真面目な奴が馬鹿を見る

『愛と平和』ギルドの酒場。


 今日はリンとアクセル、ランドルフとリュードがそれぞれ簡単な依頼遂行中で夜まで帰って来ない。


 いつもの様にローズとギットが口論し、その周りで静かに飲んでいる他のメンバー達、シャオはカウンターでレイジットと横並びで話しながら紅茶を飲んでいた。


「あれから武術の練習はどう?」

「いやあ……ハハハ……やっぱウチには才能無いんやろなあ」

「まあ焦らずとも大丈夫ですよ。心強い味方がこんなにも応援してくれているのだから」


 後ろを振り向いたシャオとレイジットの目に入ったのは今にも顔がくっつきそうな程に睨み合っているローズとギットだった。


「……」

「……ほらね?」

「あ、うん」


 ガタンッ!


 それは2人がすごすごと前に向き直った瞬間、後ろから鳴り響いた音だった。


 驚いて再び振り向くと、ギットがテーブルを横に薙ぎ倒し、一体どこから出したのか一本の太い鎖を手にしている。


「オオォウケェイ! そこまで言うならで勝負しようじゃねえか」

「望むところだ。引っ張られ過ぎて壁にめり込んでも知らねーぜ?」

「カッカッカ。威勢が良いのはいいが、俺の小指くれえの細い腕で何が出来るかねえ?」

「てめーみてーな脂肪の塊と一緒にすんな」

「筋肉しかねーわっ!」


 2人が鎖の端を持ち、酒場の中央から少し離れて引き合う準備をしだした。


「ちょちょちょ! 待ちなさい貴方達、こんな部屋の中で何やってるんです!」


 慌てて飛び出し、大声を出す。だが2人の視線は互いを睨み、


「引っ込んでなシャオ。このチビは一度躾けとかねーといつまでたっても口の利き方がわかんねーよーだからな」

「何が口の利き方だ偉っそうに。デケぇだけで頭空っぽの癖して威張りやがって」


 火花を撒き散らす。


 いつもの口喧嘩程度なら放っておく所なのだが、リン不在の今、さすがに暴れ出されるのは困る。皆、暇でストレスが溜まっているのかもしれなかった。

 とにかくこの不毛な争いを止めなければと、シャオは必死になって両手を広げて左右を交互に見る。


「と、とにかく一回鎖を置いて……」

「ちょっと待ちぃや、ギッちゃん!」


 カウンターからレイジットの声がした。


「んあ?」

「先輩やから黙ってたけど流石にこれは体格のハンデ有り過ぎや!」

「ガ――ハッハッ! 新入りが何か言ってんぜ? ハンデやろうか? え?」

「心配すんなレイジット。こんなのよゆーだよ」

「ウチ、ローズちゃんに加勢するで!」

「カッカッカ。好きにすりゃあええわ」


 全く意に介さないギットだが、それは確かに当然だった。とにかく男女の性別差、大人と子供、等という以上に体格差があるのだ。


「ほんでギッちゃんは使つこてええのは左手一本や!」

「おおお。全然? へっへ。チビ助2」

「キ――ッ! バルチア訛り、バカにしてんな?」

「何でお前までキレてんだよ」


 そう言いつつ怒る様子はなく、ニヤリと笑うローズだった。レイジットがローズの後ろにつき、鎖を握った。

 シャオが慌ててレイジットを止めに入る。


「ちょっとどうして貴女まで! 怪我したらリンが悲しむわよ!」


 リンの名前を出せば、と思っていたのだが、一体何がスイッチになったのか、ギラギラと目に火を燃やし、


「シャオちゃん、これはもうウチの、いや女としての戦いや!」

「いや何でそんな……」

「そういう事なら」


 それまで黙って見ていたジャネットがツカツカと歩み寄り、レイジットの後ろにピタリと付いた。


「私も女」


 顔が引き攣り、ローズの背中にくっついてレイジットはジャネットへの警戒を露わにする。


「ジャ……ジャネット、ちゃん」

「安心して? 今はこんな事しないよ?」


 そう言って後ろからレイジットを抱き、耳元にフゥッと息を吹き掛けた。


「フンニャアアァァァ」

「ウフフ」

「ジャ、ジャネットが笑った! ……ってそうじゃなくて! んもう! ジャネットまで!」


 オロオロするシャオだが、4人はやる気満々といった感じでいつの間にか鎖がピンと張り、弛みが無くなった。


「いいか? 行くぜ?」

「ちょい待ち! 後ろにジャネットちゃんにおられたらウチ全力出されへん」

「で?」

「あと1人投入や!」

「え、え、ちょっとレイジット。私は……」

「カッカッカ。構わねーぜ?」


 シャオがあたふたする。

 ここにいる女性はもう自分しかいないのだ。


「構わねーってうたな? じゃあ……」

「私は無理だってば! 力も無いし、いやそんな事よりそもそも……」

「レオちゃん! おいで!」

「こんな事は止め……え?」

「俺?」


 シャオとレオがキョトンとするのとギットがアングリと口を開けて驚くのが同時だった。


「早よおいで! 女性の味方や! 格好ええやん」

「……」


 体格的にはギットと遜色のないレオが何も言わずに立ち上がり、驚愕の表情を浮かべるギットをチラリと見て、のそのそとジャネットの後ろまで移動し、徐ろに鎖を握った。


