第1話 ギンとの出会い
ジャンとキュートが出会ってから三年の月日が経ちました。
ジャンは十歳になり、すくすくと成長しています。
ケットシーのキュートは、すっかり大人の猫の姿になりましたが、心はまだ三歳児。
やんちゃが目立つキュートですが、ジャンの言う事だけはよく聞きます。
羊飼いの朝は早いので、ジャンは早起きです。
「おはよう、キュート。朝だよ。まだ寝ているかい?」
「···ジャンが起きるならオイラも起きるにゃ」
ジャンが起きると、いつも眠そうにしながらキュートも起きます。
朝食を食べ、羊飼いの仕事が始まります。
まずは雌の羊達から羊乳を搾って、鉄瓶の中に貯めていきます。羊乳絞りが終わると羊を放牧して、羊乳を荷車に載せて、村の人々に配りに行きます。
もちろん、キュートも一緒です。
この頃は、羊飼いの仕事をジャンに任せて、父ゼルゴは狩猟や野菜作りをするようになりました。
なので、キュートと一緒に羊乳を配ります。最初は人語を話し、二足歩行するキュートに驚いていた村の人々も今では慣れたもの。それどころか村の人気者になっています。
羊乳を配り終えると、羊小屋へと戻り、一人で黙々と羊小屋を掃除するジャン。
その間、キュートは、牧羊犬のアルフにじゃれつくのですが、いつもアルフは参ったと腹を見せるので、キュートは面白くありません。
キュートはすぐにアルフをいじるのに飽きて、羊達を追いかける遊びに切り替えます。
いつも嫌がる羊に乗って遊ぶキュートですが、ジャンが呼ぶとすぐにジャンの元へと向かいます。
「何かにゃ?」
「今日は六頭程羊の毛を刈るから、アルフと一緒に毛がモコモコしている羊を連れてきて」
「わかったにゃ!! アルフ、毛が沢山ある羊を集めるにゃ!!」
キュートがアルフに語りかけると、アルフはモコモコの羊目掛けて駆けて行きます。
キュートは動物達と話す事が出来るので、アルフにもジャンの言っている事がキュートを経由して伝わっています。
キュートも負けじと駆け回って毛がモコモコの羊を追いかけ回し、ジャンの元へと連れてきます。
アルフと手伝いに来たミティアは、アルフとキュートが連れてきた羊の毛を専用の鋏で刈っていきます。
一頭刈るのに一時間もかかる作業なので、中々疲れます。
六頭刈り終える頃には夕方です。
ミティアは夕食を作る為に先に家へと戻ったので、アルフとキュートの力を借りて、羊達を羊小屋へと入れていきます。
これでジャンの仕事は終わりです。
キュートはまだまだ元気ですが、十二歳(人間の年齢で言うと六十代)になったアルフは息も絶え絶えです。
ジャンが心配そうにアルフを撫でていると、嫉妬したキュートがジャンの足に頭をぶつけます。
「アルフだけずるいにゃ! オイラも撫でるにゃ!」
「ごめんごめん。これでいいかい?」
「そう、そこにゃ! うにゃ〜、相変わらずジャンの撫で方は気持ちいいにゃ」
しばし、ウットリとした表情でジャンの撫でを満喫したキュートは満足したのか、早足で家へと向かう。
「ジャン、早く戻るにゃ! お母さんが夕食を作って待ってるにゃ!」
「うん、分かってるよ。アルフ、大丈夫かい?」
「バウッ!!」
アルフは元気なフリをしているけど、やはり疲れているのか息遣いが荒くなっています。
そろそろアルフの引退をゼルゴに打診しようと考えながら自宅へと足を運びます。
自宅へ戻ると良い匂いがジャンの鼻腔をくすぐります。
「お母さん、今日はもしかしてシチュー?」
ええ、そうよ。あなたの好きな羊乳のホワイトシチューよ。キュートとミー、アルフにはお父さんが捕まえたキジの肉よ。いっぱい食べなさい」
「わ〜い、ご馳走にゃ!!」
キュート、ミー、アルフは一心不乱にキジ肉を食べています。
そんな姿を見たせいなのか、ジャンのお腹が大きく鳴ります。
「ははっ。さぁ、ジャンも早く食べなさい」
「うん、いただきます」
「「いただきます」」
日々の糧を感謝して皆食事に手をつけます。
ジャンはミティアの焼いたパンに羊乳で作ったチーズを挟み、ホワイトシチューに付けて頬張ります。
ふかふかのパンとホワイトシチューの熱で溶けたチーズと野菜とキジ肉が入ったシチューはジャンの舌を蕩けさせます。
「う〜ん、美味い。やっぱり母さんの作った料理は最高だよ」
「だな。ミティアの料理はいつも美味い」
「そう? そう言ってくれると作りがいがあるわ」
皆笑顔で夕食を食べ終わった後、ジャンはゼルゴにアルフの件を伝えます。
「···そうか。アルフももうそんな年か。月日が経つのは早いな」
ゼルゴは寂しそうな表情でアルフを撫でます。
「···分かった。アルフは牧羊犬を引退させる。···今までありがとう、アルフ。これからは家でゆっくりしてくれ」
ゼルゴは優しく撫でながらアルフに語りかけます。
アルフは気持ち良さそうに目を細めます。
「じゃあ、アルフの代わりを探さないといけないね」
「ああ、そうだな。明日にでも探してみるさ」
翌日、いつものように羊小屋を掃除していると、ゼルゴが木箱を抱えながらジャンの元にやって来ました。
「ジャン、見てみろ」
ゼルゴが木箱を傾けたので、中を見ると白銀色の仔犬が入っていました。
「父さん、どうしたのこの仔犬?」
「ああ、狩猟仲間のビンスが山に仕掛けた罠籠に入っていたらしい。牧羊犬の技術を教えるなら幼いうちから教えた方がいいからな。貰ってきた」
「そっか、よろしくねワンちゃん」
ジャンが仔犬を触ろうとすると、仔犬は歯を剥き出し噛みつきます。
「お、おい。大丈夫かジャン!?」
「うん、僕は大丈夫」
そう言いながらもジャンの右手からは血が流れています。
「おい、新入り!! ジャンになんて事するにゃ!!」
怒ったキュートが仔犬に向かって猫パンチを放ちました。
「キャイン!!」
仔犬は鳴き、木箱の中で震えています。
「こら、キュート。ワンちゃんは怖かっただけなんだ。攻撃しちゃいけないよ」
「で、でもジャンの手痛そうだにゃ」
「僕は大丈夫。それよりもさっきはごめんね。いきなり触ろうとしたから怖かったんだね」
ジャンは優しく語りかけながらゆっくりと左手を仔犬に近付けます。
仔犬は今度は噛まずに、匂いを嗅いだ後、ペロペロとジャンの手を舐めます。
「ははっ、くすぐったいよ。今日からよろしくね。···えっと、名前は···銀色の毛並みだからギン! どうかな?」
ゼルゴに視線を向けると、ゼルゴは笑いながら頷きます。
「ははっ、安直だがいいんじゃないか?」
「ジャンがつける名前は最高だにゃ!」
キュートはいつだってジャンを肯定します。
こうして新たな家族が加わりました。
え? 仔犬?
いえいえ、どう見てもフェンリルの仔ですよ。
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