クエスト失敗冒険者を救出せよ(5)

 レイジットを加えた4人はそのまま、シュドリオの一団が向かった先へと向かう事になった。


 始めはレイジットとハンネを先にライラの元へ返すかどうかで悩んだ。だが2人だけで返す、リンもしくはローズがそれに付き添う、2人とも付き添って帰ると言う選択肢のいずれも良策では無かった為だ。


 離れ離れとなったリュード達を気にかけた訳ではない。彼らは放っておいても大丈夫という信頼があった。

 それよりもシュドリオが『ドワーフ』と言っていたのが気になったのだ。


 この辺りのドワーフはほぼ全員がダリヤ鉱の採掘に携わっている。つまり『赤のリーニー』がこんな所にいる理由、それはダリヤ鉱だ。リンはそう結論付けた。リンは襲撃されると分かっていてそれを見捨てる事は出来ない、と言った。


 そしてそんなリンにレイジットは……


「なあリン様。レイちゃん奥さんにしいひん? いや冗談やなしに」


 義に厚く、監禁された自分を助けてくれ、更にライラ達が口を揃えて『女好きがなければモテる』と言うほどには外見はそこそこ整っているリンに一目惚れしてしまった。


「あ、はは。ご冗談を」

「冗談やあれへんよ。ウチは貴方を見た時にときめいてしまったわ。ああ、ウチはこの人の妻になる為に生まれて来たんやわって思たわ」

「あ、は、は、は。妻って……そりゃあちょっと気が早くないかな」


 レイジットはうっとりとした顔付きでリンを見上げながら更に密着し、自分の胸をリンの左腕になすりつける様に密着させた。


「おい、いい加減にしろてめえ。鬱陶しいんだよ。守ってやらねーぞ」


 後ろを歩くローズが苛立ち、時折声を上げるが、


「あん、リン様。ウチ後ろの子が怖い」


 更に密着する始末だった。

 ハンネは頭を抱え、無言を押し通し、進む程にローズは不機嫌になって行く。


(あれえ? 好かれてるみたいだけど、とてもラッキーな筈なんだけど……なんか思ってたのと違う)


