クマ殺しの五郎
五郎は義兄三郎たちと共に北の大宰府へと向かう。
「義兄上! 大宰府までどの程度かお分かりですか?」
「そうだな。長門よりかは近いぞ! それよりもまずは筑後川を越えるのが先じゃ!」
五郎は促されるように遠くに目をやる。
すでに九州南部の武士団が北を目指しているらしく、いくつもの旗がなびいている。
武士だけではない。
荷駄馬が列をなしている。
そしてその背には大量の荷を乗せて、涼しげに歩いている。
馬のエサである草から戦いの道具、米俵まで運べるものをすべて陸路で送っている。
これらの物資は無秩序に運んでいる――訳ではない。
最終目的地である大宰府に一気に馬で運んだら増えすぎた馬で身動きが取れなくなる。
だからある一定の区間で駅が設置されて、その区間を往復させるのだ。
その駅から駅を渡るように物資は運ばれていく。
平安時代に発展したが、鎌倉が全ての中心となると同時に東海道以外は衰退していった。
それでも辛うじて機能していた駅と宿屋が、今は活況を呈している。
なぜ衰退したのか?
積載量がある船に乗せて海を経由して物資を運ぶ方が効率がいいからだ。
ところが<帝国>を警戒して海上が半ば封鎖しているのでそれができない。
その結果、陸路によって全物資の運搬となったのだ。
これは想定外だった。
これは五郎たちの行動にも影響する。
五郎たちは馬五頭に重装備で出陣した。
つまり、馬が休息できる駅から駅の移動か、水源のある川沿いを移動しながら大宰府を目指さないといけない。
この移動の制限は主に馬という動物に原因がある。
馬はエサとして十
もちろん戦の時に一日走らせて酷使することはできるが、それは潰す覚悟でやることだ。
移動するだけでそんなことはできない。
だから駅の間隔である三十里、つまり約十六
そう、この間隔は馬が潰れない範囲で、一日に移動できる最大の距離ということになる。
五郎達はいくつかの駅をまたいで筑後川までやってきた。
そこでは旗指たちが自らの主人たちの家紋を高々と掲げている。
縦に細長いこの旗印によって敵味方を判別する。
五郎たちの旗は三郎二郎が担っている。
「それにしても旗が、つまり立ち往生している者が多いな」
「筑後川は難所だからな、仕方がない」
通行止めになっている場所は菊池川の北に位置する筑後川――日本三大暴れ川と言われる気難しい川である。
そこには川船をいくつも繋いだ浮き橋が掛かっている。
南九州から北上している御家人たちはその上を慎重に行軍しているのだ。
この分では筑後川の手前で一泊して、渡った後にもう一泊することになる。
これで本当に間に合うのだろうか?
五郎は心配になった。
「これではかなり時間がかかりそうだな」と五郎は言う。
「父上、我らは騎兵のみ。それなら川上の山道を通って小橋を渡って大宰府を目指しませんか?」
「八郎太の言うとおりだ。小勢の利を使うべきだろう」と三郎も賛同する。
「えぇ……山にはクマがでるからオイラ行きたくねぇ……」
「弱音を吐くな籐源太!」と三郎が活を入れる。
「そうだぞな、肥後の男がクマぐらいに怯むわけにはいかない! ゆくぞ!!」
五郎たち一党は川上へと馬を走らせる。
「あまり奥まで行くと今度は豊後の国の日田まで行ってしまう。そのはるか手前の駅で一泊してから川を渡るぞ!」
「おう!」
それから数日、五郎たちはついに大宰府へと続く山間道にはいる。
途中で湧水があったので馬たちを休息することにした。
だがそのとき――。
『ぎゃー!!』
「な、悲鳴が聞こえた!」と籐源太が言う。
「賊の類に襲われたか?」と三郎。
五郎は「ならば急ぎ加勢するのみ!」そう言うと同時に駆け出した。
しばらく走ると武士の一団がいた。
そのほとんどが徒歩の郎党で、混乱しているのか集団行動ができていない。
「ぎゃああぁぁぁぁ!!」
原因はあの男――と黒い大きな影。
黒く毛深い!
あれはクマだ!
クマに襲われている!!
