流浪の大賢者と接触せよ(1)

「取り敢えず話はわかった。このギルドに入れる事が出来ないのは理由があるんだ」

「理由……?」


 涙を袖で拭いて首を傾げる。


「今、ギルド長は俺だけど本来のリーダーは父さんなんだ。『愛と平和』ギルドにはルールがあって父さんが信頼した人間じゃないと入れないんだ」

「お父様が……」

「うん。だからごめんね?」


 断られたにも関わらず、それを聞いたレイジットの表情が何故かパァーッと明るくなった。


「そういう事なら……ウチ、ちゃんとご挨拶する! 御義母様とも上手くやっていくで!」

「えーと、多分ちょっと意味が違うかな」


 埒があかないと感じたライラとローズがこの会話を終わらせるべく目配せをした。


「そういえば……前にハゲ親父の野郎が掃除サボった事あったなあ」

「ん? ほんと?」


 突然そんな事を言われてリンがキョトンとする。ライラがそれに言葉を続けた。


「そういえば私もこの前アクセルに聞いたわ。折角依頼を聞きにいってやったのに聞くに値しない、実に下らない話だったから断ってやった、この天才に無駄足踏ませやがってって怒ってたわ」

「アクセルが? そんな事を?」


 そこでローズはポンとリンの肩に手を置き、ニヤリと笑った。


「結局あたしも含めてこのギルドにいる奴はみんな戦士だからな。戦う以外の事は苦手なんだよ」


 そう言われてようやく2人が何を言いたいのかを悟る。


「あはは。参ったな。わかったよ」


 ローズとライラにそう笑い、目の前で内股で地べたに座り込むレイジットに優しい目付きで話し掛けた。


「レイジット、聞いての通りだ。どうやら俺はギルドの隅々まで目が届いてなかったみたいだ。まずはアルバイトからって事で助けて貰えないかな」

「アルバイト……」


 そう反芻し、暫くしてその言葉の意味がわかるとまた晴れやかな笑顔を見せた。


「ええで! ウチ、何でもするで!」

「じゃ、そういう事で今日からお願いしようかな。まずはお客様にパルテイラを」

「よっしゃ! 任せとき!」


 急いでカウンターの中に入って、何を思ったのかまた引き返してきた。


「?」


 レイジットはローズの耳元に顔を寄せ、


「有難うな。この恩は一生忘れへん。大好きやでローズちゃん」


 そう囁くとまたバタバタと走って行った。



 ―

「さて。で、ライラさんの話は?」


 意外にもレイジットはテキパキと動いていた。酒を出し、上手にグラスに注いでライラの前に出す。

 その動きを見てライラとリンが目を合わせて微笑む。


「ニツィエ領主様から直接の依頼よ」

「領主……ラヴィリアか」


 ニツィエ領主、ラヴィリア・ウィルネス。


 このニツィエ領の領主だ。

 歳はリンの1つ上で若干19歳の女性だが領主だった父親が昨年過労で急逝し、その後を継いで7代目ニツィエ領主となったばかりだった。同じ様にギルドを引き継いだリンは勝手に親近感を感じている。


 リンは幼い頃から父親のロンに付き添って何度も領城に行った事がある。従ってラヴィリアとは幼馴染と言える程面識があった。一方のライラもギルドの仕事の関係で何度も領城に出向き、同じく旧知の間柄だった。


「ラヴィリア、元気にしてるのかなぁ」

「彼女が直接依頼を持って来た訳じゃないし最近は会ってないから分からないけど、噂じゃ慣れない政務を頑張ってて疲れ気味みたいね」

「ふーん。また遊びに行こうかな」

「遊んでいる暇は今の彼女にはないわね」

「そっかぁ。会いたいなあ……綺麗になってるだろうね……フッフ」

「貴方も懲りないわねぇ……この依頼を引き受けるという返事を持って、だったら喜んで会ってくれると思うけど」


 リンはニコリと微笑むライラのその言葉でようやくそもそもの話を思い出した。


「で、一体どんな依頼なんだい?」

「彼女の依頼内容は『ジャマ森林に現れた流浪の大賢者アロイジウスへの接触』」


 黙って聞いていたローズがピクリと眉を上げ、驚いてライラを見た。

 言われたリンもぐうっと押し黙る。数秒後、ようやく絞り出した言葉は「はあ?」だった。


「どう?」

「どうも何も……残念ながらこれはお断りだね」


 リンはグラスの中の酒をグビッと一気に飲み干した。何も言わずにレイジットがそれに注ぎ足す。

 ライラは額に手を当て仰反った。


「やっぱりか――」

「てか不可能でしょそんなの。無論会った事なんかないけど流浪の大賢者アロイジウスっつったらあれでしょ? えーーっと……何だっけ」

「八極の1人、ね」


 八極 ―――


 どこの組織にも属さず、どの法にも縛られず、世界のどこにいるかもわからない、ただただ自由気まま好き勝手に生きる八人の無頼者達の呼称だ。


 彼らについては分かっていない事が多く、ただの噂や恵まれない環境に生きる人達の願望が作った虚像だという学者もいる。だが彼らを目撃したという話が時折起こるのも事実なのだ。


 世界的に名前が通る位なのだから無論ただ無頼に生きているだけではない。


 彼らの持つ高度な知識、戦闘力の高さに比肩する者はこの世にはいないと言われている。普通に生きていたければ絶対に関わってはいけない連中というのは最早この世界では子供でも知っている一般常識だ。


『流浪の大賢者』と呼ばれるアロイジウスはその中の1人であり、神霊学に関する膨大な知識と強力無比の神霊スキルの使い手であると噂されている。


「ニツィエ領で主だったいくつかのギルドに同じ依頼が出てるけど、手を挙げたのはミランのパーティだけね」

「ミランか。で、どうだったの?」

「泣きベソかいて引き上げてきたわ」

「ま、当然だね」


 手を頭の後ろで組み、椅子の背もたれにもたれるリンが天井を仰ぐ。


「一応言っとくわ。少しでも考えてくれるのならまずは詳細な説明のため領主城まで来て欲しい、との事よ」

「うーん」


 唸るリンの横顔を見ながら、


「戦ってくれって訳じゃないんだし、一度ラヴィリアに内容を聞いてみたら?」

「うーん……」


 リンの中で『ラヴィリアに会いたい』と『八極なんかに関わりたくない』がせめぎ合っていると睨んだライラは前者の比率を上げる事にした。


「これだけ難易度の高い依頼だもの。上手くいったらハグ、いえ、キスくらいしてくれるかもよ? 知らないけど」

「よし、行ってみるか。ラヴィリアも困ってるだろうし! いや、決して邪な考えじゃないよ?」


 それ以外何があるのと思いながらライラはクスリと笑った。


 パカンッ!


 ローズの手のひらでリンの後頭部がはたかれる音が鳴り響いた。

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