封印を求めて
それからひと月が経ったある日の事。
リンはライラに呼ばれて『湖の畔』ギルドに来ていた。
酒場の奥には個室があり、そこにリンが着いた時には既にライラが、そして彼女の他にインマル、オットーという2人の男がいた。
彼らはいずれもリンとは顔見知りであり、それぞれが自分のギルドを持つギルド長だ。
「いらっしゃい。どうぞ座って」
ライラが自分の隣に座る様、指の長い手で示す。
「リン。久しぶりだな。魔神とやるんだって?」
「はい。諸事情により……」
頭を掻きながら苦笑する。
「ニューアークかどこかの村長にやり込められたんだって? でもこれはお前のギルドだけで負担する必要の無い話だ。俺達も出来るだけ協力しようと話していた所だ」
「有難う御座います」
「さて。貴方からの、『封印』スキルを持つ者はいないか? という依頼で私達3人、それぞれで探して情報を得たわ」
「本当かい!? やった!」
手を打って喜ぶが、但し、とライラが付け加えた。
「手放しで喜べるものではないかも。じゃあインマルから」
ライラの前に座っていた50歳近くと思われる屈強な体付きの男が頷いた。
「サン・ウェールズ。S級パーティに属しており、活動中」
「おお! いいじゃないですか。腕が立ちそうだ」
「ただ、今はマルドゥクにいる」
「マルドゥクぅ……」
それはヴァタリス王国の北から西に位置する、広大な領土を持つ軍事国家であった。近年、その圧倒的な武力を持って北部民族を制圧、奴隷化している。
ヴァタリスとは公では無いものの、国交としては途絶えている状態だった。
「それはいろんな意味で遠いなぁ」
「だなぁ。すまんなあ」
「じゃあ俺の情報を。と言っても俺のも余り有用とは言えないだろうけど」
インマルの隣に座っていた、端正な顔付きの青年。ライラよりも若いと思われる彼はオットー。リンが二代目となった数年前に彼も父からギルド長を受け継いだ。
「リック・マードック。パーティには属していない」
「え! いいじゃない!」
「ただ、今は所在不明。どこにいるか分からないんだ」
「……」
頭を抱え、落胆する。
「これで最後よ。マルチネ・フェンリル、24歳女性」
「……どこにいるの?」
頭を抱え、テーブルに突っ伏したままリンが聞いた。
「今はこのヴァタリスの王都、ニケにいるわ。神霊学術協会の幹部で賢者と呼ばれている」
「おお! そ、それだ!」
ガバッと起き上がって喜色満面の笑みを浮かべる。
「但し……」
ライラにそう付け加えられてリンが泣きそうな顔になる。
「彼女は今、王城の地下牢に投獄されているわ」
「ち、地下牢?」
「さっき言った協会のメンバー8人を殺害した容疑で投獄されているんだって。最近の話よ」
「おおおお」
リンはまた頭を抱えた。
「悪いなリン、こんな情報しか持って来れなくて」
オットーが申し訳なさげに言う。
「いや、希少スキル保持者の情報なんてなかなか手に入らないのにこんな短期間で3人も見つけてくれるなんて感謝しかないよ」
「だがそうは言ってもこれじゃあ、無いのと同じだよな」
「う――ん……」
腕組みをしてリンは考え込む。
「どうする? 勿論継続して探してはあげるわよ」
「決めた」
「え?」
「マルチネ・フェンリル。その人にかけよう」
「いや、無理だって」
すぐさまインマルが言う。オットーも心配そうに口を挟んだ。
「そんな凶悪な人で大丈夫?」
「凶悪かどうかは会ってみないと何とも……でも所在が手の届く場所にいるのはその人だけだ。『封印』は絶対に必要なんだし」
「まあそれはそうなんだけど」
ライラが困った顔をする。自分のギルドで得た情報でリンにもしもの事があったらと気掛かりでならない。
「マルチネを選ぶ理由は4つ。1つ、場所が分かっている。2つ、賢者の称号を貰う程優秀。3つ、まもなくカイを引き取りに王都から兵士がやってくる。その時後報酬を受け取る為にどっちみち俺達も一緒に王城へ行く。最後に、勘だ」
カイはこの1ヵ月の間、『愛と平和』ギルドで厳重に監禁されている。あの後すぐに国から預かっていた魔鳥ネイミィを飛ばしたため近々、兵士達がやって来る手筈となっていた。
「おお。勘は重要だな」
