第2話 領主の娘


 ギンがジャン家族に加わって半年が経ちました。


 ギンはアルフよりも大きくなり、犬ではないとジャン家族も気付きましたが、ジャンは変わらず愛情を注いでいます。


 牧羊犬としての仕事もキュートが教えるのを手伝ってくれたおかげで、様になってきました。


 羊飼いの仕事の休憩中にジャンは木の棒を投げてギンとキュートと遊んでいます。


 体の大きいギンの方が木の棒を拾うのは早いのですが、キュートがギンがくわえた木の棒を奪うので、ジャンの所に木の棒を毎回持ってくるのはキュートです。これにはジャンも苦笑い。


 ギンは体は大きくなったのにキュートに対して気弱な所があり、自分よりも小さなキュートに頭が上がりません。


 木の棒を奪われたギンはしょんぼりとしながらジャンの元へと帰ってきます。


 そんなギンをジャンは優しく撫でます。


 気持ち良かったのか、ギンはお腹を見せて撫でるのを催促します。


 ジャンはそんなギンのお腹を両手で撫でてあげます。


 その様子を見ていたキュートが嫉妬して割り込んできます。


 「ずるいにゃ! オイラも撫でて欲しいにゃ!」


 「もう、分かったよ。キュートは甘えん坊さんだなぁ」


 左手でキュートを撫で、右手でギンを撫でてていると、視線を感じたので後ろを振り向きます。


 放牧地は、羊が村の方に行かないように木の柵を設置しているのですが、その木の柵がある場所からこちらを見つめている少女を見つけました。


 見知らぬ金髪を腰まで伸ばした少女はジャンがギンやキュートを撫でるのを羨ましそうに蒼い瞳で見ています。


 「良かったら撫でてみる?」


 ジャンが喋りかけると笑顔で頷く少女。


 ジャンは少女を放牧地内に招き入れます。


 少女は早速ギンを撫でようとしますが、少女の手を避けてしまいます。


 「ギン、大丈夫だから撫でさせてあげて」


 ジャンが言ってる事を理解したのかギンは少女の前で座ります。


「ギンは人見知りだから優しく撫でてあげて」


 「うん、そうするわ」


 今度はゆっくりとギンの背中に触れます。

 ギンは逃げずに黙って少女に撫でられます。


 「うわぁ、このギンって子は思ったよりも柔らかい毛並みね。白銀色で綺麗だし」


 少女は嬉しそうにギンをひとしきり撫でると、今度はキュートに視線を向けます。


 「な、何だにゃ!? オイラはギンと違って気安くないのにゃ!!」


 キュートはジャンの肩に乗りながら警戒しています。


 ですが、少女は大喜び。


 「うわぁ〜、やっぱり喋れるのね。絵本に出てくるケットシーみたい。猫さんはもしかしてケットシーなの?」


 嬉しそうに顔を近付けてくる少女に驚いてジャンの陰に隠れてしまうキュート。


 代わりにジャンが少女の疑問に答えます。


 「うん、そうだよ。キュートはケットシーなんだ」


 ジャンの言葉にその場で嬉しそうにジャンプする少女。


 「本当にケットシーなのね!? 私、ケットシーが出てくる絵本が大好きなの!」


 興奮した様子でジャンに語りかけます。


 「そうなんだ。キュート、撫でさせてあげたら?」


 「絶対に嫌にゃ!!」


 ジャンに隠れながらの拒否の声に少女を残念そうに肩を落とします。


 「そう、残念だわ。でも珍しいフェンリルの子供に触れたから良しとするわ」


 「え? フェンリル?」


 犬ではないと思っていたジャンでしたが、まさかギンが幻のモンスターフェンリルだとは思いもしていませんでした。


「もしかしてギンがフェンリルだと気付いていなかったの?」


 「うん、犬ではないとは思っていたけど、まさかフェンリルだとは」

 

