人斬りダロス

 王都ニケの中心地を離れた。


 この辺りはもうニツィエ領とさほど変わらず、多くの自然の景色が広がっている。


 郊外にある旅人用の宿屋で2部屋を借り、男と女で分かれて休む。


 その夜の事 ―――



 パチリ。ローズの目が開く。

 小さく灯る万年蝋燭の光でボヤッとした室内が目に入る。


 微かに頭を浮かし、室内を見る。


 レイジット、シャオ、マルチネ、皆、深い眠りを貪っている。


(気のせいか? ……いや)


 微かな殺気を感じた。

 カイが放ったほど大きなそれではない。明らかに隠した殺気。だがローズの感覚はその隠された殺気をも感じとる。


 フワリ。カーテンが揺れたと同時にそこにいる男の影に気付いた。


「誰だテメ――!」


 飛び起き、身構える。


「何と、勘の鋭い奴」


 男は驚いた様子だったがあっという間にローズの目の前に近寄り、剣を振りかぶる。


(は、速え!)


 避けるので精一杯の所に更にもう1人、窓から入ってきた。


 そのままマルチネに一直線、「マルチネ!」ローズが叫ぶが、丸く反った刀は構わずに彼女を襲う。


「ムッ」


 その剣は音も無く目に見えない何かに弾かれ、更にその剣のダメージが男を襲った。

 最初のローズの一声で目が覚めたシャオが瞬時に放った『反射』だった。


 その男にとどめを刺そうと走り込もうとしたローズの足が、目の前の男がサッと出した足に引っ掛かり、倒れ込んだ。


「んにゃ……え、ローズちゃん、ごめんウチにはリン様が……」


 パカンッ!


いった!」

「寝ぼけてんじゃねえ、起きろ!」

「クッ……」


 一瞬躊躇した男達は再び窓へと飛び移り、


「あ、待て、テメ――!」


 一度振り返ってローズを見てニヤリとしてから外へと飛び、逃げていった。


「えぇ。ここ2階やで」


 まだ寝ぼけ眼の状態だったレイジットが呟く。


「どうした!」


 扉が激しく開き、剣だけを持ったリンが入ってきた。

 マルチネは震えながらリンに向かって、


「あいつら……私の家を襲った奴らだ」

「何だと」


 ローズとリンが窓から下を覗く。


 そこには5、6人の体格の良い、軽めの鎧を着込んだ男達がいた。

 その中の一際大きな男が窓の方を見上げており、リンと目が合った。

 燃える様な赤い髪と真紅の瞳を持つ筋骨隆々のその男は腕組みをしながら不敵な笑みを浮かべている。


「グッ……何だあいつ、ただもんじゃないな」

「ああ。あいつはやべえぞ」


 リンとローズの2人は一瞬で汗が噴き出してくるのを感じた。


 男はニヤリと笑うと手を差し出し、人差し指を動かしてこっちへ来い、と合図をする。


「あいつ……!」


 窓まで来たマルチネが男を見て、すぐに後ろへ蹌踉めいた。


「どうした?」

「あいつが来た……あいつが……あの男がダロス」


 青褪めたマルチネが自分を両腕で抱いて震え出す。


「ダロス……マルチネを嵌めた張本人か!」


 言うなり髪を逆立て、リンが窓から飛び降りた! 直ぐさま、シャオが『鉄壁』を唱え、少しでもダメージが残らない様にする。

 ローズが窓に足をかけ、叫ぶ。


「アルフォンス! シャオも。ここにいてレイジットとマルチネを絶対に守ってくれ。標的はマルチネだ」

「分かった」

「任せて、ローズ」


 その返事も聞かず、リンに続いてローズもすぐに飛び降り、ダロスと呼ばれた男と対峙した。


「フフン。よく来たなぁ」


 ダロスは嬉しそうに舌なめずりをする。


「お前らがマルチネを嵌めたんだな?」

「ああ、そうだとも。もっとも嵌めるつもりなんてこれっぽっちも無かったんだがな」

「何?」

「殺すつもりだったのさ、あっさりとな。だが予想外の抵抗にあったんでな。で、もう一度来たって訳だ。今度こそあっさりと殺しにな」


 瞬時に飛び出すリンの剣がダロスの胴を打ち抜く。が、いつ抜いたのか、美しい反りを見せる片刃の剣で弾かれていた。


「ん、んんん。速い。いいね」


 男がそう呟いた時にはもうローズの拳が目の前だった。

 だがスッとそれを避け、一刀を放つ。ローズの方も見事にそれを避けた。


「だぁりゃ!」

「死ね!」


 リンの連撃とローズの拳が左右からダロスを襲う。

 不気味にも嬉しそうな顔をするダロスが、


「田舎の冒険者風情と思ってたら……やるじゃん?」


 2人の攻撃を見事な体捌きと剣捌きで避け、受けながらそんな事を言った。


 キラリ、その男の剣が光った気がした。


「ムッ」

「リン!」


 2人は頷き合い、一旦、ダロスとの距離を取った。


「い~い勘だ。これは殺し甲斐があるってモンだぜ」


 リンとローズに向け、鈍く光る長剣を縦に構える。


「こいつは俺の相棒でな。魔刀ゾルという。血を吸えば吸うほど強くなるってえ呪われた逸品よ」


 その刀を惚れ惚れとした表情で見つめながら言う。


「ローズ、何かヤバい。一旦、俺の後ろにいて」


 一瞬リンを見たがすぐにリンの背中へと回る。


「ククク。今から見せるのは。スキルでも何でねえぜ? だ。食らって怖れろ」


 剣を左手側へと構え、ゆっくりと腰を下ろす。


 それを2階から見ていたマルチネが手を口に当てて怯える。


「あれは! 防御スキルごとシュメルさんとアレナさんを一瞬で殺した構え!」


 その声が聞こえたのかどうか?

