同棲

 美しい歌声の持ち主であり料理の天才。私の中で和夫は、凡人中の凡人から素晴らしい才能の持ち主へと劇的に変化した。

 そうなると普段の過ごし方さえ才能ある者の振る舞いと思えてくるからおかしなものだ。私は急速に和夫に惹かれていった。

 私の積極的なアプローチに初めは迷惑そうにしていた和夫だったが、根負けした形で私たちは付き合うことになった。私は足繁く和夫のライブに通い、出待ちをし、同じアパートに帰るようになって、自然と同棲を始めた。


 同じ職場にいるのは居心地が悪かったので、私は資格を取って福祉の仕事に就いた。おかげで私たちは常に新鮮な気持ちで過ごせるようになり、それからの三年間は人生でいちばん楽しかった時期と言っていい。この幸せな日々がずっと続くものと私は信じていた。


 歯車が狂い出したのは、私の弟の結婚が決まった頃だったと思う。年子の弟がふたつ上の彼女とデキ婚をすることになった。小さい頃から無精でだらしなくて、何もかも人任せだった弟が結婚して父親になるなんて信じられなくて、どうせ彼女に押し切られてのことだろうと呆れていた。

 ところが、結婚を言い出したのは弟の方で、子どもができたとわかってすぐ着慣れないスーツを着て彼女の実家に挨拶に行ったというのだ。母親が面白おかしくするその話を、彼女と顔を見合わせながら聞いている晴れやかな弟の顔が眩しく羨ましかった。


 和夫と付き合い始めて四年、結婚の話が出たことは一度もなかった。私は思っても言わないようにしていたし、和夫はただでさえ口数の少ない人で、自分から言い出すようなタイプではなかった。

 相変わらず和夫はバイト生活だったし、定期的にライブも続けていた。一定の客は付くものの、SNSでバズることもなく、ましてやプロのスカウトに見出されることもなく、どこまでも趣味の域を出ない活動を、私からすればダラダラと続けているように見えた。そもそも、和夫のバンドが売れるはずはなかった。なぜなら和夫の作るオリジナル曲が余りにもダサかったから。


 付き合い始めて四年、和夫も私も二十八歳になろうとしていた。

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