流浪の大賢者と接触せよ(2)

 それから1週間後。


 リンとローズ、ライラの3人はニツィエ領城の前にいた。


 ライラの話があった日から暫くして各クエストから続々と戻って来た仲間達にこの話をしたリンだったが、結局ローズ以外の全員から猛反対されたのだった。



 ―――

「お前、遂に狂っちまったか?」


 真っ先にそう切り出したのはギットだ。彼程のイケイケ戦士であっても『八極』はやはり禁忌なものであるらしい。


「いや俺はいたって冷静だ。聞いてくれ。戦いに行くんじゃない。話をしに行くだけなんだ」

「相手が聞いてくれるとは限んねーだろうが。『八極』だぜ? 分かってて言ってんだろうな?」

「勿論さ。でも聞いてくれるかもしれないだろ?」


 ギットは口を開けたまま首を傾げたポーズをし、そのまま首を振って黙ってしまった。


 自らを天才と言って憚らないアクセルも口を挟む。


「『八極』ってのが噂通りなら聞いてくれねー可能性のがたけぇだろ」

「まあ賭けにはなっちゃうね」

「ま、一度見てみたいってのは分かるけどな。ヘッヘ」


 灰色の髪を揺らしながら笑った。


「一か八か、かい? でもその賭けに負けたら100%の死が待ってるよ?」


 冷静なリュードがもっともな意見を言う。


「いや更にそこから見逃してくれる、戦闘にならない、という可能性だってあるじゃない」

「噂を聞く限りでは可能性は低いと思うけど」

「噂なんて当てになんねーさ! どう? 1回位有名人に会ってみたくない? アクセルも見てみたいんだろ?」


 だがその呼び掛けに応える者はいない。いつもは賑やかなギルド内は水を打ったような静けさだった。


「レオはどう思う?」


 ギットと共に酒を飲んでいたもう1人の巨漢、レオがピクリと頬を震わせる。手に持った酒を全て飲み干してからリンに向き直る。


「反対」


 にべも無い返事だった。


「『愛と平和』ギルドが誇る最強の戦士もダメか。シャオは?」


 リンはリュードと共にいた女性の顔を見た。今日は薄い紫のローブに包まり、フードは後ろへ流している。


「私も……残念ながらこれは賛成出来ませんね」

「そうかー。残念だなー。じゃあ……ランドルフ……アルフォンス……ジャネット……」


 リンは端から順番に、残るギルドメンバーに聞いたが答は皆同じだった。


「はぁぁ。これだけ反対されるとはなあ」

「いや、むしろよく同意されると思ったな」


 筋肉質で細身のアルフォンスが言う。


「うーん……じゃあ最後に、ローズはどう思う?」

「ん……」


 隅の方で半分寝かけていたローズが眠そうな目をリンに向け、


「いいんじゃねえ? リンが行くなら私は付いて行く」

「え?」


 その答えに、聞いたリンが驚いた。


「待て待てチビ助、よく考えろ。ほぼ確実に死ぬんだぞ?」

「チビ助って言うなハゲ親父。……いいんだよ。どっちみちリンがあたしを拾ってくんなきゃどっかで死んでたんだ」


 彼女がゆっくりと立ち上がり、扉の方へと向かう。


「ローズ……」


 驚いたままのリンの横を通り過ぎ、扉のノブに手を掛け、そこで振り返らずに言葉を続けた。


「あたしはリンが付いて来いと言うなら何処へでも行くし、誰とでも戦う。以上、もう寝る!」


 ―――



 城門の前でそんなやり取りを思い出していた所にライラの声が聞こえ、ハッと我に帰る。


「何してるの? 早く馬から降りなさい」


 ライラが出立前に予め連絡を入れていた為、衛兵との話はスムーズに行われた。ここまで旅を共にした馬を彼らに預け、通用門から中に入る。


 領といっても王都にあるそれの様な絢爛豪華なものではなく、いくつかの大きな邸宅の周囲をぐるりと高めの塀で囲んだ程度のものだった。


 ここにはもう何度も来ている為、領主邸がどこにあるかは知っていたが、近衛兵が道案内の体で数人付いた。その内の1人が話しかけて来る。


「知ってると思うがこれも規則でな。ライラさんにリン。それとえーと……」

「ああ、彼女はローズというんだ。俺の大切な仲間でね。以後よろしく」


 ローズは言葉を出さず、小さくペコリと頭を下げた。


「そうか。まあ顔見知りだからな。これでも付いている数は少ない方だ。辛抱してくれ」

「気にならないわ。問題無い」


 最後はライラがしめた。



 ―

 客間に通された3人は衛兵にラヴィリア様をお呼びしてくる、と言われてソファに座って待っていた。


 公人の客間らしく華美な装飾は少ない。同じ様に遊びと言える様なオブジェも皆無だった。足の低いテーブルを挟んで横長のソファが2脚あり、上着掛けが1つあるだけの無味乾燥な、対面で打ち合わせをする為だけの部屋だった。


 やがて数人が廊下を歩く音が聞こえてくる。先程彼らが入ってきた扉が開き、長い茶色の髪を靡かせて笑顔と共に姿を現したのはリンの幼馴染であり、今はニツィエ領主となったラヴィリア・ウィルネスだった。


