透明人間を捕らえよ(3)

 お互いの情報交換を終え、再びシャオの方へと向き直る。


「チッ。野郎、やっぱり仲間を増やしやがったか」


 ギットが吐き捨てた。


「しかもその2人も透明人間ってのは面倒だね」


 リュードが言う。


「ああ。だけどまずは早くシャオを助けないと手遅れになるかもしれない ―――」


 リンがそこまで言った時、全員が硬直する。


「おい」

「ああ、殺気だね」

「ひとつじゃないぜ」


 ギット、リン、そしてアクセルが短く言葉を交わす。


「こいつあ、まごまごしてらんねえ。さっさと助け出さねえと」

「賛成だ」


 ギットとアクセルがそんな事を言い合った瞬間、空を切る音がした。だが矢らしきものが放たれた音はせず、見えもしない。


「ウッ」

「アッ」


 2人の呻きがほぼ同時に聞こえた。


 ひとりはレオで彼の剥き出しの太腿に短剣で抉られた様な痕が出来、血が流れ始めていた。

 もうひとりはリンだった。

 空を切るわずかな音から勘で顔を避けたのだが肩に刺さってしまったらしく、レオと同じ様な傷が出来ていた。


 2人に共通していたのは、という事だった。


 攻撃なら当然そこにある筈の矢、もしくは短剣など何もない。ただ血が流れているだけだった。

 2人の傷は瞬時にアクセルによって治癒される。


「スキルの攻撃か?」

「いや今の感じは物理的な……刃の感じだったね」


 リンの意見にレオも頷いた。


「何かを飛ばしているようだが見えないな」


 だがそのレオの言葉にギットは、


「それはえ。カイ……かどうかは分からねえが、少なくとも奴のスキル『透過』は、奴の手から離れたものは全て見えるはずだ」

「だろうね。何かカラクリがある筈だけど」


 治癒する前の2人の怪我を見たリュードは、


「取り敢えず武器が弓じゃないという事は確かだと思うよ。鏃の傷じゃあなかった」


 と言った。リンは顎に手をやり、少し考える。


「弓じゃないって事は、だ。敵はそこそこ近い距離にいるんじゃないか?」


 そこで何かを思いついたかの様にハッとしたアクセルが、


「成る程、それなら」

「ああ、さっきの戦法で行こう」


 ギットのパーティは『さっきの戦法』の時に居なかったが、リン達が何をしようとしているのかは瞬時に伝わった。

 それは彼らが今までに、何度も何度も共に死線を潜り抜けていたからであろう。


「じゃあ、行ってくる。みんな頼むよ」

「任せとけ」


 皆に手のひらを向け、1人、シャオの方へと歩き出す。と同時に更に高まる殺気。


(これだけ殺気がダダ漏れだと大した奴じゃあなさそうだぞ。カイは一体どこに……?)


