静かな怒り

 大掃除の後。


「えええええええええええええ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ひたすら地面に額を擦り付けるシャオの頭上にリンの叫びが加わった。


「じ、爺ちゃんのこ、こ、こ、『煌鎖こうさ』が……」

「あーこりゃまた綺麗に真っ二つにまあ」


 2本になった鎖を見てアクセルが驚く。

 膝立ちになってワナワナと震えるリンを見て、先程騒動を起こしたメンバーが皆青ざめた。


(爺ちゃんて事はロンの親父のものって事かよ。やべえ、そんな大切なもんだったとは……)

(持ち出してきたのはてめーだろ! 早く謝れ、シャオが責任感じて出てっちまう前に!)

(そ、そうだな……)


 ローズとギットが小声でそんなやりとりをしていたが、リンの耳には入らない。


 アクセルやリュードも声を掛けようにも当事者でない為、どういう掛け方をすれば正解なのかを量りかねていた。


「リン、ごめんなさい。それを切ったのは本当に私なんです」

「どうして? しまってあった筈だけど」

「それは……」


 メンバーに対して初めてと言っていい、厳しい視線を向ける。ギットが後頭部に手をやり、俯き加減に、


「悪りぃ、俺だリン。それは俺が持ち出した」

「どうして?」

「うっ」


 初めて見るリンの鋭い目付きが盟友ロンのそれに重なり、思わず口籠もる。


「それは……チビ……ローズと口論になっちまって、で、白黒つける為に……」

「分からないな。白黒つけるのにどうしてこの鎖が必要だったんだ?」


 ジャラッと音を立てて一本をギットの方へ持ち上げて言う。


「う……その、鎖、引きを」

「鎖引き?」


 余りのリンの静かな迫力に普段なら仲裁に入るリュードまでもがたじろいだ。

 怒っている、それだけはこの場にいる全員がわかった。


 リンがギットを問い詰めるとローズが一歩前に出る。


「何でも良かったんだよ、リン」


 そこでぴたりと動きが止まる。リンがギットからローズに向けた目が余りにも厳しいものだったからだ。


「何でも、良かった……だって?」

「こ、こんな事になっちまって本当にすまねえ。あたしはお前を守る為にここにいると思ってたのに」


 暫くローズを見ていたが、やがて手元の鎖に目を落とし、小さく溜め息をついた。


 ふと何かに気付いた様に突貫工事で板が貼り付けられた、大きく空いてしまった壁の穴を見てもう一度深く溜め息をついた。


「鎖だけじゃない。この建物も父さんが必死で建てたんだ。ギットとレオも手伝ったんだし、それは知ってるよね?」

「あ、ああ、面目ねえ」

「すまない」


 そこでずっと地面に額を擦り付けたまま、顔を上げないシャオに気付く。


「シャオ、顔を上げて」


 だがシャオはそのまま動かない。リンはもう一度同じ事を言った。だが今度は首を振る。


「話がしたいんだ」


 その言葉に少し躊躇したが、やがてゆっくりと顔を上げた。顔は真っ赤になり、目からはボロボロと大粒の涙が溢れ続けていた。


「う――う――……ひっぐひっぐ」


 それは普段冷静で優等生なシャオからは考えられない取り乱し方だった。


「シャオ。言っとくけどこの件でシャオが責任を感じる必要は全く、無い」


 思ってもいない事を言われ、泣き顔のまま首を傾げる。


「ど、どうじで、でずが……う――う――、あだしがぁリンのぉ大事なぁ鎖をぉ……う――……切っちゃったんでずうぅぅ」

「そうだね。そこで聞きたいんだけど、これ、どうやって切ったんだい?」

「はえ?」


 涙は出続けるが、またもや表情が固まった。だが今のリンの質問には全て答えなくてはならない。その思いから身振り手振りを加えて、


「その、こう、こうやって、ぐずっ、切りました」

「ええ!? それだけで?」

「スキル使いました」

「どんな?」

「『全てを断つ神の一撃』を、使いばじだ!」

「ああ……成る程」


 何か腑に落ちたのか、リンは何度もウンウンと頷く。そして晴れやかな顔になり立ち上がる。

 シャオの手を取り、立ち上がらせて自分の隣に立たせた。


 そうしておいてギット達に向かって静かに話し掛けた。


「ギット、ローズ、レイジット、ジャネット、レオ、アルフォンス。みんなシャオに謝るんだ」

「え!?」


