第15話 同棲

 その次の日。

 銃を見て恍惚になる男は、ガンショップにはいなかった。私の車のドアにあるスヌーピーの絵には、結構目立つ傷が付いていた。

「夜鶴さん。テレビ点けてください」

 黒のテーブルで奈々川さんが言った。

 私は頭の中では車の修理代で一杯だったが、テレビのリモコンを持った。


「おはようございまーす! 云話事町TVでーす!」

 美人のアナウンサーがいつもの住宅街を背にマイクを一度、隣の藤元に向ける。 

 藤元はなにやら念仏を唱えていた。

「昨日の朝にA区で殺人事件がありました。お悔やみ申し上げます。死亡した……」

 テレビに男の顔写真が出た。

「奈賀 比企下(なか ひぎした)さん32歳。A区のゴミ捨て場から遺体で発見されています。昨日の警察の調べによりますと、その死体にはハローポイントという銃弾が発見され、犯人は今だ生活中。残念です」

 美人のアナウンサーが頭を垂れた。

 藤元は念仏を唱えるのを止め。

「これでよし。もし、生き返ったら私の事務所へと連絡してください。お願いします」

 美人のアナウンサーが本気でマイクで藤元のおでこを叩いた。

「放送した意味ないでしょ!」


「生き返ってくれればいいのに……」

 黒のテーブルで奈々川さんが俯いてか細く言った。

 それだと……まずい……。

 私は藤元の祈り?が効かなければと願った。

「今日も仕事なのですか?頑張りますね……。仕事が好きなんですね?」

「ああ。って、あれ?」

「どうしたの?」

 奈々川さんがチャーミングなホクロのついた顔を向ける。

「俺って……金のため以外に仕事した時って、あったっけ?」

「わんわ、わん」

 スケッシーは大喜びだ。


「よお。あの男は一体何だったのかな?」

 島田である。

 銃を見て恍惚な顔をする男のことだ。

 私は牛肉をシューターへと入れながら、少し考えた。

「さあ……? 多分、ただの嫌がらせだったのかも知れない。そういう奴って、結構いるだろ」

「それなら、次は銃を抜こうぜ。……どっちでもいいか。会えば銃で撃てばいいし」

「ああ」

 私は今の生活が気にいっていた。とても幸せだ。けれど、結婚なんてできるのだろうか?

「あ、奈々川さんはどうした?」

 島田の興味を持った声に応えようとしたら、

「そうだぞ。奈々川さんはどうした?」

 田場さんが後ろにいた。

「実は訳があって、今一緒に生活しているんだ」

「マジ!」

 島田がひっくり返るように、牛肉を遥か彼方へとポイっと投げた。

「そうか。そうなのか」

 田場さんが納得顔で頷いた。

 津田沼が遠い場所から耳に力を入れていた。


「おめでとう。夜っちゃん」

 津田沼がいつもの日の丸弁当を抱えて、隣の席へと着く。

「あの夜鶴が女と同棲するとはなぁ。大切にしろよ」

 島田は感慨深く言う。

「あ、でも、式は何時なのか決まったのか?」

 島田が小声で真面目な話題に切り替えた。

「そうだ。B区のお嬢様なんだよな」

 津田沼が小声で言う。

「ああ。でも、結婚できるか解らない」

「そんなことねえって、俺が何とかしてやるよ!」

 島田が興奮して弁当片手に立ち上がった。

「おらー! B区の奴らー! 全部まとめて俺が相手だー! やってやるぜー!!」

 B区の奴らが一斉に立ち上がる。私は真っ青になって、島田の暴走を止めるために立ち上がった。

「島田!……あ、何でもない! B区とは揉め事を起こしたくないんだ!」

 少し離れたところにいるB区の男たちに頭を下げた。

「島ちゃん。どうどうだよ」

 津田沼が島田を宥めると、私に向かって小声になる。

「奈々川さんと夜っちゃんが同棲していることが、職場のB区の奴らにバレると血を見るのは必死だから、これから気を付けようよ」

「ああ。……島田はどうするか?」

「あのままじゃ……どうしよう?」


 …………


 涼しい日光の朝の7時に仕事が終わる。駐車場に止めてある愛車まで島田と歩いていると、また津田沼が血相変えて走って来た。

「B区の奴らが来るぞ! 銃も持っているから早く帰った方がいい!」

 そう息も絶え絶え青い顔をして、言い放った。

「おおーっし! ここは俺に任せろ!」

 島田がベレッタを抜いた。

「いや、俺もやる。これくらのことでへこたれたんじゃ……この先どうしようもないからな……」

「いや、駄目だよ! 仕事中に喧嘩どころか命の危険が増えるだけだ!」

 津田沼が青い顔で捲くし立てた。

「大丈夫さ。田場さんがなんとかするよ」

 私はそう言うと、コルトに弾丸を詰め込めた。


 駐車場は結構広い。

 駐車している車は、この工場の関係者だけで駐車スぺースを探すのに苦労しそうなくらいだ。

 回りには帰宅しようとする人たちも疎らにある。

 工場の玄関から数人の男たちが、走って来た。手には銃がある。

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