「ライラさん! リン! 久し振りぃぃ!」


 弾ける様な笑顔と共に大声を出し、リンとライラの手を掴んだ。


「久し振りね」

「ラヴィリア! 久し振りだね!」


 リンとライラが立ち上がり、懐かしの再会に相合を崩す中、ローズはバツ悪そうにソファに座っていた。

 それにすぐに気付いたリンが彼女をラヴィリアに紹介する。


「ラヴィリア、彼女はローズ・デルポトロ。うちのギルドの貴重な戦力なんだ。今回の依頼にも欠かせないんで連れて来たよ」

「リン、を付けなさい。もうひとつ言うとラヴィリア様じゃなくてウィルネス様よ」

「おっとそうか」

「何言ってんの! ラヴィリアで大丈夫だから!」


 笑顔を見せるとローズに近寄り手を取って、


「ローズさん、こんにちは。ラヴィリア・ウィルネスです」


 その屈託の無さと余りに近い距離にローズが狼狽える。が何とか声を絞り出し、


「あたっ、私はローズ。よ、よろしく」


 と何とか無難に言い終えた。ニコリと笑って3人にソファに座る様に促す。


(よかった。性格は昔と変わらないな。だけど……)


 気付いたのはリンだけでは無い。

 彼らが気になったのはラヴィリアのあまりの線の細さだった。先程握ってきた手は冷たく、ほとんど肉が付いていない。

 長袖とスカートで人目につかない様、隠してはいるが武術に長けた彼らはその下のおおよその体付き、筋肉を見抜く。


(細過ぎる。忙しくてちゃんと食べれてないのかな?)


「会いに来てくれて有難うね、リン」

「いや、俺も会いたかったからいいんだけど……」

「? どうかしたの?」

「その……ちゃんとご飯食べてる?」


 リンの言葉にラヴィリアの顔に一瞬暗い影が過ぎる。ライラも頷き、


「痩せ過ぎよ、ラヴィリア。そんなに忙しいの?」

「うーん……忙しいのは確かなんだけど。でも皆気を遣ってくれて休ませてくれたりするし、ちゃんと食べてもいるんだけど……」

「何かの病気じゃない?」

「ううん。何人もお医者さんや神霊術士にも診てもらったんだけど何もないって」

「そうなの? 何も無いなんて事は……」


 リンとライラが顔を見合わせる。ライラが諦めた様に首を振り、


「まあとにかく自分の体を一番大事にね。何かあったらすぐに言って頂戴。じゃあ依頼について詳しく教えてくれるかしら?」

「分かったわ」


 ラヴィリアは頷いて顔付きを引き締めた。


「トルミ領でも政変が起こったのは知ってる?」


 トルミとはこのニツィエから遠く東にある、商業が栄える沿海の領地だ。


「確かかなり悪どい政治をしていた前領主が亡くなって新しく若い女性が領主になったとか」


 言ったのはライラだった。


「そう。偶々だけどここと似た様な事が3年前にトルミでも起こっていたの。新しく領主になったのはイリヤという女性。知ってる?」


 首を傾げたリンがライラを見た。


「イリヤ……聞いた事あるね」

「私は覚えているわよ。10年位前まではよくここに遊びに来てた子よね」


 2人がそう言うとラヴィリアがニコリと微笑んだ。


「イリヤは私の数少ない親友なの」

「あー。思い出したぞ。ラヴィリアがイリヤ姉って言ってたあの綺麗な人だね」

「うん。前の領主が亡くなった後、腹心だった魔術士の行方がわからなくなっているの。何か企んでいるらしくて見つけ出したいんだけどって相談があったの」

「って事はアロイジウスへの頼み事って……ラヴィリアやニツィエ領の話じゃなくて?」

「イリヤが私に頼んでくるなんて初めてだし、よっぽどの事だと思うの。力になってあげたいじゃない」


 そんな事より自分の体調を気にかけて欲しいけど、と思いながらリンとライラがまた顔を見合わせる。


「その消えた魔術士は魔霊術士らしくて、既に3年間、捜索隊の網にかかってないんだって。その間に近衛軍のイリヤ寄りの要人、強力な神霊術士や有名なパーティは次々と殺されていて、イリヤはその魔霊術士による犯行だと見ているわ」

「それで『流浪の大賢者』の力を借りたいって事か」


 ラヴィリアが眉を寄せてコクッと頷く。


「ラヴィリア。あくまで私の考えなんだけど……そんな政治色の強い頼みは聞いてくれない可能性が高いと思うわ」

「うーん。やっぱりそうだよね……私が直接行って頼んだ方がいいかな?」

「いや、貴女が直接行けばとかそういう事じゃなくてね」


 ライラが救いを求めるようにリンの顔を覗く。リンは真っ直ぐラヴィリアの顔を見て、


「分かった。取り敢えず引き受けるよ」

「え!?」

「ほんと!」


 ライラの驚きとラヴィリアの弾んだ声が重なった。


「ただ何かあった時にラヴィリアを守る自信がないから君はここにいるといい。まずはアロイジウスってのがどんな奴なのか、この目で見てくるよ」


(体に異常が無いのならラヴィリアの線の細さは心労から来るものかも知れない。だったらそれを取り除いてやる)


 ずっと腕を組んで黙って聞いていたローズはリンを横目でジッと見つめていた。

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