魔神とロン・ウィー

 リンとアクセルの2人は北西にあるニューアーク村へとやって来ていた。



「何だって! ロンがいない!?」


 驚いて目を丸くしたのは『前回と同じ件でまた依頼をしたい』と言ってきたその村の村長、ロウムだった。

 既に70歳は超えていそうだが滑舌も姿勢も良く、とても元気そうだった。


「そりゃあ、困った……」


 明らかに落胆の色を見せ、頭を抱えた村長を前にリンは少しだけ眉を顰めた。


「はぁ、で依頼の内容は……?」


 チラリ。


 目の前の村長は、少し上目遣いでリンを覗き見て、すぐに首を振りながら俯いてしまった。


「まだ若い君では……」


 いやいやムリムリ……いやあ参ったロンが……と小さな、しかし目の前のリンにはしっかりと聞こえる声で呟いて首を振った。


 眉の端をピクリと上げ、口元もグッと歪む。が、努めて冷静な口調で、


「父さんは確かに凄かったけどメンバーはそのまま残っている。まあ言ってみてよ」

「父さん?」


 そこで初めて顔をしっかりと上げ、マジマジとリンの顔付きを眺めた。


「成る程。言われてみれば。面影がある」

「二代目ギルド長リン・ウィーです。よろしく」

「そうかそうか、二代目か……でも二代目じゃなあ……」

「何か?」

「ん? いやなんでもない。こっちの話だ」


 横にいたアクセルは全く無表情のまま、


(いや何でも、あるだろ。失礼なジジイだな)


 そんな事を考えた。


「そうだな、では二代目の名を信じてお願いしようか。この村の裏はもうギリアとの国境も近いがそれまでにカツィーオという山があるのは知っているな?」

「勿論」

「おおさすが二代目じゃ。まあそんな事は誰でも知っている事だが、それはさておき」


 ピクリ。リンの額に癇筋が浮かぶ。

 思わずリンの横顔を見たアクセルが、


(お。イラついてるイラついてる。ちょっとおもしれえ)


 含み笑いを押し殺す。


「その山の中腹に洞穴がある。実はあそこにロンが封じ込めた魔物がいる。その時あいつはワシにこう言った。『10年後効力を失い、こいつは出てくる。どこかのギルドで腕の効くパーティに頼むか、また俺に言え』とな」

「なるほど。で、どんな魔物を?」

「『バルイロッチ』と呼ばれるらしいよ」

「何だよ散々焦らしておいてただの……まじぃぃん~~~!?」


 リンとアクセルの叫びが響き渡った。



 ―

『愛と平和』ギルドの酒場。


 リンはロンの寝室から彼の手記を取り出し、頬杖を突きながらページを捲っていた。


「いや何でそんなの受けるんだよ」

「な? ローズも無理だと思うだろう?」


 呆れ顔のローズにアクセルが同調する。


「む、無理な事、ある、もんか」

「ホッジ、いやアロイジウスの爺さんももういないんだぜ? 魔神つったらアレに近いモンなんだぜ?」


 そう言ったアクセルだったが、受けた事自体は既に納得しているらしく、


「まあリンの思いも分かるけどな。ラヴィリア様を助ける為にはいずれ魔神憑きとやんなきゃなんねえ。それのリハって事だよな」

「有難う、アクセル。君の言う通りだよ」


 頭の後ろに手をやって暫く黙って聞いていたアルフォンスだったが、急にハッとしたように口を挟む。


「そんだけの依頼なんだからよ。報酬って凄いんだよな」

「う……」

「あ?」


 明らかにリンがアルフォンスから顔を背け、反対側を向いた。


「……」

「おい」


 この中ではギットに次ぐ年長者、アルフォンスの面長の顔がみるみる、まさかという顔付きになる。


「おいてめえ。まさかタダで受けたとか言わねえよな?」

「プププ」

「おいアクセル、なんでてめえは笑ってるんだ。一体どういうこった」

「いやあ、我らがリーダーはうまうまとあの老獪な村長に嵌められて……いや村の窮地を放っておけなかったんだろうな、うん。きっとそうだ」


 笑いを堪えながらアクセルが言う。

 ポリポリとリンが頭を掻いた。


 あんぐりと口を開けていたアルフォンスだったがやがて、


「あ、そうだ。俺、ゴブリン退治に行かなきゃ。ごめんな手伝えなくて」

「何うてんの。ギルド長が困ってたら皆で助けなあかんやろ」

「アホか。誰が魔神なんて物騒なモンと戦うのにタダでやるんだよ」


 レイジットとアルフォンスが言い合うのにリュードが口を挟む。


「といってこの辺りじゃ僕達が出来ない依頼は誰にも出来ないだろうしね」

「そんな事を言ってるんじゃねえ。なのが問題だと言ってるんだ」

「まあそれは確かにね……」


 アルフォンスの言う事はもっともだった。彼らも仕事である。生きて行くにはお金もしくはそれに相当するものが必要である。しかも魔神と戦う可能性のあるクエストであれば準備も含めてそれなりに必要経費がかさむ。

