五騎の出陣

 1274年11月4日(文永十一年十月五日)。


 <帝国>軍、対馬に侵攻。


 その知らせはほどなく<島国>に伝わり、九州全土の武士団に対して動員令が下った。


 ほどなくして肥後の国の菊池一門にも伝わった。


 各地の御家人は一斉に挙兵するかと言うと――そうでもない。


 なぜなら御家人というのは武士の棟梁に対して「御恩と奉公」の契約を結んでいるのであって、大宰府の守護については契約外だからである。


 つまり鎌倉に住まう鎌倉幕府第七代征夷大将軍あるいは執権である北条時宗のどちらかが動かなければ大部分の御家人は所領の防衛にあたる。


 それは五郎の叔父についても同じである。


「これは一体どういうことですか!!」吠える五郎。


「さっきも言ったように今回の戦には我が一門から人を出さない」


 五郎の叔父、御房が静かに言う。


「納得いきません! わたくしは武士です。戦場で戦うために鍛錬を積んできたのですよ。それが何故戦わないということになるのですか!!」怒気を孕んで大声で叫ぶ五郎。


 御房は大きくため息をついて静かに言う。


「だがな五郎、大陸から攻めてくる<帝国>は強大だと聞く。まずは領地を守るべきだ」


「そうだそうだ。川上の連中のように山城を作れない我らでは川の東側に竹や木で柵を作って守りに徹したほうがいい」


 菊池一族は菊池川を中心に所領を有している。


 しかし一族の数が増えると住む場所が広がっていく。


 すると距離の問題から川上を拠点とする菊池家宗家の意向に従わなくなっていった。


 そこで一族の結束を保つために川上と川中と川下で勢力を大まかに三分して、それぞれが半ば独自の判断で動くようになっていった。


「御恩と奉公こそ武士の本分! 戦わずしてなんとする!!」今度は三郎が叫ぶ。


 三郎も五郎と心同じく、出陣するべきだと思っている。


「よそ者に何がわかる! お前も知っているだろ、相手は大陸を支配する<帝国>だぞ!!」


「その通りだ! <帝国>の軍勢は数万を越すと言われている。守りを固めて何が悪い!」


 今度は御房と同じ防衛派が声を荒げる。


 敵は万の軍勢、それに対して九州の武士団が初動で動かせるのは騎兵が二千騎余と弓兵が多くて八千名の合計九千名強。


 初戦の敗北は極めて濃厚。


「それではみすみす敵の上陸を許すだけではないか!」


「それでよいのだ。この地まで来たら菊池川を挟んで戦う。そして春になってから弱った敵共を返り討ちにする。それの何が悪い」


 五郎は叔父が思い描いていることが読めてきた。


 つまり菊池川を天然の堀と見立てて攻め寄せる<帝国>兵を迎え撃つ。


 そして冬を越した後にやって来る援軍、十万を超えるであろう鎌倉武士団が来てから反撃に打って出る。


 兵法書は読んだことないが戦の進め方としてさして間違ってなさそうだ、五郎はそう思った。


 だがそれでも!


 それは武士として間違っているだろ!!


 五郎は思いの丈を口にする。


「それでは将軍様に顔向けできぬと言っているのです!!」


「御房殿、ワシも此度の戦に参戦せねば長門国の一門から三井の恥さらしと言われてしまう。我ら武士に生き恥を晒せというのか」


「…………」押し黙る御房。


 三井三郎は入婿という微妙な立場が根底にある。


 三井三郎は長門国の守護代三井季成殿の親戚筋。


 長門の三井勢が出陣するのに自分だけ引きこもっていては一族の恥。


 そして御房の下で食客のような状態――悪く言えば無足同然。


 戦で勲功を上げて自分の所領を得たいという思惑もある。


「ちょっと待った!」


 今まで押し黙っていた老人が声を発する。


 野中「太郎」長季だ。


 五郎と似た境遇で土地を失ったこの男も腰をあげた。


「御房殿の案じゃとワシの所領の回復がなさそうだからの若いモンの話に乗らせてもらうわい」


「野中殿、あなたもか」御房がイライラしているのが声から伝わってくる。


「……しかしワシはもう年じゃから若い郎党を代わりに加えよう」


 この老人の郎党とは――。


「…………ふぇ!??」間をおいて驚く籐源太。


「それはありがたい。ならば三井家からは息子二人も参戦しよう。これで五郎それに籐源太を合わせて五人――五郎は複数馬を持っているし、ワシは長門から連れてきた馬を持っている」


