クエスト失敗冒険者を救出せよ(1)

「全く貴方のギルドはいつも賑やかでいいわね」


 そこは2階にあるリンの私室だった。

 彼はベッドに座り、突然現れた金髪の女性、ライラによる介抱を受けていた。その後ろにはバツ悪そうに大人しく佇むローズとギット、心配そうに覗き込むリュードがいた。


「は、は、は。いやいやお恥ずかしい」

「はい、もう外傷は治癒したはずだけど」

「お? 本当だ。ありがとう! ライラさん」


 快活な笑顔を見せるリンに、少し後傾気味に腕を組んで座り直し、ライラは鼻で溜め息をついた。


「意識はどう? ハッキリしてる?」

「ああ。ギットの『頑健』スキル、俺も必要だと思ったよ」


 するとローズが苦々しい顔付きで口を挟む。


「あんなデクの棒スキル、リンにはいらねえよ」

「なんだとチビ助」


 ライラの背後でまた喧嘩を始めようとする2人に「いい加減にしなさい!」とピシャリと言い放つ。2人は睨み合いながらも渋々黙る。


「さて……ちょっとお願いがあるんだけどいいかしら?」

「『湖の畔』ギルド長がわざわざ俺に?」

「そ。うちで手配すべきなんだけど、今手が空いてなくて」

「フフン。ほうほう。なるほど。よくぞ『愛と平和』ギルドに話を持って来てくれたね」


 少し顔を上向きにし、リンが自慢げに言い放った。


「よろしいライラさん。これから酒に付き合ってくれたら聞いて差し上げよう」


 直後、バチンッという弾ける音とグアッという短い呻きと共にリンはベッドの反対側へ消え去った。数秒前までリンの顔があった空間にはライラの肩越しにローズの右腕が伸びていた。


「死ね!」


 ローズは一言、そう言い捨てて足を踏み鳴らしながら部屋から出て行った。


「ま、しゃあないな」

「仕方無いね」


 リュードとギットもそう言い残して静かに出て行った。


 取り残されたライラがまたひとつ大きく「はあ~~」と溜め息をついた。



 ―

『湖の畔』ギルドの酒場 ―――


「見えにくそうね」

「アチチチ……左目が開かないよ」

「右目があるから大丈夫ね。その目は治さないでおくわ」

「……うん、それで大丈夫」


『湖の畔』ギルドはこのニツィエ領の中ではかなり歴史が古い。ライラによれば彼女で6代目、凡そ180年前に作られたギルドという事だ。当然建物は何度も増築、改築が施され、酒場の広さも『愛と平和』ギルドの比ではない。ここは軽く100人以上が飲み食い出来る程の広さがあった。


『愛と平和』ギルドは流れのパーティに仕事を斡旋する事をしておらず、依頼は自分達で全て引き受ける珍しいスタイルだが、『湖の畔』ギルドは一般的な斡旋業の形をとっており、多い時にはそれ位の人数が集まる時がある為だ。


 この日は殆ど人はおらずガラガラだったが、2人はカウンターに座ってチビリチビリと酒を飲んでいた。


「で、どうしたの?」


 痛々しく腫れ上がった左目を氷で冷やしながらリンが言う。


「Fランクの子が1人、帰って来なくてね。探して連れて帰ってきて欲しいの」

「ああ、クエスト失敗かい?」

「分からないわ。けど場所はヴルタニア渓谷の少し手前よ。距離的にはここから2日だし」


 難易度によってクエストを分けているのと同じく、それまでの活動履歴によってパーティの戦力も同様にランク付けされている。これは世界中、概ねどのギルドに行っても共通の事だ。


『湖の畔』ギルドでは、有効期限のある中難易度以下のクエストは、期限が過ぎてもパーティが帰ってこない場合は万が一の事を考え、救出隊を組み、捜索を出すことにしている。