インマルが目を細めて嬉しそうに言う。少しロンが重なったのかも知れない。懐かしそうな柔らかい笑みを讃える。
「貴方の判断に口は出さないけど、気をつけてね?」
「有難う、ライラさん、インマルさんにオットーも!」
「何かあったら言え。いつでも協力する」
「うん。俺も同じくだ」
「資金面でも苦しいなら言って頂戴。この案件は皆で分担すべきだわ」
「やばそうだったら相談させて貰うよ。みんな、本当に有難う!」
そうしてリンは急ぎ自らのギルドに帰り、早速皆に結果を伝えたのだった。
―――
次の日。
リンは王都ニケへの出張パーティをリン、ローズ、シャオ、アルフォンス、レイジットの5人とした。
元々は報酬を受け取りに行くだけ、マルチネに面会するだけ、だったのでリン1人で行く予定だった。
ところが兵士長の依頼で護衛として参加して欲しいと言われての、急遽のパーティだった。
何故そのパーティに今の所、戦力としては数えられないレイジットが組み込まれたのか。
それはまさに彼らが出発しようとした、直前のジャネットの一言だった。
「リン。確か王都に彼女いるよね」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
その言葉にリンよりも先に反応し、大きく奇声を上げたのはレイジットだった。
「リン様今の話はほんまなん!」
「えええ? いやそんなのいるわ」
「ウチを騙してたん! ウチを弄んだだけなん! いやそら押し掛けやからウチが勝手に来ただけや言われたら何も言われへんけどそれやったらそれで先に」
「待て待て待て待て。待って。落ち着いて。よしよし」
一瞬で涙目になったレイジットに半ば感心しながら、その頭を撫でた。
「ジャネット、滅多な事言わないでよ。彼女なんていないよ!」
「あれ? そうだっけ。キツ目の顔のとっても綺麗な人。名前忘れた」
「……」
「あ―――! 今、リン様、心当たった!」
「心当たったってどういう意味だよ……いや、彼女は昔だよ昔の話」
言ってからしまった、とリンは思った。
訂正しようと思ったが既にレイジットの口が開いていた。
「今、彼女って
うわぁぁんと遂に泣き出したレイジットに成す術なく、よしよしと頭を抱きながらジャネットを軽く睨む。
「その、本当は、どうなんだ?」
傍で聞いていたローズが少し頬を赤くしながら聞いた。だがすぐに両手を体の前でブンブンと振り、
「い、いや、あたしは別にお前に彼女がいようが嫁がいようがいいんだぜ? た、ただ気持ち悪いから知りたいだけ、だぜ。い、嫌なら別に言わなくても……」
視線を横に逸らしてそう言うローズを見て、リンははっきりと言い切った。
「そんな
「ふ、ふぅぅん、あ、そ、ふぅぅん」
複雑な表情をしたローズが納得した様な返事をする。
「リン様、ウチに言うてくれへん事言うたんやぁ! やっぱりそんなどこの馬の骨ともしれん女がええんや! ウチの何があかんの? 顔? バルチア訛り? 性格?」
「どこの馬の骨ともしれん女って……いや待って待って。レイジットの事は嫌いじゃないから。レイジットは可愛いし、訛りも可愛いし、性格も可愛いから!」
「え? ……えへ。え? あ、そう? ふふ」
急に上機嫌になってリンの背中に腕を回す。
「全く……落ち着いて。昔の話だから」
「じゃあ久々に会って、またその人もっと綺麗になってたらどないするん?」
「ぐっ」
「あ、今、想像したなぁ! ……いや、むしろ『君が大人になるの、待ってたで』とか言うて向こうから誘って来たらどうするん!」
また目を釣り上げてリンを見上げて叫ぶ。
もはや難癖に近い状態だったが、事の発端のジャネットは無表情に事の成り行きを傍観しているだけ、ギット達は後ろを向いていたが小刻みに揺れる背中で笑っているのがわかった。
「ど、どうもないって! 大丈夫だよ!」
「…………ホンマ?」
「ホンマや!」
「ふ――ん……」
そこでようやく納得したのか、嬉しそうにニコリと笑い、再びリンの胸に顔を押し付けた。だがそこで言ったのは、
「信じられへん」
だった。
そうしてレイジットは強引にメンバーになった。
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