王国からの依頼

『湖の畔』ギルド、応接間。


『愛と平和』ギルドで無駄な争いが繰り広げられていたのとほぼ同じ頃、『湖の畔』ギルドにはニツィエ領領主ラヴィリア・ウィルネスから使者が来ていた。

 勿論ギルドに来るのだから依頼を持って来たに違いなかった。


 使者はライラからすると頭ひとつ分ほども小さな女性だった。丸い眼鏡をかけ、歳はまだ20歳そこそこだろうか。


 ライラは彼女が5、6年前から領城で勤めているのを知っている。とは言っても見かけた程度で実際に話すのは今日が初めてだった。


「ようこそ、『湖の畔』へ。遠路ご苦労様でした。私がギルド長のライラ・ヴァンティエですわ」

「お時間いただき有難うございます、ヴァンティエ様。私は近衛総務官のマヤ・ベイクリッドと申します。以後、お見知り置きを」

「では早速。御依頼の内容は?」

「はい。こちらを」


 ジャケットの内ポケットから一枚の書類を取り出し、ライラの目の前へと差し出した。


「こちら、ヴァタリス王国国防室室長サンドロ・ローグ様から頂いた指令書でございます。模写で御座いますが」

「国防室から……見せていただいても?」

「勿論です。どうぞ」


 王国の命令が各領へとされ、それがそれぞれの名のあるギルドに依頼されるのは普通の事だった。


 公的組織の軍や民衛隊が自分達でやる業務と民間のギルドに依頼する内容の線引きはとても曖昧で明確な境界線はない。強いて言えば、コストが安くなるのはどちら、程度であった。


 中身を読んで直ぐにハッとする。マヤへと視線を移し、


「カイ・ルノー……『透明人間』カイ、脱獄したんですか」

「その様です。全く面倒です」


 マヤは眉を寄せ、フゥと溜め息をついた。真剣な表情でライラは続きを読む。


「王都ニケから脱獄、アルドを経由してニツィエに来たと」

「はい。奴とて常に透明になれる訳では有りません。そのルートで目撃されています」

「南西にある山のいずれかに潜伏した可能性が高いと。依頼内容はカイの捕獲もしくは……殺害、ですか」

「まあ出来れば我々も殺して欲しくはありませんが相手が相手だけに一度逃すと面倒です。最悪はそういう手段をとっても構わないという事でしょう」


 歳の割に落ち着いている、そう感じた。だがそういった人間は普通にいる。彼女自身も若い頃は周囲の大人からよく言われた事だった。


「分かりました。カイ・ルノーが相手となると、必然的に条件としてAランク以上のパーティ、とせざるを得ません」

「それはそうでしょうね」

「残念ながらうちのギルドでAランク以上で今すぐに、となると……やはり高ランクは引っ張りだこですので」

「そうですか……」


 マヤは残念そうな顔をして目を伏せる。


「『愛と平和』ギルドにこのまま持っていってよければ大丈夫かと思いますが」

「リン・ウィー様ですね! 確かラヴィリア様の幼馴染だとか」

「ご存知でしたか。話が早い」


 そう答えながらライラは、


(この感じ……城で遠目から見て一目惚れってとこかしら。ったくあいつ本当よくモテるわね)


 そんな事を考えていた。


「あそこは結束力も高く、全員が優秀な戦士です。規模的な問題でAランクギルドでは無いですが」

「わかりました。問題ないと思います」

「では私の方でリンに伝えておきましょうか」


 本来それで良いはずであるが、ライラは一応確認をした。


「あ、え――っと、そのう……あの、はい」


 急に歯切れが悪くなる。

 頬が赤くなり、俯いてモジモジとし出した。


(プッ。落ち着いてると思ったけど可愛いとこあるわ、この子)


「あの、もし良ければご一緒します?」

「は……はい、是非!」


 ライラはそのまま出発準備に取り掛かった。



 ―――

「リン、本当に、ごめんなさい」



 クエストから帰ってきたリンとアクセル、ほぼ同時到着となったランドルフとリュードの4人を待っていたのは惨憺たる状況だった。


 建物の両サイドには人が通れる程の大きな穴が空き、至る所に粉々になったグラスやテーブルが散乱していた。


 中に入るとシャオがカウンターで1人、大声で泣いており、ローズやギットが傷だらけで黙々と掃除をしていた所だった。


 リンが帰って来た事に気付くと皆バツが悪そうな顔をして反対を向いて掃除をし、シャオは泣きながらリンの元へ走って来たかと思うと突然地面に頭を擦り付け、泣きながら謝り出したのだ。


「…………」

「この惨状は全部私の責任です。どうとでも罰してください」

「シャオが?」


 これにはリンが驚いた。

 シャオといえば優等生、何を任せても安心な、『愛と平和』ギルドでは稀有の存在だった。

 案の定、ローズとギットがすぐにそれを訂正した。


「何言ってんだ。おめーは悪くねえだろ」

「そうだ。悪いのはこのチビ助だ」

「何だとこの丸ハゲ」

「丸フサフサじゃい!」


 腕を組んでそれを見ていたリンが、


「成る程。分かった。シャオは悪くない」

「いや、本当、私のせいなんです」

「まあちょっと先に掃除しようか……」


 後ろでゲンナリとしているアクセル達を見て、


「帰ってきて早々悪いけど……手伝ってくれる?」


 そうしてギルドメンバー全員で大掃除が始まった。

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