固有スキルの目覚め

「ここまで来たら賑やかやな。ライラさんとこも近いし」


 街まで出てきた2人はデートさながら、色んな店を見て回る。


「そうだね。後で少し覗きに行こうか」

「うん! 行こ行こ!」


 腕を組んで弓の専門店に入る。


「お、そこのカップルさん……て、リンじゃないか。見ない子連れてるな。彼女かい? いいの入ったよ!」

「どれ?」


 店主は美しく光沢の入った濃い茶色のロングボウを見せる。流線形が非常に素晴らしい出来でレイジットも口を開けたまま端から端まで視線を何往復もさせた。


「うっわぁぁぁぁ……かっこええなあ。こんなん使えたらええなあ」

「撃ってみるかい?」

「え? ええの!?」

「良い筈だよ。ね? マスター」

「ああ、裏の射撃場使って良いよ」

「ね?」


 笑顔で言うリンにレイジットも笑顔で返した。



 ―

 真剣にレイジットの弓を見ていた。


(構えは悪くない。下半身がちょっとブレてるけど、それだけじゃあこんな事にはならないな)


 ビヨ~~ン。


 そんな擬音が聞こえてきそうだった。

 彼女の撃つ矢は、つがえた指を外した瞬間、明後日の方向へ勢いも無く打ち出され、その辺に転がっていた。


(致命的に悪い所は無いんだけど……なぜだろ)


「レイジット、落ち着いて。一緒にやってみよう」

「リン様……う、うう、ウチ、泣きそうやわ」

「泣かなくていいよ。誰でも得手不得手はあるんだし」


 レイジットの後ろに立ち、両手を重ねて指を離す。


 シュッ! ……ズッ!


 見事に的を射抜いた。


「う、うおおおお! 気持ち良い~~!」

「今の感じを忘れないで」

「よっしゃ!」


 ビヨ~~ン。


(…………何でだろう)


 リンにも分からなかった。



 ―

 数分後、レイジットは遂に泣きを入れた。


「リン様……帰ろ……ええ弓、やったわ。知らんけど」

「う、うん」


 あからさまに肩を落とすレイジットが気の毒に思えてならなかった。


 2人して射撃場を後にしようとしたその時、「ウワッ」と悲鳴の様な叫びが背後で上がる。


 ん? と振り返ったリンとレイジット。

 そのレイジットの顔の先に凄まじいスピードで飛んで来た矢があった!


(ああ!)


 声も出せない程のタイミング。

 刹那、レイジットの顔の中心に矢が刺さる……事は無かった。


「レイジット! ……え、あれ?」

「……っっっぶな~~~!」

「え? え?」


 リンが不思議がるのも無理はない。もう少し手前であればリンが矢を掴むか、『八鎖』で落とす事が出来たのだ。

 武術に関しては父親ロンのお墨付きを貰う程のリンがそれすら出来ないタイミングだった。


 飛んで来た矢は何とレイジットが掴んでいた。

 矢はレイジットの顔があった位置で彼女の手の中に収まっており、撃ち抜かれた筈の顔は見事に右側に避けていた。


「ウッソォォォォ?」


 思わずリンが変な声を出した。


「え? あ、ほんまや、ウチ凄ない? 今の」

「凄ない? じゃないよ。凄いよ! てか何なの今のは」

「す、すみません!」


 矢を撃った男が駆け寄って頭を下げた。初心者に教えていて、後ろから人にぶつかられ指を離してしまったという事だった。


「撃つ気があろうがなかろうが人がいる所で人の方に向けて構えるなんて有り得ないよ! 一歩間違ったら彼女は死んでたんだよ!?」


 これ程怒ったリンをレイジットが見るのは初めてだった。平謝りに謝る男に対して、普通リンはこの様な態度を取らない。


「彼女に何かあったらお前、死んでたからな! 二度と俺の前に顔を見せるなよ!」

「リン様、もうええよ、何も無かったんやから」

「ん……」

「気いつけてや、あんたも」

「本当にすみませんでした!」


 2人は射撃場を後にし、店主に礼を言って弓を返した。



 ―

「で、レイジット。さっきのは一体どういう事なんだい?」

「どういう事って言われても、なあ」


 2人は近くの喫茶店で休憩していた。


「はっきり言うとあのタイミングで顔を避けて矢を掴むなんて、俺でも無理だよ」

「嘘! ちょっと待ってや、マジで? ウチ、やばない?」

「ヤバいよ。一体どういう状態だったの?」


 目を血走らせてレイジットを問い詰める。


「ん……と、振り返った瞬間、矢が目の前にあってん」

「うん、それで?」

「やから避けて掴んだんや」

「『避けて掴んだんや』……じゃないよ!」

「リン様、怖いて~~」

「う、ごめん」


 今から考えても有り得ないシーンだった。『絶対に顔を撃ち抜かれる』、そういう状況だった。アロイジウスでもいれば話は違うのかも知れないが。


 あれだけ致命的に武術にセンスの無いレイジットが、素手で矢を掴むだけでも十分有り得ない話だというのに、振り返ったら顔の目の前にあった矢を避けて掴む、なんて事が有るのだろうか。


