透明人間を捕らえよ(5)
「ぐ……か、か」
カイはテーブルやグラスなどを巻き込み、またもやカウンターの辺りまで飛ばされた。
「大丈夫かレイジット」
カイから目を離さず、ローズが言う。
レイジットは彼女を見て今までの恐怖から解放された様に涙が一気に溢れ出た。
「ロ、ローズちゃん……うわぁぁぁん、ローズちゃん怖かったよぉぉ!」
「こ、こら! くっつくな!」
ガタガタと音を立ててカイが立ち上がりながら姿を消す。
「そのお嬢さんはどうやらプロの様だ。腕を掴まれるまで気配もしなかった。今のは効いたよ。嬉しいな、2人も殺せば奴も悔しがるだろう」
「これが『透明人間』か。ほんとに見えねえもんだな」
その言葉通り、カイの姿は完全に見えない。だがローズは落ち着いて、
(レイジット、隙を見てカウンターの中から外へ逃げろ)
(分かった)
小声で言い合った。
ジャリ……ジャリ……
室内に散らばったグラスの破片をカイが踏むたびに音が鳴る。姿は見えないが、チッと舌打ちする音が聞こえる。
「おぅらぁぁ!」
素早く踏み込み、カイが居るであろう場所に拳を叩き込む!
だが不発だった。
ドンッ!
その一瞬の空隙を突かれ、背中に蹴りを浴びせられた。
「ぐあっ!」
ローズはそのまま前方へ転がる。
それと同時にカウンターへと走ったのはレイジットだった。
(ウチがここにいたらローズちゃんの足を引っ張ってまう!)
自分がこの場から逃げる事でローズは思い切り戦えると考えたのだ。
スイングドアを駆け抜け、カウンター内を出口の方へと走る。
ジャリッ……ダンッ!
それはローズすぐ近くからした音だ。
明らかに飛んだ。
「……! 待て、レイジット!」
「!」
ローズの声に反応し、立ち止まったレイジットの眼前に、『透過』スキルの効果時間が切れたのか、突然短剣が現れた。
だが先程と同じく、またもやゆっくりと向かってくるそれに、
「なんぼウチが素人ゆうても、そんなスピードやったら避けれるで!」
叫びながらまたスイングドアの方まで駆け戻る。
レイジットが避難した後、カイの短剣は凄まじい速さで繰り出された。が、既にそこに彼女はいない。
カイはカウンターの上に屈み、レイジットを狙っていた。短剣は確実に彼女の喉を貫いていた筈だった。瞬時に移動した様に見えた彼女をジッと睨む。
「お前、『透過』が切れたとはいえ、また避けたな。しかもあのタイミングで」
「いやいくらウチでもそんなおっそいの、見えてたら避けれるわ!」
(遅いだと?)
ローズが振り返り様見た光景は異様なものだった。
カイの一撃は間違いなくレイジットにヒットしていた筈だった。ローズはその瞬間、覚悟してしまったのだ。
だが現実にはレイジットはその攻撃を避け、数メートル離れた位置まで逃げてみせた。
(しかもその間、何か喋ってたみたいだが、あれは何を言ってたんだ? 全く聞き取れなかった)
「遅いだと……言ってくれるな。調子に乗りやがって」
ニヤリとカウンターの上で笑う。
ようやくローズが立ち上がり、
「カイ、スキル切れか? もうクールタイムの時間はやらねえぜ。『竜拳』」
刹那、鈍く黄土色に光り出すローズの両腕。
「フフフ。クールタイム? 何だそれは」
「強がってんじゃ……」
竜拳により大幅に強化されたローズの身体能力によって目にも止まらぬ速さで繰り出された突き。
だがそれはカウンターの上で空を切った。
「な……」
バタン。
酒場から外へと通じる扉が閉まった。
それはつまり、
「もう『透過』が使える、だとぉぉ」
という事だった。姿を消し様、ローズの拳を避け、扉から外へと出て行ったと思われた。
「ローズちゃん、外に行ったと思わせてひょっとしてまだ中にいるんじゃ……」
「だな。この部屋に気配は感じられねえが、その懸念はある。酒をくれ。ハゲ親父の飲み差しでいいぞ」
「酒を? ……ああ!」
ローズの考えを理解したレイジットは急いで陳列棚から『ギット専用。飲んだら殺す』の札が付いてあるヴァッダ酒を取りローズへと渡す。
「ヘッヘッヘ。役に立つんだから感謝しろよ、ハゲ親父!」
言うなり、栓を開け酒場内に撒き散らした!