 もっともクエストの途中で逃げてしまう連中もいるため、捜索金を予め徴収しており、逃げた事が分かった場合は少なくともニツィエ領にブラックリストが回る事になっていた。


「大元は一体何の依頼なの?」

「ヌールの捕獲」

「はぁ? ヌール?」


 言ったと同時に目を顰めてしまい、左瞼を押さえてアチチチと呻く。


「そ、知ってるわよね? 幻の未確認モンスター」

「ヌールって……依頼者は子供かい?」

「いいえ。れっきとしたそれなりに社会的地位のある人よ」

「あんなの信じてる社会的地位の高い人がいるのかい?」

「フフッ。いるんだなーこれが」


 ヌールとは体中がフワフワの白い体毛で覆われた、子供の頭程の大きさと形の魔物、とされていた。魔物に分類されてはいるが基本的に人に害を与えない。

 子供向けの絵本などによく描かれる魔物だったが実在するものを見た者は殆どおらず、昔の人が考えた空想上の魔物というのが一般的な見方だった。


「願い事をすると聞いてくれ、富豪になったり王になった人もいたとかいないとかって奴だよね。あんなの御伽噺でしょう。なんでまたそんな依頼をわざわざギルドに」

「南のヴルタニア渓谷に着く少し手前の場所で複数人の目撃情報があったそうよ。それを聞いた依頼主が依頼して来たわ。いなくても報酬2割保証だけど、その代わり受けるなら監視役を1人付けるという条件付きで」

「成る程。ヌールはいなかったと嘘の報告をして2割報酬とヌールを独り占めさせない為だね」

「ええ。渓谷は地形的には少々危ないけれど、その手前には大した魔物はいないし、活動も鈍い。なのでクエストランクは最低のFね」


 どうやらリスクは小さそうだ、リンはそう考えると、


「いいよ。見たところ皆出払っているようだし、こんなのは助け合いだからね」

「有難う、助かるわ。これがその子、レイジット・ボルドー」


 ライラはリンの目の前に一枚の紙をスッと差し出した。そこには1人の女性の正面からのバストアップと全身が実物の如き美しさで模写されている。


『湖の畔』ギルドでは流れのパーティ達の初期登録時に、ライラの部下が持つ希少スキル『レイモンドの模写』によって必ずこの模写を作成し、個人情報と紐付けて管理をしている。


「えらく可愛い子だね……フ……フフッ」


 絵の横には年齢17歳、役割未、フィラヴィヤ共和国バルチア州出身、とあった。役割未というのは依頼を遂行するにあたってどの様な役割か、大まかに言うと攻撃役アタッカーなのか支援役サポーターなのか、等だ ――― が無いという事を示していた。

 どうやらそういったものを決める前にクエストを受けたらしい。

 濃い目の茶色の髪を二つ括りのおさげにしている。少しそばかすがあり、まだ少女らしさも若干残っている。


「捜索はお願いするけど手は出さないでね? その子、レイジットとお目付役のハンネの2人の捜索、確かに頼んだわよ」

「報酬は……いくらだっけ?」

「Fランク救出は8万ベイ。安くてごめんね」

「気にしなくていいよ。さっきも言ったけどこの業界、助け合いだからね」


 立ち上がり、酒代を置くとリンはニコリと笑う。


「あ、いいわよ、そんなの!」

「じゃあまた後日」


 手のひらをリンに向け、指を動かして別れの挨拶の代わりにした。

 リンが出て行った扉をしばらく眺め、ライラは残った酒を口にしながら呟く。


「性格は全然違うけど、義理に厚い所はロンそっくりね」


 独り言であったのだが、そばに居たバーテンの女性が黙っていられないといった感じで口を出す。


「リンの容姿と性格はユウリさん似なんですよ。イケメンだわ!」


 するとライラが意地悪そうな目付きで彼女を見据える。


「確かにね……でもロンにもユウリにも似てない所があるわ。わかる?」

「分かります。あれが無かったら女の子が放っておかないんですけどねぇ」


 グラスを拭きながら残念そうに言う彼女にアッハッハと大きく笑い、ライラはグラスを空にして背伸びをした。


「ロンもユウリもほんとに一途なのよね。全く誰に似たんだか。あの優しい性格でどうしてあんなに女好きなんだろうね」


 そう言うライラの目はとても愛しいものを見る目付きだった。

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