五郎はすぐさま弓を手に取る。
軽く深呼吸してから駆ける。
「竹崎の五郎参る!!」
その声に混乱していた武士団が五郎に向く。
「騎兵だ! 重騎兵が突っ切る!! 道を空けねば踏みつぶされるぞ!!」
口々にそう言って、郎党が左右に別れる。
道は一直線。
クマはまだ気づいていない。
襲われているのは楯を背負った歩兵だ。
ちょうど楯で防いでいる。
まだ助かる。
馬がおびえた様子もない。
ただまっすぐクマの前へ出る。
蹄の音に反応して熊が顔を上げた。
「はっ!」
去り際に放たれた矢がクマの頭蓋骨を貫いた。
「ガッ……」
クマは一撃で絶命する。
その巨体が倒れ込む。
「おおぉぉ!!」
それを見た周囲の侍たちが歓声を上げる。
馬を駆り弓でもって的を射る。
これぞ鎌倉武士。
武士の戦い方だ。
流鏑馬に通じる一連の流れに。
それを目撃したすべての武士を魅了した。
「クマ殺しだ。クマ殺しだぞ」口々に郎党たちがそう言う。
そしてこの武士団を率いる騎馬兵が駆けつけてきた。
「やや!? これは竹崎の五郎殿ではござらんか!!」
それは阿蘇山で出会った――。
「お主は……焼米の五郎殿ではないか!」
「久しいでござるな~」
「はははっ、焼米殿も息災のようだな」
焼米の後から彼よりも一回り大きな武将が一人馬に乗ってきた。
「助太刀感謝する! おかげで郎党が一人も欠けずに済み申した。武勇な人。して、五郎の知り合いかな?」
「そうでござる。こちらは竹崎郷の五郎、季長殿でござる」
「同じ五郎――では焼米の言っていた竹崎殿とはお主の事か」
「どうぞ季長と呼んでください。ところであなたは?」
「ワシは江田”又太郎”秀家じゃ」
「江田殿は川中の一門を仕切っている方でござる」
「これはお初にお目にかかります」
江田とは菊池川の中流にある江田川のことであり、そこにある江田城の城主が秀家だ。
一通り挨拶をしている途中に三郎たちが合流してきた。
「五郎無事だったか!」
「ああ! みごとクマを狩ったぞ!」
「ふはは立派ではないか!」と三郎が我が事のように喜ぶ。
「立ち話もなんじゃ。このクマを次の駅まで運んでそこでゆっくりと語ろうではないか」と又太郎が言う。
「おおぅ!」と周囲の郎党たちが叫んでクマを担いで移動を開始した。
江田勢、騎兵五騎に歩兵三十と山道をすすむ。
そして駅で夜を迎える。
「なに!? 川下の連中は兵を出さないからたった五騎で出陣したでござるか!」
「ああ、我らだけで敵を蹴散らすつもりだ」
「がっはっはっは、なんと剛毅な武者たちじゃ! 九州男児ここにあり!」
「うおぉぉぉぉ」と江田勢の郎党も叫んだ。
「肉が焼けだるぁぁぁぁ!!」
――というより、すでに酒を煽り呂律が回らなくなっている。
さらに言ってしまえば夜の宴の主役はすでに五郎からクマ肉へと移っていた。
「ええい待て待て! 討ち取った五郎にまず振舞うのだ!」
そう言って焼いた肉を五郎に渡す。
「これはうまそうだ! 頂きます!」
「拙者の村である焼米はその名の通り、戦の時に焼米を大量に作って振舞うのが本来の仕事でござる。この通り此度の戦のために大量に運んでいる途中なのでたんと食べてくだされ」
そう言って焼米五郎は焼きおにぎりを大量にふるまう。
それにまたしても郎党全員が雄たけびを上げる。
「やべ、うま。オイラ……もぐもぐ」
「籐源太よ、後で馬の世話があるのだからそのまま寝るなよ」
屈強の武士三十名による豪快な夕飯が始まった。
駅で働く山村の住人はその光景を見て我が目を疑った。
三十名以上の筋肉ゴリラたちが火を囲んでいる。
そしてクマを躊躇なく捌いて肉を焼き食らうのだ。
もはや別の世界からやってきた巨人あるいは伝承の鬼ではないかと思った。
それほどまでに違うのだ。彼らとは――。
この時代は仏教などの宗教上の理由から肉食は忌避される。
しかし質実剛健を良しとする鎌倉武士たちは武芸を磨くために野生の動物を狩る。
そして狩った動物の肉を食すのは名誉あることだと言い切って食していた。
だからこそ全身の筋肉と体躯が他の農民と一回りも違うのだ。
駅で働く者たちは本当に同じ人間なのかと疑い恐れていた。
「ふ~、五郎よ。ワシはお主を気に入った。どうだろう、戦が終わったらワシの所で仕えないか?」
「ありがたい事ですが、拙者は一旗揚げたいと考えています」
「はははっ、そりゃあいい。ならばタダの勲功では土地は得られんな」
「!? 拙者もそこに悩んでいました。何か妙案は知りませんか?」
「ふむ、よいか勲功には手負い、分捕り、討死とあるがもう一つあるのを知っているか?」
「たしか先駆けの功、一番槍のことか?」
五郎もよく知らない最後の勲功を言う。
「その通りだ――だが違う。一番槍ではない、正しくは『先懸の功』だ」
それから又太郎は五郎に先懸の功について話して聞かせた。
それが五郎の運命を変えることになるとは、この時は知らなかった。
――――――――――
……いつの間にか兵站小説の沼へと片足を突っ込んでますが気にしてはいけない。
ああ、前作の呪いだ。
こっちにも影響が……_(:3 」∠)_
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