 そう考えた時、シュン! シュン! とまた風を切る音がした。


「『八鎖』!」

「ぐ!」

「え!?」


 自身を中心に最大範囲の正八角形を描く。半径7メートル弱程の範囲が光り、リンの左右に飛んで来た何かが落ちる。


 それと同時に先程と同じ様に木の上から男達の小さな悲鳴が聞こえ、地面へと落ちる音が聞こえた。


 大凡の見当を付けていたアルフォンスがいきり立つ。


「捉えたぜ!」

「こっちもだ!」


 リュードも声を揃えた。落ちた音だけで見えない敵を捕捉したというのだろうか。躊躇せずほぼ同時に見えない敵を射った。


 2人の矢は見事に隠れていた男達のそれぞれ肩と太腿を射抜いた事が、程なく『透過』が切れた事でわかる。


「流石だね、アルフォンス」

「おお。お前も腕上げたなリュード」


 アルフォンスとリュードの2人はお互いの拳を合わせるとそれぞれが倒した相手の顔を確認する。


「うん。ま、そうだろうね」

「ったく。どこに潜んでやがんだ?」


 予想通り、彼らはカイではなかった。

 アルフォンスとリュード、そして駆け寄ったメンバー達によってその2人が見る間に木に括り付けられる。


 その間にリンは縛られていたシャオを解放し、地面にゆっくりと下ろした。


「シャオ、シャオ」


 上半身を左腕で抱き上げ、優しく声を掛けた。数秒後、苦しそうに瞼の辺りに皺が入ったか直後、「ん……」と呻きながらシャオの両目がゆっくりと開いた。


「あ、あれ? ……リン。あれ、私」

「大丈夫? どこか痛いとこは?」

「そうですね。喉が少し……あ、大丈夫。自分で治せますから」

「だね」


 ギットやリュード達に向かって、右手で丸を作り、シャオの無事を伝える。

 すぐに彼女に向き直り、


「捜索中に敵に襲われたんだよ。シャオまで透明になってここまで連れ去られていた」

「そうですか……情けない。瞬時に絞め落とされた事だけは覚えているのですが」

「気にしないでいいよ。見えない相手にいきなり後ろから絞められたら誰だってそうだよ」

「リン……」


 立てる? と気遣いながらゆっくりと立ち上がらせる。肩を貸そうとしたリンだったが、止めて下さい、大丈夫です、と照れながら断られた。


 周囲に人の気配と殺気が無くなった事で落ち着いて男達の尋問に入った。


 2人共、リン達が最初に倒した男に比べると大柄で、小柄なシャオを担いで逃げる事など造作も無い様に見えた。


「さて……」


 アクセルが悪そうな顔をした。


「痛い目に遭ってから喋るかい? それとも素直に喋るかい?」

「う! いや、喋る喋る!」


 あからさまにガッカリした表情を浮かべたアクセルは、


「なんだ、意気地の無い奴だな」


 と残念そうに言った。


「戦って分かったと思うがここにいる全員、歴戦の猛者だぜ。嘘を吐いたらどうなるか……」


 物足りないのか、顔を近付け、目を見開いて脅した。この相手にはこの程度で十分と判断したのだろう。


「さてじゃあこの天才が直々に尋問する。まず、カイ・ルノーの居場所を言え」

「わ、わからない」

「よし、まず耳から削ごうか。どっちがいい?」

「わ――――――った、た、待ってくれよ、本当だ。ギリアで落ち合う以外は何も決めてねえんだ」


 すかさずリンと目配せする。

 先程倒した男と同じギリアという言葉が出たからだ。


「おい、男。尋問するのにアメとムチのやり方ってあるよなあ? ムチだらけの中でアメ役が1人いてそいつが聞き手に回ると相手はスラスラ喋っちまうって方法だ」

「……?」


 男はアクセルが何を言いたいのか分からず、少し首を傾げた。


「お前にとっては非常に残念な事に、俺達の中にアメはいねえ。つまりムチしかいねえって訳だ」


 瞬間、男の顔の血の気が引くのが手にとる様に分かった。リンは、


(成る程。相手の個性によって色々な吐かせ方ってのがあるんだね)


 と妙に納得した。


「それを踏まえて最初から話せ。俺達はカイ・ルノーは1人で逃げたと聞いているんでな」


 男はコクッコクッと激しく頷いて語り出した。


 ―

「あ、あ、や、奴と出会ったのは……ナラダの酒場だ。俺達が3人で飲んでいると奴が来て俺と組まねえかと誘って来たんだ」

「場所を変え、奴は『透過』のスキルを俺達に見せ、ギリアでこれで一儲けしようと言った」

「自分はお尋ね者でここにはいられない、脱出を手伝え、とも。すぐにあの『透明人間』カイだと気付いた俺達は喜んでその話に乗った」

「この山を越えて暫くいけばギリアのサントーリオという街があり、そこの酒場で落ち合おうと言った。どのルートで行くんだ? と聞いたが笑って答えなかった。ただ……」

 ―


「ただ?」


 黙って聞いていたアクセルがオウム返しをする。


「その、何か因縁がある奴、名前は忘れちまったがとにかく今そいつがこのニツィエにいて、脱出前に借りだけは返す、と言っていた」

「何?」


 すぐにリンが反応した。ギットも何かに気付いたようだ。


「リン!」

「……」


 リンは鋭い目付きをし、アクセルと男の間に割り込んだ。


「おい。ひょっとしてカイはこういってなかったか。『ロン』と」

「あ! そうだ、そんな名前だった」


 それを聞くと同時にリンは立ち上がり、


「リュード、後は頼む。念の為捜索は暫く続け、日暮れまでに痕跡が見つからなかったら引き上げてくれ」

「分かった。でもそっちにいる可能性が高い。気を付けて」


 リュードが言うのに頷き、アクセルとギットに向かって、


「アクセル、ギット、急いで帰る。ローズとレイジットが危ない」


 そう言い様、踵を返した。

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