 「でもギンはたぶんフェンリルよ。白銀の毛並みをしている狼なんてフェンリル以外に聴いた事ないもの」


 「···そうなんだ。ギン、お前って凄かったんだね」


 驚きながらギンを撫でるジャンを見て少女は笑います。


 「ふふっ、あなたって面白い。フェンリルって分かったら普通はもっと驚くわよ」


 「これでも驚いているよ。でもギンが家族である事には変わりないからなぁ」


 「ふふっ、やっぱりあなたって面白い。私は、ナーシャ。あなたの名前は?」


 「僕? 僕はジャン」


 「ジャンって言うのね。私この村に避暑に来ているの。しばらく滞在するからよろしくね」


 「そうなんだ、よろしく」


 ジャンは笑顔でナーシャと握手をします。


 それからナーシャは毎日ジャンに会いに来ます。

 木の棒を投げてギンと遊んだり(キュートはジャン以外が投げた木の棒を拾いません)、羊を追いかけて遊んだり、川に行って魚をとったりと、同じ年齢という事もあり、色々な遊びを通じてジャンとナーシャは仲良くなりました。


 だけど、そんな日々は長く続きませんでした。


 いつもと違い暗い表情でジャンの所へやって来たナーシャ。


 理由を聴くと、父親の用事で、明日には家に戻らないと行けなくなったみたいなのです。


 「まだ一緒に居れると思ったのに···」


 「そっか、それは寂しいね」


 二人して表情を暗くしてしまいます。


 ですがジャンはすぐに気持ちを切り替えてナーシャに語りかけます。


 「僕、手紙を書くよ。字なら父さんに教えてもらっているから書けるんだ」


 「そうなの? なら私も書くわ」


 さっきまでの暗い気持ちは何処かへ飛んでいったみたいです。


 二人はその後、いつもの様に遊びます。



 そして別れの日。


 ジャンは、村長の家に滞在していたナーシャを見送る為にキュートとギンを連れて村へとやって来ました。


 すると村長の家の前に立派な馬車が停まっています。


 今まさにナーシャが馬車に乗り込もうとしている所でした。


 「ナーシャ!! 見送りに来たよ」


 いつもの調子でナーシャに話しかけると、村長が顔を青ざめさせます。


「ジ、ジャン!! ナーシャお嬢様になんて口をきくんだ!!」


 村長がジャンを叱りますが、ナーシャの隣に居た気品のある服を着ている男性がそれを止めます。


 「村長、その子はナーシャの友達だからいいんだ。君がジャンだね。ナーシャから聞いているよ。本当にケットシーとフェンリルを飼いならしているんだね」


 「もしかしてナーシャのお父さんですか?」


 「ああ、そうだよ。ナーシャと仲良くしてくれてありがとう」


 ナーシャのお父さんは優しくジャンの頭を撫でます。


 「はい、ナーシャは僕の大事な友達なので」


 ジャンの言葉にナーシャのお父さんは満面の笑みを浮かべナーシャを見つめます。


 「良い友達が出来て良かったな、ナーシャ」


 「···うん」


 ジャンがナーシャに視線を向けると、ナーシャは今にも泣きそうです。


 「ナーシャ、泣かないで。約束通り手紙を書くし、またきっと会えるから」


 ナーシャは涙目になりながらジャンを見つめます。


 「···私も約束通り手紙を書くわ。それに来年の夏もまたここに来るから。私の事を覚えていてね」


 「ナーシャの事を忘れる訳がないよ。来年を楽しみに待っているよ」


 ナーシャとジャンは互いに抱き合い、別れの挨拶を済ませます。


 「キュートとギンも元気でね」


 ナーシャがキュートとギンに話しかけると、キュートとギンはナーシャに頭を向けます。


 「···今日は特別に撫でさせてあげるにゃ」


 キュートの言葉を聞いて嬉しそうにナーシャは二匹を撫でます。


 少しの間撫でた後、ナーシャのお父さんとナーシャは馬車に乗って村を出発しました。


 だんだんと遠くなる馬車をジャンが見つめていると、村長がジャンに声をかけます。


 「ジャン、あまり冷や冷やさせんでくれ。領主様と領主様の娘であるナーシャお嬢様が優しいお方だったから良かったが」


 「えっ? 領主様?」


 「おいおい、気付いていなかったのか」


 村長の呆れた視線にも気付かずに、驚きながら遠くに消えていく馬車を見えなくなるまでジャンは見つめていました。

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