クエスト失敗冒険者を救出せよ(4)
「それでまずはどうするんだ?」
「そうだな……はぶっ」
ローズがリンの口を手で塞ぐ。
続けて手のひらでリンとハンネに、先程までハンネがそうしていたのと同じく草むらの中に潜む様に促した。
やがて。
数人が歩いてくる足音が聞こえた。
こんな所に人が居るとは思いもしないのか、彼らは隙だらけで警戒心のかけらも見えない。
近寄ってくると徐々に話し声が聞こえてくる。
「……だわ。ガッハッハ」
「全くだ。ちょっと子供だけどよ、あんないい女滅多にいねえわ」
リンとローズは茂みに隠れてそれを黙って聞いていた。
ハンネは草むらの隙間から男達の姿を見、慌てて更に小さく縮こまる。
「そういやあの娘、シュドリオ様のテントに連れて行かれる時、ヌールがどうとか言ってたが……」
「ヌール? 何だそりゃ。頭イカれてんのか? あの見てくれで勿体ねえ」
「あーー、いい加減さっさと
「ああ。シュドリオ様も今日は出るらしい。ケリつける気らしいしな」
「手柄立てたらあの女くれたりしねえかな」
「ガッハッハ。ねえねえ! 今頃は頭がじっくりとお楽しみ中だわ」
(奴ら? 誰の事だ? だが捕われているのはレイジットで間違いないようだ。あと……シュドリオだと)
リンにはその名前に心当たりがあった。
(『赤のリーニー』ニツィエ領のボスはリーアと呼ばれている奴。シュドリオはその部下で確か小隊長位の奴だ)
ギルドの付き合いで収集した記憶を辿っていたリンをローズが肘で小突く。
(どうする? やっちまうか?)
こいつも大概ならず者だな、と思いながらリンは首を振った。
(通り過ぎるのを待つ)
(んでだよ。やっちまえばいいじゃねえか)
(考えがある。暴れるのは後だ)
(……わかった)
そうして小声で囁きながら男達が通り過ぎるのを待った。
暫くしてその姿は谷に隠れて見えなくなる。
「さて……ここは案外声が響く。小さな声で会話する事、いいね?」
2人にそう言ってもう一度男達が言った方を見送り、誰もいない事を確認した。ハンネに近寄り、
「ハンネさん、さっきの奴らに見覚えがあるかい?」
「は、はい。私達を襲った奴らだわ」
「やっぱりか。今会ったのが2回目かい?」
「そうよ」
「有難う。怖かったね。もう大丈夫だから」
ハンネの肩を軽く叩くリンの横にローズが並び、小声で囁く。
「奴らの後を尾けるのか?」
だがリンは首を振った。
「逆だ。奴らが来た方向へ行く」
「なぜ?」
ローズが怪訝気な顔付きをする。
「ハンネさんが出会った奴らという事は少なくともあいつらはこの上にいた。だが今はここにいる。つまり今、奴らが来た方向に上に通じる道があるって事だ」
「ふーーん」
「シュドリオってのは恐らく奴らの頭だろう。詳細はわからないけどどうやらテントを張っているらしい。て事は陣を張っているんだろう。会話の内容から今の奴らはそこから来て
「レイジット……まだ生きてるのね、良かった」
リンとローズが方針を話し合っている間、ハンネはレイジットの無事にひとまず安心した様だ。
「だね。とはいえさっきの会話の内容からすると手放しで安心も出来ない。少し急いで行こう」
「ええ!」
―
2時間後―――
彼ら3人は先程のならず者達、『赤のリーニー』の一団が屯する場所へと辿り着いた。途中、分岐がいくつかあったがわざわざ木の枝に赤い布が巻かれていた為、特に迷う事もなく辿り着く。
そこにはさっきの男達が言っていた様に大きなグレーのテントが張られていた。
リン達は木陰に潜み、様子を探る事にした。ざっと見ても4、50人はいる様に見えたからだ。
確かに、これからどこかを襲撃しようとしているかの様に慌ただしい。
(武器を持って右往左往している。規律はイマイチの様だ。王都にいる奴らは軍隊並みと聞いてたけどこんな田舎じゃただのごろつき集団だな)
じっくりその様子を観察し、いつ救出しようかとタイミングを測る。
やがてテントの入り口が開き、中から大きな体格の男がのそりと出て来た。
「ふぅぅ。俺にも春が来たぜぇぇ最高だったわ」
にやけ顔でそんな事を大声で言い放つ。よく見ると鼻血をダラダラと垂れ流していた。そこにならず者達がわらわらと集まる。
「頭!」
「頭ぁぁ!」
「用意は出来てますぜ!」
それらに面倒臭そうな視線を送り、
「やれやれ。女と2人でいるとごっつええ匂いがするのに……てめえらときたら臭っせえなあ。臭っせえ臭っせえ!」
「そりゃないぜ、お頭だって俺達と同じ位、いやもっと臭え……うっごおおぉぉぉ!」
その要らぬ口を叩いた男は鳩尾に強烈なパンチを食らい、テントへの坂道を下に下に果てしなく転がって行った。
(あーあ。バッカだねぇ)
その男を目で追いながら暫く含み笑いをした後、その大きな男に視線を戻す。
(さて……奴がシュドリオだな。女と2人と言った。やはりレイジットはあの中だ。最高とか言ってたけど大丈夫かな。可哀想な事をされてなきゃいいけど)
「野郎ども! 今日こそはあの糞ドワーフ共と妙な奴らをブチのめす。先日は遅れをとったが今日は俺がいる。安心して死ねや!」
(ドワーフだと? ……成る程ねぇ。だが妙な奴らってのは?)