「お、おいおいおい、待て待て待て……待てよ!」

「何や? さあ始めよか」

「ハッ。オメ――、才能あるな?」


 ローズが嬉しそうに言う。


「ま、待てや! レオはずりぃだろ! 反則だ!」


 言い合うその横で自分の勘違いのあまりの恥ずかしさにシャオは顔を真っ赤にして俯いていた。


「おや~~ん? ハゲが何か言ってんぜ?」

「聞こえへんな。だって『構わねー』って言うたからな。『構わねー』って」

「言った。レイが正しい」

「テメェら……」


 ギットの目が血走り、腕がプルプルと震え出す。

 対して女性軍はローズとレイジットのニヤニヤ笑いが止まらず、レオは無表情のまま体に鎖を巻きつけ、ジャネットは目を閉じてレイジットの髪の毛に鼻をくっつけていた。


「よぉぉぉし分かった。テメェらがそんな卑怯な戦法をとるなら!」

「どの口が卑怯とか言ってやがんだハゲが」


 顔はローズを睨んだまま、ギットは後ろに向かって大声を張り上げた。


「アルフォ―――ンス!」

「ゲッ」

「無論、自分だけ安全地帯にいれる訳ねえよな?」

「いやいやいやこんなアホらしい事に俺を巻き込むんじゃねえよ」

「てめーはそれでも男か? 向こうは卑怯なサル3匹にゴリラが1匹ついたんだぞ? お前も人間側につかんかい!」

「てめーが一番人間離れしてんだろーが」


 ローズが毒付くのも無視し、必死でアルフォンスを陣営に誘うギットだった。


「勝ったら何のメリットがあるんだよ」

「そうだな。俺に殴られない」

「大概だな、おっさん。人望無くなったぜ」


 渋々、アルフォンスが鎖を握る。

 これでこの酒場にいる人間で鎖を持っていないのはシャオだけになってしまった。


「ちょっとアルフォンスまで……」


 そんなシャオの声はあっさりと怒号で掻き消された。


「アル! てめーがチビ2人とエロ女の分を受け持て。死んでも離すんじゃねーぞ!」

「やれやれ。俺もあっちがいいなあ」

「いくでみんな、絶対に勝つで!『愛と平和』ギルドを守るんや!」

「へっへっへ……ハゲ親父、ぜってーー壁にめり込ませてやんぜ」

「……いい匂い……」


 先程の勘違いで恥ずかしい思いをしていたシャオは更に顔を赤くし、ワナワナと震え出した。


「あんた達、本当……」


 だがギットがその声を遮る様に荒げた声を重ねた。


「おいシャオッ、早く!」

「やめ……は? 早く? な、何?」


 今度はローズが歯を食いしばりながら、


「は、やくしろ、シャオ。この馬鹿、力入れ始めやがった」

「ちょ……何が早くなのよ」


 またギットが喚く。


「てめー審判だろうが、早く開始の合図を出せ!」

「だ……誰が……」


 シャオは目一杯の声を張り上げた。


「誰が審判ですか―――!!」


 と同時に、の幕が切って落とされた。


「おっらぁぁぁぁぁあ!」

「うりゃあ! 引けぇぇぇぇ!」

「え? ちょ……」

「どっらあああ! バルチア舐めんなぁ!」

「アル、もっと力出さんかい!」

「な、なんで始まってるんですか!」

「うるせー! 俺なりに精一杯やってるわ!」

「レオ! もっと引っ張れぇぇい!」

「……、……、……!」


 その鎖はギチギチと音を立てながらも凄まじい力に耐えていた。

 これ程の力が両端に込められれば、普通の鎖であればとっくに切れて両軍とも後ろにドッと倒れ込み、酒場の中は大惨事になっている筈だった。


 シャオはついにフゥッと大きく息を吐いた。


「フフッ……フッフッフ。そう。もう何言ってもやめないのね、わかりました」


 小さい声で、と言ってもシャオからすれば普通の音量なのだが、そう呟いた。


「おうらぁぁ! 見ろ、チビザル2匹の顔が真っ赤だぜ! ハァ―――ハッハ!」

「ほんま……ギッちゃん、悪のボスっぽい、雰囲気やな!」

「ぜって――めり込ませてやるぜって――めり込ませてやる」

「ああ、レイの髪が……」


 シャオが目を瞑り、右手を少し上げる。


「こんな事に使うもんじゃないけれど……全っっ員! 覚悟なさい!!」


 大きく右手を振り被ると腕の輪郭が白金に輝きだした。


「『全てを断つ神の一撃』!」


 刹那、振り下ろされる白金の手刀!


 あれだけの力で引き合ってもビクともしなかった鎖がその手刀によって一瞬で分かたれた。

 必然、


「うわわわっ!」

「えええっ!」

「ぐわっ!」


 ド―――ン! と轟音が重なって鳴り響いた。


 それまでの力の反動をモロに受け、ローズ達とギット達はそれぞれの方向へと吹っ飛んでいき、軽々と壁を突き破って地面に激突、失神してしまった。


「……」


 ひとり、酒場の中に残されたシャオは暫く肩で大きく息をし、やがてポツリと、


「私は……何も知らない」


 そう呟いてカウンターに戻り、ヤケ酒を飲み始めた。

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