透明人間を捕らえよ(1)

『愛と平和』ギルドの酒場 ―――


 今、ギルドにはレイジットとローズの2人だけがいた。


 他のメンバーは皆、『透明人間』カイの捜索へと行ってしまったのだ。リンに留守番と言われたローズは激しく抵抗したが、『赤のリーニー』の件もあり、レイジットを1人で残すのは不安と言われては返す言葉がなく、渋々承諾したのだった。


 そのローズは2階の自分の部屋でフテ寝している。仕方無くレイジットはギットが用意した塗料で穴の空いた酒場の内壁を補修した部分を塗装していた。


「リン様無事かなあ。早よウチも戦力になりたいなあ」


 ハケに塗料を付け、また壁に向かう。


「せやけどこれ、ホンマくっさいわ。ギッちゃん、中に何入れたんや? 乾いたら匂い無くなるうとったけど……うわっ手についてもうた……くっっっさ!」


 そんな事をブツブツと呟きながらも真面目にやっていた。



 ―――

『愛と平和』ギルド、南西すぐに位置する名も無い山。総務官マヤによってもたらされた情報ではこの辺りのどこかに潜伏しているという事だった。


 見えない敵というのは見つけにくく手強いと考えたリンは捜索隊を2つのパーティに分けた。リンとギットをそれぞれのリーダーとし、自身のスキル、『八鎖』が効果的と考え、ギットのパーティを少し手厚めに配分する。



 既に捜索し始めて1時間、いるかどうかわからない敵の探索は困難を極めた。


「こっちはハズレかもしれねぇな」


 苛立ちながらギットが吐き捨てる。

 ギットのパーティは盾役タンクの彼の他に攻撃役アタッカーとしてレオとジャネットの2人が、射手シューター追跡者チェイサーとしてアルフォンス、支援役サポーターにシャオというメンバーだった。

 これはA級難易度のダンジョンに潜れる程の戦力である。


「何か見つからねえのか?」


 溜まりかねて先頭を歩くアルフォンスに言う。


「いや、ちょっと判断に迷う形跡はあるな」

「なんだと? どれだ」


 アルフォンスが地面を指差して、


「今までにもいくつかあったんだが、この先に向かう足跡がある」

「足跡?」


 目を凝らすが全くそれらしきものは見えなかった。


「どれだ?」


 同じ言葉をもう一度繰り返した。


「いやお前らにはわかんねえだろうが、葉が踏まれて少し土に被り、押されている。だが複数の痕跡がある。つまり1人じゃねえ」


 それを聞くとギットが軽く首を振り、


「そんな情報は無かったし、奴に仲間はいねえ」

「だから判断に迷うっつってんじゃねえか」

「全然関係ねえ奴のじゃ?」

「さあな……だがの足跡じゃねえ。何度も振り返り、後ろを確認している」


 再びアルフォンスが前進を始め、皆それについて行く形で進み始めた。


「足跡が、ひとつ消えた」


 ポツリとアルフォンスが呟いたと同時に「いやっ」とシャオが小さく悲鳴を上げた。


 驚いたギットが振り返るとそこにはもう、シャオの姿は無かった。


「な、なに!?」

「シャオが」

「レオ、何があった!」


 シャオは最後尾にいた訳ではない。シャオから数メートル離れてはいたが、最後尾はレオが守っていたのだ。


「仰け反ったと思った瞬間、パッと消えた」

「何だと!」


 急いでシャオがいた辺りに皆が集まる。


「野郎……奴のスキルだ。『透過』は奴の手が触れている限り、全てを透明にする」


 ギットの低い呟きにアルフォンスが反応する。


「シャオがそいつに掴まれたってえ事かい?」

「だろうな。後ろから羽交い締めにされたのかもしれねえ」

「だとしたら」


 シャオがいた辺りにアルフォンスが駆け寄る。


「ふむ」

「どうした?」


 怪訝な顔を浮かべ、ギットが言う。


「そいつ、カイっつったか。?」

「はぁ? バカな事言ってねえで……手掛かりはねえのか?」


 焦るギットだったがアルフォンスは落ち着き払っていた。


「いや、空を飛ぶ、それが手掛かりだろ。ここにシャオ以外の足跡がねえ。さっきシャオの悲鳴が聞こえた時、同時にあの辺から妙な音がした」

「妙な音だと?」

「私にも聞こえた。ギュゥゥゥって。あの辺」


 ジャネットとアルフォンスが同じ方向、すぐ近くの木の上の太い枝を指差した。


「撃ってみる?」


 アルフォンスが弓に手を掛けるのをギットが制止する。


「いや、まだそこにいた場合、シャオが盾代わりにされる可能性がある」


 代わりに傍でぼうっと立ち尽くす赤髪の美しい女性の名を呼んだ。


「ジャネット」


 その呼び掛けに顔だけをギットに向け、「わかった」と短く答える。木の上を無表情で見つめ、


「『殺人人形』」


 一言、恐ろしい響きのスキル名を呟く。


 突如、子供がままごとで遊ぶ様な人形が一体、木の上に現れた。

 勿論只の人形ではないだろう。口元には赤く口紅がひかれており、目には白眼がなく、何よりひとりでに動き回っており不気味な事この上ない。


「ギ……」


 呻きに似た声にならない声を出し、その辺りを右往左往する。


「ギ……?」


 暫くその行動を繰り返し、


「キャ――――――ッ!」


 突如悲鳴を上げて召喚者であるジャネットを襲う。ジャネットは驚きもせず、全く表情を変えずに手のひらを人形に向ける。


「ギッ!」


 一言小さく呻いたと思うと次の瞬間、その人形は消えて無くなっていた。


「いないよ」

「らしいな。だが人1人担いでそんなに早く動けるもんか……?」

「シャオの首にロープでも掛けたのでは」


 ジャネットが恐ろしい想像を事も無げに言う。その想像通りであれば今、シャオは首を吊られたまま、その木の上にぶら下がっているという事を意味するのだ。


「いや、レオが仰け反ったと言った。首にロープを引っ掛けて吊られたんだとすれば顔はガクンと俯く筈、それに敵がその木の上にいねえって事はかなり遠くからロープを引いた事になる。そんな精度で首にロープなんざ、掛けられるもんじゃねえ」


 ギットの意見にアルフォンスも頷く。


「確かにな。むしろロープで吊られていたのは透明な奴の方だろう。ジャネットが通り過ぎるのを待ち、上からロープで降りて来てシャオを後ろから羽交い締めにして、また上がってったんだろうぜ」

「1人で?」


 ジャネットが不思議そうに首を傾げた。


「1人じゃ無理だろうな。確定だ。この足跡はのもんだ。1人が遠くからロープを上げ下げし、1人がシャオを攫った。シャオを狙ったのはまあ軽そうだから、ってとこか」

「分かった。敵は複数いると想定しよう。推理はここまで、方向はあっちだ。追うぜ」


 ギットはシャオがいた位置と、音がした木の枝の角度からロープを引いたと思われる方向を推測し、指差した。

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