すぐにプ――ンと鼻腔に入り込む強烈なヴァッダの匂い。
「あ――クッセェ。だがこれで奴がいない事は分かった。外に逃げた様だ。だが殺気は消えてはいない。あたし達を殺すのは諦めていない様だ」
「ウチ、どうしよう?」
「ここで待ってろ」
「分かった。頑張ってな、ローズちゃん!」
手を上げてレイジットに答え、ガチャリと扉を開いて外へと出た。その隙にカイが中に入り込む事が無い様に慎重に、だ。
辺りを見回す。
酒場から出た扉の外は庭である。
毎日リンとレイジットが手入れしている。
丈の低い草が一部にあるが、殆どは土を綺麗に均し、地肌が見えている。裏庭も似た様な感じであり、新スキルの練習等で使ったりもする。
10メートル程先には門があり、背の低い石の壁で囲われている広い敷地となっていた。
(さて、まだここに居るか?)
扉を背にキョロキョロと目を動かすローズの心を読んだかの様に辺りに声が響く。
「居るよ。俺はまだ」
姿が見えないというのがこれ程まで厄介とは思わなかった。
どうしても目に頼ってしまうのだ。少なくとも草が敷かれた所にはいない。草を踏む為、場所がわかるからだ。
「チッ。ふざけやがって」
「分かったか? 俺のスキル、『透過』には効果切れは無い。つまりクールタイムなどないという事だ」
またもや声だけが響く。
「自分の意思で発現させる事が出来るスキルで永続効果なんてある訳ねえだろが」
そう返した瞬間、ローズの頬が突然スパッと切れた。
「……」
「おお。素晴らしい。微動だにしないとは。
ローズは今、頬が切れた辺りの後ろの扉を後ろ手で探る。
(何も刺さってねえ。ナイフを投げた訳じゃあねえって事か? いや、だが今の感触は絶対に刃だ)
(手で刺してきた訳じゃねえ。そんな距離にいたらわかる)
(奴の能力はあくまで自分が触れている物を見えなくするだけだ。物を消す訳じゃねえ)
(って事は、だ)
慎重に身構え、ローズは体勢を低くした。
ヒュ……
微かな風切り音。
狙いは胸、心臓の辺り。
(
見えない投げナイフを掴むのは流石のローズでも出来ない。
(仕方ね――)
ローズは胸を庇い、左腕を盾の様に前に突き出す体勢に切り替えた。
サクッ!
何かがその左腕に刺さる。
すぐさま右手でその位置を掴みに行った。がそこには何も無い。左上腕部からダラダラと血が流れ出る。
(傷は浅い)
自分でそう考え、ふと思い当たる。
(浅過ぎねえ? こんなんじゃあたしを仕留めるなんてのは……)
やがて一つの考えに辿り着いた。
(短剣をロープに括り付けて飛ばしてやがる。すんでの所で引き戻してるんだ。そうする理由は投げナイフの回収、自分の痕跡を残さない、恐怖を煽る為、そして傷が浅いのは投げた角度を知られない為だ)
再びグッと腰を落としたローズはニヤリと笑った。
「次に短剣を投げた時がてめ――の最後だぜ」
「何だと?」
即座に返ってくる声。
「これは面白い」
移動しながら喋っているのはわかるがすぐ手に届く場所にはいない。
「可愛らしいお嬢さんのお手並み拝見と行こうか」
どうやら喋る時に顔の方向を変えていると思われ、それが更に場所を分かりにくくした。
レオの様な大きな武器であれば大体の位置が掴めれば当たるかもしれないが、拳が武器のローズには正確な位置が必要なのだ。
ヒュッ……
再び空を裂く音が微かに聞こえてきた。
刹那、ローズが前に踏み込む。
「ムッ!」
カイの驚きの声とザクッというローズの腕にナイフの様な物が刺さる音が重なった。
刹那、ローズは刺さっているものを無視してその前方を掴みに行った。
(あった!)
ロープを掴み、その方向へ凄まじい速さで飛び込んだ! だが……
「ハッハッハ」
笑い声が全く別の場所から聞こえた。
「……」
一瞬でローズの意図を見抜き、ロープを手放して移動していたのだ。
と同時に太腿に激痛が走る。
「残念残念……投げナイフにロープを括り付けているのを見抜いた奴は今までにもいたが、結局の所、皆同じ行動をするんだ。つまり俺はその傾向には対策済みって事だ」
カイの声が響く。ローズは自分の太腿をチラリと見た。2本の短剣が今度は深々と刺さっていた。
(野郎、
ローズがギリッと歯軋りをする。
悔しがる彼女を一体どこから眺めているのか、カイの愉しそうな声が聞こえて来た。
「ああ、そうだ。あともうひとつ教えてやる。その短剣、モルトルの毒が塗ってある。すぐに体が痺れてきて最後は泡吹いて死ぬ。メチャクチャ苦しいらしいぜ」
カイの笑い声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます