クエスト失敗冒険者を救出せよ(2)

 2日後。ヴルタニア渓谷 ―――



 報酬は安いものの、リンはギルドに帰ると空いていたメンバーでパーティを組み、夜にも関わらずそのまますぐに出発した。無論、人の生死に関わる事だからだ。


 メンバーは攻撃役アタッカーとしてローズとレオ。レオはギットと変わらない巨躯を持ち、ギットを上回る大きさの幅広な剣を振り回す歴戦の戦士だ。射手シューターのリュード、盾役タンクのギット、支援役サポーターとしてリンとシャオの6人で構成された。


 これ程の人数と戦力が必要な依頼ではなかったのだが、皆、暇を持て余していたようでストレス解消を兼ねての参加となった。


「可愛い、娘さんですね?」


 今回のターゲットとなるレイジットの模写を見てシャオが問い詰める様な顔付きで言う。


「ん? そうかい? 気付かなかったなあ。そう言われたら確かに、そう、かな?」

「……」


 決して目を合わせようとしないリンの横顔をシャオは暫く睨む。


「ま、動機が何であれ、私は構いませんけどね」


 冷やかな目付きのシャオを他所にリンが突然叫び出す。


「あああ! ほらもう渓谷だよ! 見て、ねえ? ほら見て!」

「うるっせえなあ。んなバカでかい声出さなくても皆わかってるっつーの」


 真横にいたローズが耳に指を突っ込んで迷惑そうな顔をする。


 ここに来るまで結局レイジットとハンネの2人は見つからなかった。周囲も含めて追跡者チェイサーのリュードが丹念に調べたが痕跡はなかった。

 だとすればヌールを探し求めて渓谷の方へと来た可能性が高い。


 このヴルタニア渓谷では『ダリヤ』という希少な金属が採れ、谷の所々に横穴が掘られ、採掘されている。


 柔らかい金属で加工し易い為、武器などには向かないがアクセサリーやアイテムの主な材料としてよく使われる。


 渓谷を渡る吊り橋の手前まで進む。そこから橋の下を覗くとほぼ垂直の崖、つまりは谷になっており、数十メートル下には小さく緩やかに流れる底の浅そうな川も見えた。


 リンは腕を組み、


「さて渓谷まで着いちゃったねえ」

「見渡す限りはいねーな」


 ギットが谷底を除いて少し震える。


「あー、こりゃゾッとしねえな」

「ははは。ギットは高所恐怖症だもん……ね……!!」


 リュードが笑ってそう言いながらふと前方を見て、固まった。


「どうしました? リュード」

「ああ……あれ……シャオ、あれ!」


 橋を渡った先は森であり、木々が生い茂るがリュードが指差したのはその手前のようだった。


「あ!」


 その指先の方向を見たシャオが続けて硬直する。


「どしたどした?」

「ん?」


 彼らの異変に気付いたリン達が同じ方向を見る。その彼らの目に映ったのは、


「あああ、あれ、あれはぁぁぁ! ひょっとして! ヌヌヌ、ヌールじゃないの?」


 驚くリンが吃りながら叫ぶ。


 子供の頭程の大きさで小さな耳が生えた白く丸い生き物、いや分類上は魔物だ。

 フサフサの体毛で足が有るのか無いのか彼らからは見えなかったが、ぴょこぴょこと跳ねながら丈の低い草を食んでいる様に見える。


「マジか。マジなのか」

「ほんとかよ」

「あれが、ヌール」


 普段は物静かで滅多に口を開かないレオまでが驚く程だった。

 それもそのはず、ヌールを信じている大人など殆どいないのだ。いるとすればオカルト好きの変人か、少年の様な心を持ったまま大人になったか、のいずれかであろう。


「待て待て。と、取り敢えずみんな落ち着こう」


 この中では最も慌てている様に見えたリンが言う。


「俺達の目的は『ヌールの捕獲』じゃない。その依頼を受けた『レイジットの救出』だ。ま、間違えないでね」

「分かってるよ、んな事。でもあれに付いて行きゃ、その内見つかるんじゃねえの?」

「ローズ、君は天才だ。そうしよう」


 そうして彼らはヌールを尾行する事にした。


「あーー。ここ渡らねえとダメか」


 落ち着きを取り戻したギットが再び高所恐怖症の症状を出し始める。ローズにはそれがこの上なく愉しい様で、


「プッ。無理すんな無理すんな。あたしらが行ってきてやるよ。お爺ちゃんはここでお留守番しとけよ」


 と嫌味たっぷりに言い放った。普段ならギットが激昂する言い様であったが、


「く、くく、バ、バカ言え。俺に、こええ、もんなんて、無え!」

「無理すんな。膝が爆笑してるぜ」

「うう。畜生、動け、俺の足!」


 ここではギットに勝ち目は無かった。



 ―

 かなりの時間をかけ、彼らがようやく吊り橋を渡り切った頃にはヌールらしきものは既に森の中へと消えていた。


「よし。じゃあ追いかけるぞ。他に手掛かりが無いんだから見失っちゃあヤバい」

「誰かさんがおっせえからなあ~~」

「てめえがわざと橋を揺らすからだろうが!」

「やめたまえ君達。行くぞ」

「待って」


 体勢を整え、さあ出発、という所でリュードが全員を制止した。


「森から魔物が来ている。結構な数だ」

「逃げられない?」

「無理、かな。この吊り橋を全速力で走れるなら逃げ切れるかもだけど」


 リュードが即答する。グヌヌとギットが低く唸る。


「分かった。この辺りの奴らなら大した事はないだろう。シャオ」


 リンもすぐに応じ、シャオへと目で指示を出す。それを合図にシャオがロッドを振り上げた。


「『鉄壁』!」

「すぐ後ろは谷だ。迂闊に後退して足を滑らせないように気を付けろ!」


 ノーマルスキルの『鉄壁』は範囲内の味方の装甲を30秒間、硬くする。

 シャオの『鉄壁』は使い込まれており、その練度は最大で、ノーマルといえどその効果はかなり高い。


 リンの号令、そして『鉄壁』の効果で全員の体が鈍く光ると同時に茂みから十数匹の魔物が飛び出した!


 背中に羽が生えており、体長はローズと同じか少し小さいくらいか。一見ゴブリンの様に見えるが、


「ラピゴブだ。『八鎖』!」


 リンの固有スキル、『八鎖』が発動する。刹那、ラピゴブと呼ばれた魔物達は次々と浮力を失い地べたに這いつくばった。


『八鎖』は長さ5メートルほどの鎖8本を、リンが好きな形に組み合わせて発動出来る。


 範囲内の敵は地面に縛られて飛行やジャンプが出来なくなる。移動速度は減少し、その上すべての身体能力を半減させる。


 現在のリンの練度では最大でも半径7メートル程の範囲にしかならない上、僅か5秒間しかもたないが超高性能なデバフスキルである事に変わりは無かった。


「ラピッドゴブリンもリンにかかればただのアリだね」


 一瞬の内に弓を構えていたリュードの指から3本の矢が放たれると同時に、地面でもがく3体のゴブリンの眉間に見事に突き刺さる。


「『撃破』ぁぁ!」

「『殲滅』!」


 既に『八鎖』によって捉えられている為、ギットもレオもノーマルスキルの範囲攻撃を放つに留めた。

 ローズはスキルも使わず、一瞬で2体の魔物を拳だけで貫いていた。


 あっという間にラピッドゴブリンの群れは斬り伏せられ、数秒後、魔霊ガスとなって消えていく。


「よし、行こうか」


 ふうとひとつ息を吐いたそのリンの目の前の茂みから、突然最後のラピッドゴブリンが飛び出し、リンの顔を覆う様に張り付いた!


「うわわっ!」

「リン!」


 ローズの素早い左拳の一振りでラピッドゴブリンは一瞬で息絶える。だが完全に虚を突かれたリンは足を絡ませて体勢を崩し、


「う、え? あ、ああああぁぁぁ……!」


 谷へと吸い込まれる様に落ちてしまった。


「チッ。人に気を付けろと言っといて……ったく!」


 数瞬後、ローズは躊躇せずに谷に飛び降りた。

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