愛と平和ギルドへようこそ

南祥太郎

2代目ギルドマスターリンと暴力少女ローズ

 夜半過ぎ。とある寝室。


 王のベッドのような豪華なものではない。それでもそこそこ裕福な人間の寝室である事はそのベッドと部屋自体の大きさから容易に想像出来た。


 暗闇の中、そのベッドに向かって微かに動く人影がある。

 持ち主ではない。

 ベッドの中で寝息をたて、胸部が上下している、恐らくこれがこのベッドの主人であろう。


 その人物に一切配慮する事なく、人影はベッドに手が届く距離まで足音もさせずにスッと近付いた。


「……」


 一瞬、その影がベッドを覗き込んだ様に見えた。そのまま胸の辺りからキラリと光る物を取り出すと瞬時に逆手に握り直す。短剣だった。


 次の刹那!


 ズッ。


 短剣はベッドを覆っていた布を突き破り、呆気なく人体の首の辺りに突き刺さった。

 と同時にウッという微かな女性の声が小さく響く。


「……」


 最後まで声を発する事もなく、人影はすぐさま短剣を引き抜こうとする。


 だが。


「……!?」


 短剣は微動だにしない。それ程の深さで突き刺さったのか? いや、よく見るとほんの刃先数センチ、しかも動脈を斬ったのなら夥しく出る筈の血が全くベッドに滲んでいない。


「あっぶねぇなあ、てめぇ」


 突然品の悪い言葉とそれにそぐわない可愛らしい女性の声がした。

 それと共にムクリとベッドから上半身を起こし、人差し指と親指の2本で短剣をつまんでいるのはまだ子供と言ってもおかしくはない、幼い顔立ちをした少女だった。


 その言葉遣いには似つかわしく無い、キュッと吊り上がった二重の目と整った顔立ち。あと数年もすれば間違いなく美しい女性となるだろうと思えた。


 無論、人影にそんな事を考える余裕は無く、一瞬でその少女がこのベッドの所有者では無い事、更には自分のが危機的状況である事を悟る。


 短剣を離し、扉がある方へと大きく後ろ向きに飛び退き、だがそこでドンッと何かに打つかる。壁では無い。暖かい人間の体温と肉の弾力を感じた。


「逃げ場はないよ」


 男の声に驚き、振り向く。


 背は自分と同じ位だがこちらもまだ若い。20才に満たない青年だろうか。体付きは良く、その隙の無さから何らかの武術を心得ているとわかる。


「君は失敗したんだ」

「……!」


 人影は一瞬の躊躇の後、2、3歩ベッドの方へ蹌踉めく。だがそれは蹌踉めいたのではなくその後の動作の準備だった。人影はベッドを飛び越え、あっという間に反対の窓際へとジャンプした。


「ふおっ! 凄い跳躍力だね!」

「感心してる場合かリン! さっさと捕まえろ! 逃げられたら代わりにてめえを殺す!」

「いやいやローズ、物騒な事言うもんじゃないよ」


 2人を交互に見やりながら黒い人影が初めて声を出す。


「チッ……何者だ? お前達」


 少女にリンと呼ばれた男は少し笑みを浮かべ、落ち着いてこう言った。


「よくぞ聞いてくれたね。俺は『愛と平和』ギルド、2代目ギルド長ギルドマスターのリン・ウィー。こちらの拳士は……」


 右足をそろりと後ろに引いたのをリンは見逃さない。


「『八鎖はっさ』!」


 人影は直感的に何かの攻撃スキルと予想し飛び退こうとして、しかし足が床から離れない事に気付く。それがリンの固有スキル『八鎖』の効果の1つなのだが必死に足掻く男には分からない。


 先程まで気配を殺していたその人影は月の光で浮かび上がるシルエットによって完全に男の暗殺者アサシンである事が明らかになる。


 足を持ち上げる事は出来ないが、摺り足で移動出来る事がわかり、男は窓際へと後退る。


 だがそこまでだった。いつの間にか目の前にいたのはリンと呼ばれた男ではなく、今の今までベッドで座っていた少女だった。


暗殺者アサシン如きに使うスキルじゃねぇが、味わっていけよ。『雷神』!」


 その言葉は果たして最後まで男に聞こえたのか。


 ローズは低い体勢から希少スキル『雷神』の効果で黄金色に光る拳を暗殺者アサシンの腹にアッパー気味にめり込ませた。男はオゲェッと呻き、先程まで床から離れなかった体は呆気なく、くの字になって宙に浮き、一瞬で天井に激突。


 数瞬の後、暗殺者アサシンはドサリという音と共に無様にも顔から床へと落ちた。


「よしよし。これで依頼は完了だ。お疲れ様、ローズ」


 リンと呼ばれた青年が笑顔でローズに近付く。


「ったく……逃げられそうだったじゃねえかよ。余裕かましやがって」


 頬を膨らませてリンを睨む少女も本気で怒っている様ではなかった。


「これは手厳しい。でもローズがいればきっと大丈夫だよ」

「ふ、ふん。そんな事……」

「んあ!?」


 既に失神していると思っていた暗殺者アサシンの手が、降ろしかけたリンの足首を突然掴んだ。

 ローズも思わず「え?」となった。床を踏めなかったリンは体勢を崩し、そのままローズへと倒れ込んだ。



「!!!!!!」

「…………!」


 目を見開いて見つめ合う。



 硬直して指先までピ――ンと伸び切ったローズの唇に、彼女に抱き着いたリンの唇が見事に重なった。


 数秒後、扉が開いてがなり声が耳に入り、2人とも我に帰る。


「リン! ローズ! 仕事は済んだ、の……か?」


 尻窄むその声に合わせる様にゆっくりと体を離す2人。リンは足首を掴んだ暗殺者アサシンを見て再び失神している事を確かめた。

 ゆっくりと、そしてひと目で分かる作り笑いを浮かべ、ローズに向き直る。


「いやぁ……はは、は……ち、違うんだよローズ、あのね?」


 暗闇でも分かるほど顔を赤くしたローズが体を震わせた。先程、リンの背後で勢いよく開かれたドアが再びソッと閉まる音がした。


「て、んめぇ……」

「あ、ちょっと、落ち着こう、一旦落ち着こう、ローズ、ね?」


 綺麗に拳を腰の位置に引くと同時に、目を剥いて叫ぶ。


「何しやがんだボケェェェェェッッ!」

「ウゲェェェェッッ!」


 彼は閉まったばかりのドアを突き破り、廊下の壁に激突し、そのまま床へと落ちてすぐに意識が無くなった。

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