『愛と平和』ギルド

「……そしたらよ、びっくりよ。ふたりで抱き合ってチューしてやがんだ」

「えええぇぇぇぇ!?」

「お似合いだとは思ってはいたが……」


 翌日、酒場で男達が盛り上がっていた。



『愛と平和』ギルド。


 ヴァタリス王国ニツィエ領やや南西部の片田舎の山合いにひっそりとある3階建ての建造物。

 ここはその1階にある酒場。それほど広くはなく、大人が20人も入れば一杯になる程度だ。


 その中央のテーブルで、少し吊り目の美しい少女が目を怒らせ、顔を真っ赤にして喚いていた。


「し、してねえし!」


 周囲の男達に話を提供していた筋骨隆々の大男は少女のその主張に聞く耳を持たず、更に追い討ちをかける様に、


「全く……お前、まだ子供だろ? チューは早いんじゃねえか? それともリンからクエストクリアのご褒美か? ガッハッハッハ」


 彼女を見下ろしながら揶揄い気味に言う。


 その少女は昨日、全く思いもかけず、リンとキスしてしまったローズだった。彼女は耳の先まで赤くし、


「は、早くねぇ! あたしだってもう15だ! ……いや、正確にはまだだけど、でももうすぐだ! それに元々、自分の本当の誕生日なんか知らねえんだ。ほんとはもう18歳位かも……」

「ガッハッハッハ! ねえよ、ねえねえ。ガッハッハ!」


 腹を抱えて心底楽しそうに大男が笑う。


「てんめえ……ギット。覚悟は出来てんだろうなあ?」


 指をボキボキと鳴らし、口元を大きく吊り上げ、目をひん剥いて凄む。だが一方のギットも負けてはいない。


「お、なんだチビ助。向かってくんのか? 相手してやろうか? 俺ぁリンみたいに優しくねぇぞ?」


 のそりと立ち上がると酒場の天井に届かんばかりの巨軀。それに加えて盛り上がった体中の筋肉、分厚い胸板。誰がどう見てもまず、まともな勝負ならローズに勝ち目は無い。


「誰がチビ助だボケェェェッッ!」


 ギットと呼ばれた男とローズとの間に見えない火花が散る。そこへ話の中心人物の片割れが遅れてやって来た。


「これこれ君達、何を騒いでるのかね」


 リンが入り口の扉を開け、入って来ると同時に眉を寄せた。

 丁度、その扉付近に座っていた、濃い青色に染めた皮のベストとズボンに身を包んだ、端正な顔付きの青年が声を掛ける。


「リン! お帰り。依頼は終わった?」

「うん。暗殺者アサシンの身柄を引き渡して報酬を貰って来たよ」


 青年に金貨袋を見せながら、再び酒場の中央の喧騒へと目をやる。ギットがそれに気付き、ニヤッと笑みを浮かべた。


「よおリン、良い所に来た。てめえの可愛い嫁が俺に突っかかってくるんだ。何とかしろ。ガハハハ」

「嫁?」

「誰が嫁だ! もう許さん、マジ殺す」

「おう、やれるもんならやってみな」


 戦う構えを見せるローズに向かってギットは来い来いと言わんばかりに両腕で挑発する。

 リンはもう一度先程の青年に向き直り、


「リュード、今日は何が原因だい?」


 聞かれたリュードは困った様な笑みを浮かべ、経緯を説明する。

 はあ、なるほど、と溜め息混じりに言うとリンは早足でローズとギットの間に割って入った。


「まあ待て待て君達。落ち着いて。ギット、誤解だ」


 両手を広げて2人を制する。


「あ? 誤解じゃあねえし見間違いでもねえ。俺はこの目でハッキリと見ちまったからな」

「老い過ぎて目が腐っちまったんじゃねえの?」


 口を挟むローズにギットが目と歯を剥いて威嚇した。とは言え、ローズが子供ではないのと同じく、ギットも老年ではない。ただの悪口の言い合いなのだ。


「この件についてはハッキリと説明しよう。違うんだ。実は……」


 争いを抑えながら事の顛末を説明する。最初は黙って聞いていたギットだったが、話が進むにつれ、またニヤニヤと笑いを浮かべ始めた。


「……って訳で。つまり不可抗力なんだ。とはいえローズには悪い事をしてしまった。ごめんなさい」


 言い終わると同時にリンがペコリとローズに向かって頭を下げた。

 ローズはあの時と同じくまた顔を赤くし、腕を組んでプイッと横を向いてしまった。2人が落ち着いたのを見てリンは近くのテーブルに座る。すると彼の後ろからリュードが酒を持って横に座ってきた。