「しゃあないやん、やってもうたもんは」

「いや別に掴んだ事を責めてる訳じゃないんだよ? むしろ良く掴んでくれたよ」

「ほなええやんか」

「良くないよ。レイジットに何が起こったのか、俺は知っておく必要がある。ギルドマスターとして!」

「あ~~そこ、亭主としてって言ってくれたら嬉しいな!」

「ふざけない!」

「怖いて~~」


 鼻を膨らませて興奮が収まらないリンだった。



 ―――

 酒場に戻り、『赤のリーニー』が付近を探しているから注意する事、そして改めてレイジットがやってくれていた仕事は当番制に戻すという話を皆にした後、今日あった出来事を話す。


「有り得ないんだ、絶対」


 力説するリンに対して、ローズは半眼でレイジットの方を見ながら、


「でもあいつはピンピンしていてしなくても良いバーテンしてるじゃねえか。よかったじゃん」

「ローズ、あのねえ」


 だがギットもローズの意見に賛成の様だった。


「仕方ねえだろ。チビ助の言う通りだ。現実、矢を掴んだんだろ? 無事、怪我もしなかったんだ。良かったじゃねえか」

「誰がチビ助だ、ハゲ」

「てめえ、遂に『親父』も省略しやがったなぁ。フサフサの俺にぃぃ!」

「何だこら、やんのか?」


 ローズは指でクルクルと紙を丸め、両端をギュッと握り潰し、小さな杭のような形を作りながら喧嘩を始めた。


 丁度レイジットはカウンター内の下に落ちた物を拾おうとして身を屈めていた。


 立ち上がり、ひょいと顔を出したそのタイミングを狙ってローズが紙の杭をレイジットの顔の中心目掛けて投げ付けた!


 それはまさに昼間の再現とでも言うべき、ドンピシャのタイミングだった。弓から放たれた矢が取れたのなら指先で軽く投げただけの紙の杭など簡単に掴める筈、そう予想しての事だった。



 ポフッ



「あいたっ……ん、なんやこれ?」


 鼻を押さえながら足下に落ちたそれを見てレイジットが顔を顰めた。


「……」

「誰やこれ! こんなん投げたん!」

「レイジット。あたしだ」

「もう! ローズちゃん! なんでこんなん投げてくんねん!」

「悪りぃ悪りぃ、手が滑った」

「ホンマにもう。気ィつけてや……」


 リンに向き直ったローズは、ニヤリと笑って、


「て事だ、リン」


 と言った。


「どういう事だよ」


 リンが問い返すとやれやれといった顔付きで鼻の前で矢を掴む動作をする。


「わかんね――のか? 振り返り様、こうやって矢を掴むなんてのはどれだけ鍛えようが出来る事じゃねえ」

「俺が言ってる事が嘘だって言うのかい?」

「違うよ落ち着け。そんな事が出来るのはそういった能力を持つスキルをあいつが持っているって事だ」

「……」

「多分それはまだあいつ自身が認識していない。身の危険が迫らないと発動しないんだ。って事はあいつの固有スキルって事だろ」

「固有……スキルか」


 そこでアロイジウスが言っていた事を思い出した。


 ―――

「それはそれとして……お前さん、素晴らしい固有スキルを持っとるな。まだ発現はしとらんようじゃが、上手く発現し、使いこなせれば……これはワシでも対処に苦労するかもしれん」

「ええええ! なになに? 教えて!」

「ダメじゃ。これに関してはお前が自分でそれに気付き、発現させなければならん」

 ―――


「そういえば……」

「な? あのジジイも言ってたろ? だがあいつの身に危険が迫らなきゃ発動しないという事がわかれば練習の仕方もあるだろ」


 そこでリンが膝を打った。


「そうか。基礎ばっかりやってたから逆にダメだったんだ。実践形式にして殺気を込めてやれば……」

「まあどこまで上手くいくかはわかんねえけどな。スキルが何であれ、あいつが武術全般に致命的にセンスが無いのは確かだ」


 それは確かに、という言葉をリンは飲み込む。


 ローズは頭の後ろで手を組み、カウンターの中で困り顔のレイジットと、その手を掴み珍しく身を乗り出して何かを言っているジャネットを見た。



  第1章『愛と平和ギルドへようこそ』(完)

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