流浪の大賢者と接触せよ(完)

「成る程。こりゃお前らには見つけられんわ」

「え! な、何か分かったのかい!?」

「落ち着け。強力な結界と魔力で厳重に閉じ込められている。お前の母親もおるな。2人とも死んではおらん」

「ふたりとも、生きている……」


 呆然とするリンの両腕をローズが後ろから抱き止めた。2人の生存を強く信じてはいたが、やはり心のどこかで最悪のケースも覚悟していた。それが『流浪の大賢者』という最強のお墨付きによって否定されたのだ。

 ローズはリンの背中をポンポンと叩き、ニコリと笑い掛けた。


「良かったな、リン」

「うん……うん……」


 そこでリンが我に帰る。


「爺さん、それで父さん達はどこにいるんだ?」


 だがそれにはアロイジウスが困った顔をした。しきりと首を傾げながら髭を触り、


「それが困った事にワシでも場所がわからん」

「……」

「だから最初にお前らには見つけられんと言ったのじゃ。ワシの固有スキル『千里眼』でこんな事は珍しい。相手はかなりの使い手の様だ」

「そっかぁ……」

「まあ気を落とすなリン。他ならぬロンの生死に関わる事だ。何か分かれば教えてやる」

「本当かい!? それはとてもありがたい」


 そこでアロイジウスは改めてまじまじと2人の頭から爪先までを眺めた。


「なんだよ気色悪りぃな。あ、そういやあん時も……」


 どうやら過去、ローズはアロイジウスに出会った時に同じ事をされた様だった。

 少し厳しい顔付きになったアロイジウスはまずリンに言った。


「お前達にひとつずつ忠告させてくれ。まずお前だ。大事な時に選択肢というものが出てくるが目に見える選択肢が全てとは限らない、よくよく頭を働かせよ」

「え? あ、うん、分かった」


 リンの返事にウンと頷き、続いてローズに目を向ける。その表情はとても優しいものに変わっていた。


「お前は……この先過酷な運命がお前を襲うだろう。だがリンを信じろ、必ずお前の助けになる」

「この先っていつなんだ? 前もそんな感じだったから間違えたじゃねーか」

「ハッハッハ。それは自分で判断するが良い。ジジイの戯言じゃ」

「ったく……」


 と言いつつ、何故か少し頬が赤くなるローズだった。


「うむうむ。……で、これで用事は済んだか?」


 そう言われてリンはハッとした。

 流れとはいえ、自分の両親の事を先に頼んでしまったのだ。


「あ――違うんだ爺さん。実はあんたに頼み事をしたい、という人がいてね。俺はとにかく探して接触して欲しいと頼まれたんだ」

「ワシに頼み事じゃと?」

「うん。まあ帰りがてらゆっくり話すよ。このままうちに来てよ。爺さんがアロイジウスだと知ったらギルドの皆も驚くだろうしさ」


 そうしてアロイジウスを加えた3人で街へと向かおうとした時、リンとローズがやって来た方向から人影が出て来た。


 巨漢の男が2人、その他にも数人の男女がいた。

 手のひらを目の上に当てて目を細めていたローズが最初にその正体に思い当たる。


「おいリン、ありゃあハゲ親父達じゃねえ?」

「ギットが? ん……ほんとだね。あれだけここに来る事に反対してたのにどうして?」

「なんじゃ。あれもお前らの知り合いか。いたのは最初から知っとったが」


 バツが悪そうに肩を窄めて森から出て来た彼らと合流する。


「ギット。皆も。どうしたんだい、こんなとこで」


 先頭にいたギットがリンにそう声を掛けられてあからさまに狼狽する。


「あ、ああ。その……いや俺は来るつもりは無かったんだが……その、レオの野郎が、来たいって言うからよー」

「俺が? ……ふぬっ」


 ギットの踵がレオの爪先を力一杯踏みつける。蹲るレオの後ろからリュードとシャオが現れた。


「ごめんよリン。皆、ああは言ったものの、さすがにほっとけなくてさ」

「あ? いや俺は違うぜ? レオがどうしても来たいって……いってえええっ!」


 話の途中で左上腕の後ろを押さえてギットが飛び上がる。シャオが彼の二の腕の裏側をつねったのだ。痛がりながら彼女を睨むギットに対し、


「そういえばリンとローズの頭上にホッジさんが現れた時、『もう待てねえ俺は行くぜっ』って言ってましたよね」


 みるみるギットの顔が赤くなる。


「い、言ってねー!」

「言いました」


 リュードが「まあまあ」とシャオの肩をポンと叩く。


「そう言うシャオも僕も、いや皆、死ぬ覚悟でスキル発動一歩手前だったよ。まさかあの『流浪の大賢者』がホッジさんだったとは」


 リンとローズが顔を見合わせる。その横でアロイジウスは高らかに笑い、


「成る程成る程。仲間想いな事じゃ。いい仲間を持ったの、リン」


 こうしてリンとローズの決死の行動は拍子抜けの結果となり、彼らは談笑しながら街へ帰還したのだった。