 リンも同じ様な構えをとった。


「……? おいおい小僧。散々人を殺して来た俺を舐めんなよ?」


 ダロスの顔から笑みが消え、僅かに怒りが見えた。


「舐めてるのはお前だ、ダロスとやら。ブツクサ言ってないでさっさとその


 明らかな挑発だった。

 ダロスは目を釣り上げ、怒りの咆哮を上げた!


「青二才が―――ッ!」


 見えない程のスピードで左から右へと薙ぎ払う。と同時にリンに襲い来る魔刀の斬撃!

 一瞬、間を置いてリンが同じ様に剣を薙ぎ払う。


 バキィィィッ! 木と木を思い切りぶつけた様な凄い音がしてリンの剣が大きく弾かれ、手から離れてカラカラと音を立て、背後の地面へと飛んでいった。


 リンの胸が大きく真横に切り裂かれ、血飛沫が上がる。だがそのダメージを与えた当のダロスが不満そうに顔を歪めた。


「何ィィ……耐えたぁぁ?」


 ダロスの予定ではリンは胸の上下で後ろにいたローズ毎真っ二つになっている筈だった。


「ヘッヘ……大した事、ないね?」


 リンは胸から出る血を庇おうともせず、笑ってそう言った。


「な、ん、だ、とぉぉぉ!?」


 額に浮き出る血管が明らかにダロスが怒っている事を示していた。


「マルチネを襲った事を後悔させてやる!」


 リンは素手のまま、ダロスへと向かった。


「何だてめえ!」


 再び剣を構えようとした所にリンの頭の上からローズが飛び出した!

 

「『雷神』!」


 ローズの全身が光り輝き、先程とは比べ物にならないスピードを見せる。


「グッ」


 剣でそれを防ごうとするダロスだったが、突如体の力が抜け落ち、体の動きが極端に鈍くなった事を感じとる。


「ゲッ……」


 そのダロスを強く睨みながら、


「『八鎖』。終わりだ、ダロス」

「なん……」


 ドォンッ! 到底、人を殴る音とは思えないそれと共にローズの拳がダロスの胸にめり込んだ。


 更に『八鎖』の効果がまだ続いていた為に吹き飛ぶ事も出来ず、ズズズと足を滑らせ、後ろへ倒れ込んだ。


「やった!」

「凄い……あのダロスを」


 シャオの歓声とマルチネの驚きが重なる。


「流石だな、ローズ」

「待て、喜ぶのは早い」


 これまで『雷神』の一撃を食らってすぐに立ち上がってきた奴など、少なくとも人間にはいなかった。


 だがダロスは直ぐに上半身を起こし、


「うおお……なかなかやるじゃん」


 ペロリと舌なめずりをした。


 ゾクリ。それまではマルチネの事で怒りで我を忘れていたが、一度倒したと思った事で気が緩んでしまい、リンは初めて目の前の男、ダロスに対して恐怖を感じる。


「野郎。死ぬまで殴ってやるぜ」

「ヘッヘ。出来るかなぁ」


 まだ『八鎖』の効果は継続中だった。だというのにダロスは膝立ちからスッと立ち上がる。体の力は半減しているはずなのに余りの余裕にローズも一歩を踏み出せなかった。


「どうした? 来ないのか? なら……」


 剣を構えようとしたダロスに部下らしき男が駆け寄って声を掛けた。


「ダロス様」

「あん?」

「軍が来ました」

「なぁにぃぃ!?」


 ダロスが振り返ると馬蹄を響かせ、ヴァタリスの国旗を掲げた一軍がやって来るのが見えた。


「ぐぬぬぬぬ……」

「退きましょう」


 歯軋りするダロスに冷静な部下が短く言う。

 ダロスはリンに向き直り、不敵に笑うと、


「小僧、名前は」

「リン・ウィー」

「俺は『人斬りダロス』と呼ばれる『赤のリーニー』の幹部の1人。今は退く。だがリン! テメェは俺が必ず殺す。残りの短い人生、怯えて生きろ」


 そう言い残すとそのまま後ろを向いて走って行った。リンは胸を張って、


「ふざけんな! その前に俺がお前をブチのめしてやる。『赤のリーニー』ごとな!」


 と叫んだ。と、微かに遠くから、


「ハッハッハ! 良い度胸だ。口だけじゃ無ければいいがな……」


 そんな声が聞こえて来た。



 ―

 やって来たのはサンドロだった。


「すぐに追え!」


 部下にそう命令すると、自身は馬の上からリンに声を掛けた。


「お前を尾けてて正解だった。黒幕が現れた様だな」

「サンドロさん、有難う、助かりました」

「何の。後は任せて休め。だが道中、これからも気をつけて行け。ではまた会おう」


 それだけ言うと馬の首を返し、ダロスが逃げた方向を追いかけて行った。


 脱力し、その場にへたり込む。


「大丈夫か? リン」

「うん、大丈夫。有難うね、ローズ」

「お前、『赤のリーニー』に思いっきり名乗ってたけど、いいのか?」


 そう言われ、改めてその意味にゾッとした。


「良くない良くない。ヤバい、どうしよ、ローズ」


 ローズが呆れた顔をして、鼻からひとつ息を吐く。


「まあ……言っちゃったモンは仕方ないんじゃねえ?」


 リンは頭を抱えた。

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