 仕方が無いといった感じでアクセルが説明をする。


「あのジジイが言った事をそのまま言うぜ」


 ―――

『魔神が復活すれば滅びるのはこの村だけじゃない。本来なら領や国が金を出すべき案件なのに出してくれない。この貧乏な村から報酬を出したら魔神が復活する前に滅びてしまう。それ位なら封印などせんでいい。まあどっちにしても二代目じゃ無理だろうが』

 ―――


「……ってこった」


 それを聞いたレイジットが眉尻をキッと上げて怒り出した。


「な、な、なんやその言い方! クソじじいやなそいつ!」

「理屈はわかりますが心情的には助けたくないですね」


 シャオまでもがそう言った。


「フフフ。だからさ。こいつはこれを依頼と考えずに、ラヴィリア様を助ける為の練習にしようとしてるんだ」

「う――ん。まあその老人が言う通り、封印しなければここも危ないでしょうしね」

「それを何でうちだけで被るんだよ。割に合わんだろ」


 アルフォンスはまだ納得いってないようだった。


「割には合うさ。ラヴィリアの命を助けられる目処をつけれるんだから。ただ……」


 リンは日誌に目を通しながら首を傾げた。ローズが座ったまま、少しリンの方へ体を突き出す。


「どうした?」

「いや……10年前、父さんはどうやってその魔神を封じたんだろうと思ってね」


 それを聞いたアルフォンスが、


「そういや、俺、知らねえな」

「でしょ?」


 アルフォンスがこのギルドに入ったのは14年前だった。ロンがギルドを立ち上げてから2年後の事である。

 つまり彼は10年前には既にここにいた。


「俺も知らねえな」

「俺も」

「やっぱそうだよね。立ち上げメンバーのギットとレオも知らない。つまり父さんは1人で……それか、母さんと2人で行ったかのどっちかだと思うんだ」


 思わず皆、息を呑んだ。


「魔神てのは爺さんが言った通り、階級によって強弱がある。とはいえ2人で行くなんて自殺行為もいいとこだと思うんだけど……あった!」


 ようやくお目当てのページを見つけたのか、リンの声が上擦った。


 皆、一斉にロンの手記を覗き込んだ。



 ◆◇◆◇

 第23位の魔神『色欲魔神』バルイロッチ。


 バルイロッチのスキル『愛と情欲』はパーティを狂わせ、見境なく発情させる。


 対策は意識をしっかり持つ事、男だけもしくは女だけで行く事、抱いても(抱かれても)いい女(男)と行く事。


 ちなみに俺はユウリと2人で行ったから問題なしだぜ。

 ◆◇◆◇


「……」

「ガッハッハ。書き方だ」


 ギットが懐かしそうに笑う。


「しゃあないな……ウチ、一緒に行ったるで?」

「お前、魔神と戦えるの?」

「……」


 ローズの突っ込みにレイジットがすごすごと後退った。


 ロンの手記の内容に呆れつつ、リンは読み進めた。



 ◆◇◆◇

 魔神が現界に顕現するには半端なく巨大な魔力を使うらしく、とにかくすぐに憑依したがる。


 聞いた話だが、魔神によって憑依の仕方にがあるらしい。

 言われてみればバルイロッチはとにかく人間にエロい感情を引き起こさせ、その隙を突いて憑依しようとしてきた。


 従ってこちらが一切それに乗らなければどうって事はない。


 ちなみに俺はこいつと対峙した時、全ての煩悩を消し去っていた為、余裕だった。

 ◆◇◆◇


「あいつ……ユウリと散々楽しんでから出掛けやがったな」


 ギットがニヤニヤと呟く。


(息子が見るかもしれないのに何ちゅうものを置いていくんだ。まあ助かるけど!)


 リンは心の中で突っ込むに留めた。



 ◆◇◆◇

 戦闘力は俺が初めて経験する凄まじいものだった。

 とにかく耐え凌ぎ、相手の力を削って長期戦に持ち込むしかない。


 疲弊したところで神霊の希少スキル『封印』で封じる事ができる

 ◆◇◆◇


「ここまでだ」

「『封印』……ユウリさんが持っていたスキルですね」


 シャオが言う。


 リンは手記をパタリと閉じ、フウと大きく息を吐いた。


「そうか。相手を削りつつ耐え凌ぐだけだから攻撃役アタッカーの父さんと治癒と『封印』の為の母さんの2人でよかったって事だ」


 それにアクセルも頷く。


「だな。変に大勢で行くと魔神からすれば憑依できる相手が増えるだけだしな。確かに完璧なパーティ構成かも知れねえ」

「もっとも、それもロンさんの桁外れの攻撃力があってこそ、だろうね」


 リンはリュードの意見に頷いた後、全員に言った。


「まずは『封印』スキルだ。これを持つ神霊術士か、霊符を探そう」


 こうして『愛と平和』ギルドはついに魔神と戦う準備を始めた。

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