 ―

 それから1週間、アロイジウスが顔見知りの爺さんだとわかり、『愛と平和』ギルドの酒場は昼夜関係無く盛り上がっていた。

 すっかりバーテンが板についたレイジットも大忙しだった。



「今回はリンに謝らなくちゃだね」


 リュードがギットに言う。ギットもバツが悪そうにそうだなと呟く。


「噂は噂でしかねえ。この目で確かめると言ったリンが正しかったってこった」



 ライラとラヴィリアも『愛と平和』ギルドに集まっていた。ラヴィリアは急ぎで遠出する時用に飼育されているハンムラビという大きな鳥の魔物でやって来た。


「初めてお目に掛かります、『流浪の大賢者』アロイジウス様。ニツィエ領主、ラヴィリア・ウィルネスと申します」

「ふむ……」


 アロイジウスはラヴィリアの頭から爪先までをジロっと睨む様にして眺めた後、手を上げて挨拶はしたがすぐに興味を無くした様にまた酒を飲み始めた。


 だがラヴィリアは慌てる事なくトルミ領のイリヤからの相談事について話をし始めた。アロイジウスは頷きもせずに酒を飲みながらそれを黙って聞いていた。


「……という次第です。何とかイリヤを助けて貰えないでしょうか?」

「前の領主の腹心が今どこにいるか、か」

「はい」


 アロイジウスがチラリとリンを見る。

 真剣な表情で見返すリンの顔を見て、ふふ、と薄く笑いを浮かべた。そのままラヴィリアに向き直り、


「ワシも大賢者等と呼ばれておるらしいが神様ではないのでな。そんな遠い場所の見た事もない誰かを探せと言われてもどうしようもないが……そうだな、他ならぬリンの頼みじゃし、遠い所わざわざ領主ご本人が来られたのだからこれを与えておこうか」


 喋りながら懐に手を入れ3枚の古びた紙を取り出した。それを机の上に広げ、それぞれに同じ模様の魔法陣を描き始めた。


 アロイジウスが筆を走らせている間、皆、息を飲んでその姿を凝視する。特にシャオとアクセルは熱心にそれを見て、互いにボソボソと何かを囁き、頷き合っていた。


 ようやく3枚全てに描き終えたアロイジウスがそれをラヴィリアに渡す。


「お嬢さんから聞いた内容を元に犯人の特徴を大まかに推測した。まず、邪悪である。ワシの物差しだがな。次に魔霊に属しておる。最後に一定以上の、かなり大きな魔力を持っている」


 話を聞きながら受け取った紙を眺める。勿論ラヴィリアの目にはただの模様としか映らない。


「はい。仰っている事は合っていると思います」

「そこに描いた魔法陣は今の条件に合う者に反応する霊符である。今、何も起こらないのはここにそういった者がいないからじゃ。それをもって怪しい場所をしらみ潰しに探せばいずれ見つかるであろう。3枚もあれば足りるじゃろう? 後は努力次第じゃ」

「有難う御座います! 早速イリヤに届けます!」

「但し、じゃ」


 アロイジウスが一瞬、鋭い顔付きになった。それだけで一気に場の空気が凍り付く。


 顔馴染みの爺さんとはいえ、彼が『八極』の1人であり、あの『流浪の大賢者』アロイジウスだと知ってしまったためであろう。

 そこにいた全員の間に緊張が走る。


「但し、もう二度とワシを政治などのつまらん事に巻き込んでくれるな。今回はリンの顔を立てたが、次は無い」


 そこまで言うとニコリと笑い、人の好い元の顔付きに戻った。

 ラヴィリアは深く体を折り曲げてアロイジウスに感謝の言葉を述べ、リンとローズ、ライラにハグをして出て行った。


 それから暫く雑談をしていたがリンがどうしてもアロイジウスに聞きたかった事があった。


「爺さん、ひとつ教えて貰ってもいい?」


 一瞬、動きを止めたアロイジウスだが、すぐに柔和な顔に戻る。


「先程のお嬢さんの事かね」

「さすがだね。彼女は俺の大切な幼馴染なんだ」

「成る程。それで肩入れしとるんだな」


 笑いもせずにグイッとグラスを傾ける。


「さっき最初にラヴィリアをジッと見てただろ? きっともう分かってるんだよね」

「……」

「どうして彼女はあんなに痩せている?」


 思わず側にいたライラも少し身を乗り出した。ローズも黙って真剣に聞いている。

 アロイジウスはフゥと小さく溜め息をつき、


「普段ワシはこういったものには関わらんのだが、他ならぬお前の幼馴染という事であれば教えておこうか」

「な、何? やっぱり何かあるのかい?」


 少し体を引き、身構える。


「はっきり言うとあのお嬢さんはあと1年ほどで死ぬ」

「ええっ!」


 思わず腰を浮かし大声を上げる。

 酒場の喧騒が一瞬止み、皆がリンを見た。


「あの子の……恐らく取り巻きの誰かだと思うが、がいる」



  流浪の大賢者と接触せよ(完)

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