「はい、リン」

「お、ありがと」


 コツンとジョッキの口を合わせ、グイッと一飲みする。喉越しの良いパルテイラ酒だ。


「大変だねギルド長も」


 微笑を浮かべてリュードが呟く。


「ギルド長か……まだ、実感ないねぇ」


 呟き返したリンはこのギルドの創設者でもある自身の両親について想いに耽る。



 ◆◇◆◇


 彼の両親、父親ロンと母親ユウリ。


 ロンは王国内で5本の指に入ると言われる程の優れた剣士だった。リンに武術を教えたのも勿論彼だ。

 ユウリは補助系のスキルを豊富に持つ有能なサポーターだった。だがそれが霞むほどの、誰もが羨む美しさと可愛らしさを併せ持っていた。その美貌は結婚当時トルミ領の近衛隊長だったロンが心配で仕事が手に付かず、結局退役してニツィエ領へ引っ越し、自営業の『愛と平和』ギルドを立ち上げてしまうほどだった。


 ギルドと名付けたが、ロンは流れのパーティに仕事を斡旋しなかった。『愛と平和』ギルドは正ギルド員とも言うべき、彼と彼の信頼出来る仲間だけで構成され、自らの手でいくつもの困難な依頼を解決した。


 そして『愛と平和』というギルド名。勿論この名前にもユウリへの思いの丈が込められている。


 更にはギルドの愛と平和を乱す奴はロン自ら地の果てまで追い掛けるというメッセージ。


 つまりこのギルドは、ユウリを外敵から守る為の過保護ともいえる仕組みだった。

 そんな事をされると息が詰まりそうなものだが、夫からのある意味痛々しい愛をユウリは苦笑しながらも全て受け止め、彼らは仲良くやっていた。



 そんな2人は2年前、ある山村へ出掛けたきり戻って来ない。ひと月ほどで戻ると言い残してだ。

 ロンの手記には同じ頃にホッジという妙に印象に残る爺さんに出会い、ギルドに招いたという記述を最後に途絶えている。行き先についてヒントらしきものも皆無だった。


 リンは仕方無く1年待ち、昨年ギルドの立ち上げメンバーである数人からの推薦と全員の合意を得て当時17歳だった彼が正式に2代目ギルド長となった。



 ◆◇◆◇


「父さんと母さん、どこ行っちまったんだろうなあ」


 ポツリと口から思いが溢れてしまう。リュードはリンの肩をポンポンと叩き、


「あのおふたりは絶対に無事だよ。勝てる相手などいない。何か理由があって帰れないだけだよ」

「ん……そうだよね、すまない。気を遣わせちゃって」


 リュードはニコリと笑みを作り、この酒場で屯する荒くれ者達を紹介する様に片手を広げて見せた。


「リン、安心しろ。皆、お前の味方だ。皆で探せばその内必ず見つかるさ」

「ああ。ありがとう。リュード」


 笑い返すと同時に先程鎮火したはずの火が再び燃え盛ろうとしている事に気付く。


「ほれみろ、結局やったんじゃねえか。チューを、なあ? チューを!」

「うるっっせぇぇぇ! チューっていうな! 本当、殺す!」

「うーん、ふふ。お嬢ちゃんじゃあちょぉっと無理かなあ?」

「ムッキィィィィ! もう許さねえ。死んでから100回後悔しろハゲ親父!」

「誰がハゲだ。まだフサフサだわ!」


 リンがギョッとした。立ち上がったローズの腕が黄土色に光り出したのだ。


「『竜拳』……覚悟しろ?」

「ハッ。『雷神』様じゃなくて俺に効くかなあ?」

「てめえにゃノーマルスキルで十分だろ。ドタマに穴空けて泣きやがれ!」


 飛び出すローズと今度は座ったまま不敵に構えるギットの間にリンが叫びながら割り込んだ。


「何やってんだやめぇぇ……ウゲェェェェ!」


 輝くローズの左腕が見事にリンの顔面を打ち抜いた。


「あっ」

「今のは……やべえんじゃねえの?」


 リンの体は綺麗な放物線を描き、酒場の扉の前でバウンドした。と同時にその扉が開く。


 入って来たのは女性だった。


 眼鏡越しの目付きは鋭く、解けばかなり長いと思われる美しい金髪を後ろでひとつに束ねている。歳は30代と思われ、胸元の空いた服装と赤い紅が塗られた形の良い唇が色気を感じさせる。


 彼女は足元で仰向けに横たわるリンに気付き、


「あら、リン。どうしてそんな所で寝ているの?」


 表情も変えずに屈んでそう言った。


「いやぁ……これは、ライラさん。『愛と平和』ギルドへよう……こそ」


 そこまで言うと彼は白目を剥いて気を失った。

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