クエスト失敗冒険者を救出せよ(3)

 リンとローズが吸い込まれる様にして落ちて行った谷の方を見つめ、彼らは数秒固まった。


 やがてシャオが大きなため息をつく。リュードも呆れた様子で、


「こんなに早く別行動になるなんて」

「全くだ。だがチビ助も追って行ったし大丈夫だろ。それよりも依頼の達成……レイジット、だったか? そいつの捜索が先だ」


 ギットが剣を鞘へと戻しながら言う。リュードはそれに頷き、


「そうだね。僕達で先に解決しておこう」


 もう一度谷を覗き込み、首を振りながら森へと足を向けた、その時!


 再びリュードの目が厳しくなった。


 森を睨み、弓を構え、体勢を低くした。弓の達人、狩人であり追跡者チェイサーでもあるリュードは人一倍、危険に関する察知力が高い。

 自然と残りの3人もそれに倣う。


「僕達は既にお前達を捕捉している。出て来い」


 リュードが森に向かって静かにそう言った。


 すると葉がザワザワと蠢き、一目でならず者とわかる半裸の出で立ちの男達が十人ほど現れた。


「なかなか鼻が効く坊っちゃんだな」

「おや綺麗なお嬢ちゃんもいるじゃねえか」

「でっけえおっさんもいるぜ」


 ピクリとギットの眉が上がる。


「何者だい?」


 姿勢を変えずにリュードが言う。


「俺たちゃ『赤のリーニー』。名前は知ってるな? 分かったら回れ右して帰れ」

「『赤のリーニー』!?」


 左右どちらかの二の腕に赤い布を巻いた彼らはその名前を出せば相手が怯む事を知っている様子だった。皆、一様にニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。


「なんでこんな所に……」


 シャオが一歩後退り、そう呟く。男達は卑しい笑いを浮かべながら、


「野良パーティなんかじゃ俺達とやって良い事なんかひとつもねえぜ?」

「知ってると思うが、俺達に傷の一つもつけた日にゃ、家族親戚知人友人、全員死ぬまでツケ狙う」

「へっへっへ。お嬢ちゃんは帰らなくていいよ。俺達と一緒に遊ぼう。残りの野郎はとっとと帰りな。死にたくなかったらよ」

「そうだ。だけじゃ俺達全員の相手するにゃあしんどいからよ」


 最後の男が言った言葉を皆、聞き逃さなかった。


 リュードがギット、レオ、シャオに目配せをし、再び男達に視線を向けた。


「『赤のリーニー』とやるなんてついさっきまでは考えもしなかったけど……今の話を聞いちゃあ引き下がれないな」



 ―

 一方、ヴルタニア渓谷の谷底を流れる小川近く。



「い……たたたた……」


 頭と腰を押さえ、リンが呻く。


「大丈夫か?」


 腰に手を当ててリンの顔を覗き込んでいるのは彼のよく知っている顔、野生的な美少女、ローズだった。


「だ、大丈夫だよ。ギリギリ『鉄壁』の効果内だった」


 いててて、と体のあちこちを庇いながら立ち上がる。周りを見渡し、落ちて来た吊り橋の方を見上げる。


「登るのは無理かぁ」

「全く、現場に着いてすぐにこれじゃあ先が思いやられるぜ」

「まあまあ。こうなってしまったからには仕方が無い。イライラしても良い事ないよ?」

「別にイライラしてねえし、第一それをお前が言うな」

「よし。じゃあ俺達は俺達でレイジットとハンネさんを探そう」


 リンがそう言い終わると同時に、草むらからひとりの女性が現れた。


「待って!」

「うわっ」

「やっぱ誰かいたのか。何もんだ?」


 驚くリンの横で、まるで分かっていたとでも言う様に落ち着き払ったローズが低く言う。


「今、レイジットとハンネって」

「あ、ああ。言ったよ。君は誰だい? レイジットじゃ無さそうだけど」


 すると女性が心から安心したという様に顔を綻ばせた。


「良かった……『湖の畔』ギルドの捜索隊の方ね? 私がハンネです。商人マスドゥフの元で働いているハンネ・ソール」

「おっと」


 少し驚いてリンがその女性を観察する。


 短めだがライラと同じく美しい金髪、青い瞳を持ち、着慣れていないと思われる深い緑のベストとズボン、黒の長袖シャツは至る所が裂け、擦り傷が見える。よく見ると顔にも無数の傷があった。

 少なくともギルドで仕事を貰う様な連中には見えない。商人の部下というのはまずまず本当らしい、とリンには思えた。


 頭からつま先まで見終わるとローズに向かって少し自慢げに鼻を鳴らす。


「何だよ」

「どうだいローズ。俺がここに落ちてこなきゃあ見つからなかったよ、これは」

「たまたまだろ」

「持って生まれた天運かなぁ」


 そのやり取りをハンネは暫く見ていたが、


「貴方達、体は何とも無いの?」

「ん?」

「だってあんな高い所から落ちて来たんでしょ?」

「あ、ああ。鍛えてるからね。ハッハッハ」

「あたしが激突直前に捕まえてやったからだろ」

「うんまあぶっちゃけるとそうなんだけどね」


 ローズが勢いをつけ即座に飛び込んだ事でリンが地上に激突する寸前で間に合った。リンの襟首を掴み、茂みへと放り投げた後、ローズは崖を蹴り見事に着地していた。


「いくらシャオのスキルが効いててもあの勢いで落ちたらお前、ペシャンコだったぞ」

「本当、助かったよ。有難うローズ」

「全く……で、あんたは何でひとりでこんな所にいるんだ?」


 まだ警戒しているのか、ローズが厳しい目付きをハンネに向けて尋ねる。


「最初から全部話すわ。正確な日時がわからないんだけど、私達がここに着いたのは結構前。依頼は知ってるわよね? 手前の草原にはいなくて結局谷に沿って4日ほどヌールを探したんだけど見つからなくて。もう引き返そうとなったの」 