 リンは心の中でしきりに首を傾げた。



 ―

 シュドリオ達の跡を尾けるのは追跡者のリュードがいなくても容易だった。

 何といってもあの大勢が走って向かったのだ。森の中は通らず、道として踏み慣らされた場所を必ず通っている。その足跡を辿ればいいだけなのだ。


「うん。急げば俺たちの方がスピードは早い。行くぞ」


 屈んで足跡を確認したリンは皆に小走りに走る様に促す。Fランクとはいえレイジットも冒険者だ。体力は十分有る。リンやローズは言わずもがな、問題はハンネだった。


「ちょ、まっ、ハァハァ、わたっ私は、たたた、ただのっ経理っなのっにっ!」

「頑張ってハンネさん。きっとあともうちょっとだよ。多分」

「リン様ぁ。ウチもしんどいよぉ」

「てめえは冒険者なんだろ。しっかり走れ」

「あ~~ん、ローズちゃん怖いぃ」

「が、頑張ってね、レイジット」

「元気百倍! ナンボでも走れるでぇぇ!」

「ちょ、まっ……」


 そんなこんなでようやくシュドリオの一団に追い付いた。


 バレないように少し距離を置き、木陰に隠れて様子を探る。

 既に眼前には横穴、つまりダリヤ坑と思われる洞窟が見えており、その外からドワーフ達の食事の煙と思しき煙が何筋も立ち昇っている。


「ハァハァハァハァハァハァハァハァ……ン……もうダメ。私、脇腹痛い」


 だが可哀想な事にそんなハンネを労わる者はおらず、3人は前方の状況に釘付けだった。


「む。もうシュドリオ達が襲撃を始めている。ドワーフ達が洞窟へ避難したな。まずいぞ」

「行こう、リン!」

「いや待ってローズ。あれは……」

「んな悠長な事言ってる場合かよ……ん?」


 彼らの目に映ったのは襲い来る『赤のリーニー』へ突っ込む、見覚えのある巨漢達だった。


 更にその後方には広範囲のバフスキルを唱える支援者、そして無数の矢を雨の様に降らせる恐ろしいまでの攻撃力を持つ狩人がいた。


 それを見たローズが心の底から楽しそうに笑った。


「アッハッハ! 何だよ、あたしら抜きで楽しそうにやってんじゃねーか、ハゲ親父共!」



 ―――

 少々時間は遡る。


 谷の淵で『赤のリーニー』に襲われたギット、レオ、リュード、シャオの4人は、倍以上の人数差をものともせずあっという間に撃退する。

 その内の1人をギットが捩じ上げ、目的がドワーフ達が採掘するダリヤ鉱である事を知った。


「ヴルタニア渓谷、ドワーフ、ダリヤ鉱か。どこかで……」


 首を捻り、そしてライラの『湖の畔』ギルドでその護衛の依頼が出ていたのをリュードが思い出した。


「成る程そういう事か。渓谷のこんな入口の方にまで『赤のリーニー』の連中が来ていたのならレイジットが巻き込まれている可能性は高い」


 そう判断し、彼ら4人はドワーフ達が働くヴルタニアのダリヤ洞窟へと動く。


 ドワーフ達は丁度休憩時間だった様で、洞窟の外で昼ご飯の準備をしていた。


 当然ながらドワーフ族ばかりだったが、その中で明らかな人間4人を見つけ、ひょっとしてと期待した。

 だがそこにいたのはリンでもレイジットでもなく、『湖の畔』ギルドで活動するクリッドという神霊術士。彼をリーダーにする4人のパーティだった。



「おお。リンとこの!」


 クリッドはリュードの顔を見た瞬間、喜色満面になった。

 立ち上がるとリュードより頭半分背が低く、どんぐりまなこの可愛らしい顔付きと相まってまだ15、6歳程に見える。が、実際には20歳のリュードよりも年上で24歳だ。


「ちっ。よりによってめんどくせえ奴らがいたもんだ」


 ギットがそう毒付くがクリッドは全くお構い無しだった。抱き付かんばかりにリュードに駆け寄ると両手で少し離れろと笑顔で拒絶された。


「何だよ連れないなあ。久し振りだってのに」

「そうだったかな? ついこの前会った気もするけど。まあ元気そうで何よりだよ」


 リュードがクリッドの勢いに負け、体を反り気味にして笑顔で話す。


「そうだ。1ヵ月振りだよ! でもこれから敵の大攻勢が始まるって時に現れるなんてお前らも本当、友達想いだな」

「何、敵の大攻勢だと?」


 普段、まず耳にしない、だが心躍るその単語にギットの目がキリリと開かれ、口の端がニヤリと上がる。

 それに合わせてクリッドの顔も紅潮した。


「そうだ。非道な『赤のリーニー』許すまじ! この正義の神霊術士クリッド率いる! ニツィエ領最強のパーティ『クリッディーズ』が正義の鉄槌を下さん!」


 右手を突き上げてクリッドが雄叫びを上げる。すると周りにいたドワーフ達が拍手喝采を浴びせた。

 ギットは茶々を入れるつもりで大きく叫んだ。


「誰がニツィエ領最強のパーティだって?」

「俺達だ!」


 その声と同時にもう1人、クリッドと同じ様な白いローブを羽織った縦にも横にも大きな男がヌッとギットの目の前に立った。

 ギットも一歩も引かず、むしろ胸板を膨らませてニヤリと不敵に笑う。


「ケッ。おい、トントン。鎧も着れねえ様なデブが盾役タンクなんかやってんじゃあねえぞ。盾が軽く見られるだろうが。さっさと引退してダイエットしろ」

「誰がトントンじゃい! 俺ぁトントだ、トント! 老衰で脳味噌が溢れたか? 俺の術で治してやろうか? 相場の百倍でな。ケケケケケ!」

「何が老衰じゃコラ! 俺ぁまだ37よ! てめえの醜い腹にでっけえ穴あけてまうぞボケがっ!」

「上等だ、空けてみんかい。てめえみてえな筋肉ダルマに出来るもんならなぁ!」


 顔をくっつけんばかりに近寄ってヒートアップする2人とは対照的に他のメンバー達は比較的仲が良かった。

 元々物静かなレオと、クリッドのパーティのベンティーニは大剣のアタッカー同士、ジョッキを合わせてただただ静かに飲み始めた。


「今日はリンもローズもいないのね」


 残念そうにシャオに話し掛けたのは、クリッドのパーティでは紅一点、赤を基調とした派手なローブを身に付けた魔霊術士のリオだった。


「うーん。正確に言うと居たんですけど着くなり逸れてしまいまして」


 テーブルで紅茶を飲みながら穏やかに話す。


「そう。ひょっとしてもうすぐ会えたりするかしら」

「多分。戦いの匂いを嗅ぎ付けてやって来ると思いますよ」


 リオは目を細めて、


「うちのパーティ、もう1人女の子が欲しいのよね。あの子、口は悪いけど意外にまともだし」

「ローズは絶対あげませんよ」

「残念だわ。貴女はどう?」

「間に合ってます」

「連れないわねえ」


 そんな呑気な事を話していると、突然1人のドワーフが大声を上げた。


「来たぁぁぁ! あいつらだあ!!」


 クリッドとリュードがその声に敏感に反応し、彼が指差す方を見る。

 ドドドドド……と確かに遠くから大勢がやって来る足音が聞こえる。


 暫くして、森の中央を突き抜ける細い道から二の腕に赤い布を巻きつけた半裸の男達が続々と現れた。

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