「うおおおお!」
「シュドリオ様ぁぁ!」
「死にたくねえ!」
「やっちまいましょうやぁぁ!」
シュドリオは満足した顔付きで自らの体躯に合うほどの巨大な戦車の如き魔物に乗った。
(あれはガッパじゃないか。ニツィエには、いやそもそもこの国にはいないぞ。よく手に入れたなぁ)
通常の剣など通さない強靭な皮膚と口から吐く異臭の催涙ガス、4本の足の強靭さでそれ単体で非常に手強い、恐竜の様な魔物であった。
だが知性が低く『操魔』スキルがあれば比較的簡単に操る事ができる。
(あいつ、そんなスキルも持ってるのか)
「ガッハッハ。やはりガッパは最高じゃい! 必死で勉強して『操魔』を覚えた甲斐があったぞ」
(必死で勉強したのかよ! ご苦労様だね)
「行くぞ糞野郎共! 必死こいて付いて来いやぁぁ!」
「おおお!」
ドドドドド、と重低音を響かせて男達はあっという間に坂を下っていなくなった。
残ったのはテントの入り口に立つ、恐らくは見張りの2人だけだ。
(さて、じゃあ行くか)
と膝を立てた瞬間、後ろから肩を掴まれた。
(あたしが先に行く)
(ん? あ、ああ。分かった)
ローズが何かに隠れながら、ではなくそのまま茂みから外へと出た。
「うん?」
「何だ、誰だ貴様」
見張り達は携えた槍を構え、あからさまに警戒し出す。
「あたし? あたしはローズ」
「名前なんか聞いてねーー! てめえ何もんだぁ!」
「会話にならねぇな。バカは引っ込んでろ」
「こん……ガキャああああ!」
「誰がガキだぁぁコラァァッ!」
(残念、同じレベルか……)
「『竜拳』!」
ノーマルスキル『竜拳』は15秒の間、腕力と拳の硬さを向上させる。単純な威力向上だけのスキルではあるが元々が並外れて強靭なローズが使うと必殺のスキルとなる。
ほんの二振りで見張りは天を仰ぐ。
完全にノビたのを確信してリンとハンネが姿を現した。
「流石だね!」
「す……っごいわ!」
「あたしが見張っとくから早く助けて来い」
「分かったよ!」
ローズが背にする入り口の布を捲り上げ、急いで中を覗く。
中にはロープで手と足を縛られた女性が1人、グッタリと体を捩りつつ、横たわっていた。
同時に恐ろしく鼻をつく異臭。くさい、などというレベルでは無かった。これがシュドリオの体臭なのだとすればさっき殴られた部下は正しい、とリンは思った。
急いで駆けつけたリンは改めてその顔を見るとも無しに見た。それはライラが見せてくれた模写など遥かに凌ぐ美少女、だが確かにあの模写と同じ、レイジットだった。
可愛らしく括っていた二つ括りのおさげは解かれており、唇は半開きのまま、失神しているのか閉じた目からは涙の跡があり、辛そうな表情をしていた。そのあまりの悲劇の美少女ぶりにリンは一瞬言葉を失う。
「あ……う……」
レイジットもリンの気配に気付き、二重の大きな目を開ける。
「……?」
どちら様? と言わんばかりに無言でほんの少し首を傾げる。その上品な仕草にまたドキドキしながら必死に声を絞り出した。
「レイジット、だね? 俺はリン・ウィー。君を助けに来たよ」
「……う……いえ……私を?」
「レイジット!」
ハンネがリンの後ろから顔を出し、大声を出す。
「ハ、ハンネ!」
「レイジット! 可哀想に……さっきのあの大きな男に、酷い事、されたのね……」
レイジットの全身を見ながらハンネも涙を流す。
小さくコクっと頷き、レイジットはその綺麗に整った口を少し開いた。
「あんのクソボケ、ウチの髪触ったんやで! 腹立つから顔面蹴飛ばしたってんほんだら泣きながらレイちゃん痛いよとか言いよるから近付くな汚臭ブタ黙ってどっか行け
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