「期限が1週間だからだね」

「そうよ。でこの上の吊り橋の手前に着いた時に……信じられないでしょうけど見つけたのよ。ヌールが橋を渡った先にある森にいるのを」

「信じるよ」

「え!?」


 驚くハンネを前に、リンはローズと顔を見合わせて優しく笑う。


「あんなものを見たなんてどうして信じられるの? 私だってバカバカしいと思いながら上司命令だから来ただけなのに」

「あたしらも見たからな」

「ええ!?」

「森の手前で草食べてたよ。ヌールって草食なんだね」


 ローズとリンの話を信じられないといった顔付きで聞いていたハンネだったが、やがて観念した様に頷いた。


「そうよね。私も見たんだから。やっぱりあれはヌールなのね。で、それを見つけたレイジットが飛び上がって喜んで吊り橋を渡ってしまったの」

「そりゃそうだろうね」

「ええ。勿論私も追いかけたんだけど橋を渡った時には既にヌールは森の中へ消えていた」

「俺達の時と同じだ」

「一瞬迷ったけどレイジットがどうしても森に入ると言うので……止めるべきだったんだろうけど一応私もヌールを捕まえて来いと言われている以上、追うしかなかった。そしたら森の中から……」


 そこでリンがパチンと指を鳴らし、得意満面の顔で口を挟んだ。


「そこから先は当てて見せよう。いきなりラピゴブが現れたんだろう。驚いた君は足を滑らせ、ここへ落ちた」

「は、ラピゴブ? いえ、全然違うわ」

「……」

「プッ」

「森の中から腕に赤い布を巻いた、ならず者の様な連中が大勢出てきたの。『赤のリーニー』よ」


 真っ赤な顔をして照れていたリンだったがその名を聞いてピクリと動きを止める。


「『赤のリーニー』だって? 何故こんな所に……」

「おいリン。そいつ何もんなんだ?」

「おや。知らないのか、ローズ」


 意外そうな表情でローズを見る。ローズはフルフルと首を振り、


「聞いたことねえ。『白いモルティ』なら知ってるけどな」

「むしろそっちを知らないよ……『赤のリーニー』ってのは殺し、窃盗、誘拐、とにかく良い事以外なら何でもするって非道な奴らだ。世界中に支部があって無論このヴァタリス王国も例外じゃない。全ての兵隊を集めたら一国の軍隊に匹敵するとか何とか……奴らに歯向かうと地の果てまで追い掛けられ、家族や友人を皆殺しにされるって噂だね」

「へー。暇な奴らだな」


 あまり関心が無さそうに頭の後ろで手を組んだローズがポツリと言った。


「そうだね。まあ関わらないのが一番だ」

「だがそうも言ってらんねえんじゃねえの?」


 リンとローズがそのタイミングでハンネを見た。その時の事を思い出したのか、両手で自分を抱きながらその場に崩れ落ちる。


「奴らは私達に襲い掛かってくるとあっという間にレイジットを捕まえたわ。私も髪の毛を掴まれたんだけど気にせず振り返って逃げたらこの谷に落ちてしまった」

「いや、素人の君がよく助かったね」


 リンがもう一度吊り橋の方を見上げて感心した様に言う。ハンネはその横に聳え立つ、背の高い木を指差して、


「運が良かった。あの背の高い木の中に落ちて体中を枝に打ち付けながら途中で止まってたの。すぐに気を失っちゃって……今朝目が覚めた時にはもう死んでるのかと思ったけど」

「成る程。それで擦り傷だらけなんだね」


 ハンネは頷き、今度は川の流れの下り側を指差した。


「取り敢えず川が流れる方に少し進んでみたんだけど道が下ってて。上に上がる道をと思ってここまで引き返してきたんだけど疲れちゃって。またあの連中に見つかるとヤバいと思ってそこの丈の高い草むらに寝転んで休んでたのよ。急に上が騒々しくなったと思って急いで隠れたら」

「俺達が落ちてきた」


 リンは腕を組んでハンネの様子を見ていたが、ローズに視線を移して頷いた。ローズも小さく頷く。


「レイジットが心配なの。1週間程しか一緒に居ないけど2人きりだったし、情も湧くわ。今頃あいつらにどんな酷い目に遭わされているか」

「ハンネさん、安心して下さい。レイジットと貴女は必ず俺達が助ける。そういう依頼だからね」


 ハンネはようやく安心したのか、暫くリンを見つめた後、泣き出してしまった。リンは彼女の横に座り、宥める様に背中をさすった。


「ハンネさん、貴女は運が良い。俺達が来たからには赤だろうが白だろうが思う様にはさせない。『愛と平和』ギルドにお任せを」

「『愛と平和』ギルド……」


 フフッと笑ってリンが立ち上がった。

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