゃな」

「もう~~意地悪ぅ!」

「で、どうすんだ? 魔神退治のメンバーは」


 レイジットを無視してギットがリンに聞く。


「父さんを見習って少数でいく。基本は『封印』で期間延長すりゃいいだけだ。まだ何も被害は出ていない。つまり封印は解けてないんだろうし」

「言われてみりゃあそうだな」

「メンバーは、俺とローズ、マルチネの3人だ」


 だがまたもやレイジットが泣き付く。


「えええ、でも魔神が目覚めてたらエロくなんねやろ? 嫌やそんなん。ウチも連れてってえ!」

「お前、魔神とやれるのか? ニケに連れてって貰ったんだから今回は我慢しとけ」

「ぐぬぅぅ」


 ギットの言葉に何も言い返せず、ただ唸るだけのレイジットだった。

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