 シャオが驚いた。何しろそもそもの原因はどうあれ、キレて鎖を切ったのは自分なのだ。あそこで暴れる皆を放っておいて出て行くという選択肢もあったのに、だ。


「リンの言う通りだ。俺達ゃお前に謝らないといけねえ。すまねえシャオ」


 そう言ってギットが頭を下げた。リンは頷き、ローズ、と言った。そのまま順番に謝る皆の顔をリンはよく見ていた。

 やがて全員が謝り終わり、リンが口を開く。


「みんなの顔を見ていたので今のに不平がある者はいないとわかった。良かったよ、父さんが作ったこのギルドは本当にいいギルドだ」


 そしてシャオに向き直る。


「シャオ、有難う。俺は直接見ていないが想像は出来るよ。ギットとローズの口論に皆が悪ノリして乗っかったんだろう。最初はひょっとするとレイジットかな……」


 レイジットがドキリとして目を丸くし、キョロキョロと目を泳がせる。


「で、シャオはずっとそれをやめさせようとしてくれてたんだろ? でないと『全てを断つ神の一撃』なんてスキル、ここで使うわけないよ」

「リン……」

「下手したらギットとローズに無理矢理、審判とかさせられてたかもしれないな、可哀想に」


(ギクッ)

(ギクッ!)


 ローズとギットは顔を見合わせ、心底怯えた顔をする。


「アルフォンスとレオはきっと巻き込まれた口だろうけど……はっきり断らなかった時点でダメだよ」


 2人もギットとローズのように顔を見合わせ、頭を垂れた。


「最後、皆を放っておけばいいのに懲らしめてくれたのも君だ。真面目な君がバカを見るようなギルドであっちゃいけない。何でシャオが俺に謝る必要があるものか。むしろちゃんとメンバーを監督しとけって怒られても文句は言えないよ」

「リン……」


 もうシャオは何も言えなかった。全てが洗い流された気分だった。だが一つ、どうしても罪悪感が拭えないものがあった。


「リン、有難う。でもやっぱりごめんなさい。直接切ったのは私だし、それがお爺さんの形見だなんて」

「いいんだ、シャオ」

「え?」


 あまりにもあっさりとした言い様に驚いた。


「最初2本になっているのを見た時は驚いてしまったけど……お爺ちゃんの煌鎖を喧嘩の道具なんかに使われたのも正直ちょっと腹が立ったけど……仕方が無い。うっかり目につく所にしまっておいた俺が悪いんだ」

「でもでも私がスキル使っちゃったから……」

「フフ。この鎖はそれくらいで切れるもんじゃないんだ」

「え?」

「いや、そもそも人間が素手でどうこう出来るもんじゃ無いんだ、これは。ちょっと由緒ある鎖でね。ガッツリ魔力が篭っている。この鎖が切れる時は……」


 そこで皆を放ったらかしにしている事に気付いた。


「ごめんごめん、みんな。とにかく鎖が切れた事は残念だけど仕方がない。それに対しては怒ってはいない。喧嘩するのもいいけどこれからは節度を持ってね」


 リンは部屋を見回し、手を広げた。


「ここにある物はこの鎖に限らず、テーブル1つ、グラスの1つ1つに至るまで、全て大切な物ばかりなんだ。父さん達から預かっている物ともいえる。建物もずっと掃除してるから綺麗でしょ? ストレスが溜まるのもわかるけど、なるべくここのものは壊さないで欲しい」


 皆、頷いた。頷くしかなかった。

 確かにここにある物は殆どロンとユウリが揃えたものばかりであって、それを蔑ろにされたリンが怒るのは納得の理由だった。


「俺は皆のストレスが堪らない様に仕事を取れるよう頑張るよ。じゃ、これでおしまい」


 その時、扉をコンコンと叩く音がした。


「おや。こんな時間にお客さん?」


 はーい、と扉を開けると見知らぬ少女が1人とその後ろにライラが立っていた。


「ライラさん。こんな時間に……それとえーっと?」


 後半は目の前に立つ小柄な丸い眼鏡を掛けた女性に対して言った。すると彼女は涙を流し、リンの首に手を回し、その胸に飛び込んだ。


「リン・ウィー様!」

「おおおお? ど、どちら様?」

「お初にお目にかかります、マヤ・ベイクリッドです」

「ほ、ほぁい。えと『愛と平和』ギルドへようこそ!」

「リン・ウィー様、私と……結婚して下さい!」

「はい?」


 刹那、レイジットの眉がピクリと跳ねた。

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