「ワシは馬はないが馬具と防具一式なら伝来の品がある。籐源太に使わせよう」と野中翁が言う。


「え……オイラ?」


「総勢五騎での出陣だ。問題ないか?」


 そう言って三郎が御房を睨む。


「ふん、その程度なら大差ない。領地を守る気が無いのならさっさと屋敷から出ていけ」


 そう言って一族で防衛策の話し合いを始める。


 両者ともにこれ以上話し合っても拗れるだけとわかっていた。


 五郎たちは出陣の準備のために屋敷の外に出る。





 竹崎に着くと――。


「あんた!! よりにもよって息子全員と出陣なんて血筋が絶えたらどうするのよ!!」


「ま、まってくれ! ちょっと頭に血が上って……それに息子たちもいい歳だから戦に――」


「づべこべ言ってるんじゃないよ! この大バカ者が!!」


 五郎の姉フミにまったく頭が上がらない三郎であった。


「姉上、義兄上が心配なのは分かりますが、もうすこし――」


「五郎~、だれがこのバカ者が心配ですって?」と鬼の形相のフミ。


「いえ、その……」


「いい五郎、息子たちは何が何でも連れて帰りなさい。ただ、このバカには討死の功でも取らせるのよ」


「いくら何でもそれはあんまりじゃないか……」


「あんまりなのは――夫も! 息子も!! 全てを失って未亡人になる可能性を作ったアンタでしょうが!!」


「……はい」


「フミ殿はすごいのじゃ」


「ああ、姉上は菊池家の血が最も濃い女傑と言われてる。実は怒らせると叔父上も頭が上がらないんだ」


「ひぇ、なのじゃ」そう言いつつも少し憧れるムツであった。




 ――それから数日間、五郎たちは出陣の準備を続けた。


 そして出陣の日に続々と竹崎に人が集まってくる。


「遅くなってすまんのぅ、籐源太の準備が整ったぞい」


「はぁ、この軽装じゃあ、矢を防げるかどうか……」


 そう言って野中翁と籐源太がはいってくる。


 籐源太は烏帽子に腹巻そして武器は弓矢になる。


 腹巻は歩兵用の簡易な鎧になる。


 軍事史において全身を覆った甲冑は時代が進むにつれて廃れていく。


 近代の騎兵で残ったのが胸甲騎兵あるいは軽騎兵なのも同じだ。


 鎌倉時代はちょうど重装甲の大鎧から腹巻という軽装に替わる転換期でもあった。


 しかし、当事者たちにとっては重装甲の大鎧の方が安全だという信頼があり、それは籐源太を含め大部分の武士の共通認識だった。



「父上、準備が整い参上しました」

「五郎殿、お久しぶりです」


 そう言って入ってきたのは三井「三郎」資長すけながの二人の息子。


 兄の三井「三郎八郎太」資高すけたかと弟の三井「三郎二郎」資安すけやすの二人だ。


 二人も烏帽子に腹巻そして兄は弓を、弟は旗を持っている。


「二郎が持っているのは、まさか!」


「そうよ、それは竹崎家の家紋です」とフミが言う。


「うむ、三井はこの地では食客同然になる」と三郎が言う。


「ワシら野中一門も同じよ、そうなると我らの旗頭は五郎お主じゃ」と野中翁も言う。


 たしかに言われればその通りだ、そう思い五郎は言う。


「ああ、そうだな。ならば皆の衆、拙者について来てくれ!」


「当たり前だ」「おおよ!」「はい!」「オイラもがんばります……」


「ほれ、お主のために握り飯を作っておいたのじゃ」


 そう言ってムツは米を固めて焼いた焼きおにぎりを二つと、ほしいと呼ばれる炊いた飯を天日干しにした保存食だ。


「それはありがたい」


 五郎はムツから食糧を受け取った。


「あの人が五郎さんの奥方か」「オイラも、ああいう人が欲しいな」


「違う!」

「違うのじゃ!」


「わ、ワシはフミ一筋じゃぞ」「当たり前よ!」


 いつもの問答をしてから出発の時となる。


 竹崎には出陣を見送る者たちが集まっていた。


「お主、死ぬでないぞ」とムツが言う。


「ああ、わかっている」


 五郎を含めて五騎の騎兵が並んだ。


「では行ってくる!」


 最初に五郎が駆ける。


 そして旗指の三郎二郎が、続いて残りの三騎も駆ける。


「五郎の兄貴! お達者で~~!」「がんばってください!」「うんうん」


「絶対に戦で活躍するんだよー!」


「がんばるのじゃ~!」


 皆何も言わないが、一体何人が戻ってこれるのか不安でしかなかった。




 11月10(同十月十一日)。


 この日、竹崎「五郎」季長を旗頭に五騎の騎兵が出陣した。


 これは土地の広さに比べてあまりにも少なすぎる陣容である。



 だが、九州各地で同様のことが起きていた。



 ――――――――――

 ちなみに――

 三井「三郎八郎太」資高はオリジナルです。

 本当は郎党「氏名不明」になります。

 また三郎二郎資安も人間関係は不明らしいです。

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