後悔と躊躇い 105日目(season2)

 今日も東から太陽が昇って、西の空の奥へ沈んでいく。

 その間隔が短くなっているせいだろうか、最近は気づいたら夜になっていることがよく起きていた。

 そんな季節の移ろいを満喫するように、表通りの商店街ではクリスマスに向けてセールやらキャンペーンやらで普段より一層賑わっていた。

 今のイベントが終われば年末にお正月と今月は行事ごとが立て続けに迫っており、流行に乗って集客をするためにもメニューやサービスを都度見直したり変えていく必要がある。

 本当はこういう事を考えるのは得意ではないのだけれど、特別有名な店舗というわけでもないので何かしら経営戦略を練らないと路頭に迷う未来が待ち構えているのでそれは避けなければならないのだが、こうしてお金のことが頭から離れなくなってしまうのは少し虚しいものがあった。

 そうはいっても現実は情けをかけてはくれないので、開店前の少しの時間を使ってどうするかノートにアイデアを落とし込んでいく。

 一人集中しながら悩んでいる時に、突如として来店を知らせるベルがチリンと大きく鳴りだす。


「すみません。まだ開店時間ではないので──」

「……お久しぶりです」


 何も見ずに追い返そうとするが、声に反応して顔を勢いよく上げる。

 そこに立っていたのは、小松だった。

 本来なら開店時間前に人を通すことはしないのだが、この間の一件から一週間も経たずに来たのでまた何か問題でも起こしたのかと少し怪訝そうな顔をする。

 対する小松は今までのことを気にしているからなのか、気まずそうにこちらの様子を窺っていた。

 最初は何か言ってやろうかと考えもしたが、オドオドされているとこっちまで話しにくくなってしまうので大人しく近くの席を指さして座らせる。

 それから水だけは差し出して、相手の気持ちが落ち着くのを待つことにした。


「……マスターさん。私、彼女に電話をかけてみたんです」


 しばらく私の顔とコップの水を見比べながらそわそわしていたが、大きく息を吸って早々にここへ来た理由を話してくれる。

 今までの小松からは思いがけない行動に、私は目を丸くしてしまっていた。


「……どうだったの?」


 相手の心をかき乱さないように、静かに問いかける。

 当の本人はといえば、その結果を素直に受け止めているのかゆっくりと首を横に振っていた。


「でも、これで良かったのかもしれません。ずっと心残りだった相手のことを、思い出に変えられたんですから」

「そっか……」


 そう話す彼女は、とても別れを告げられた人には見えないほどに清々しく笑っている。

 ようやく過去のしがらみを吹っ切れたみたいで、振られたのに底抜けに明るい姿に私まで安心してしまっていた。


「それで、あんたこれからどうするの?」


 近況報告が出来てスッキリしたのを確認してから、素朴な疑問をぶつける。

 ここに来ていたのも今までの後悔を消すためであって、それがなくなってこれからどうするのかは店主としてよりも一人の人間として気になるところではあった。


「お気遣いありがとうございます。でも、ここには変わらず通いますよ。あなたの顔も見たいですから」

「調子良い事ばっかり言ってると追い出すわよ」


 気を紛らわすために告白したくせに、何勝手なこと言ってるんだか。

 相変わらず身勝手な想いに悪態をついているけれど、それにすら慣れてしまった私はこんなやり取りでも不思議と笑ってしまっていた。


「そんなこと言うぐらいなら、ちょっとはこっちのことも手伝いなさいよ」


 そう言って、彼女の前にわざとらしくさっきまで書いていた経営ノートを広げてみせる。

 ページの隅々まで文字で埋め尽くされてた内容に表情は引きつり、愛想笑いを浮かべる顔は今度は違う意味で目が泳ぎそうになっていた。


 私のことを想ってるのなら、このぐらいはしてもらわないとね。


 図々しく彼女の好意に甘えながら、今後の店舗運営にアイディアはないかとせがむ。

 そうして話している時間はいつも接しているより口調は砕けていき、気づけば開店時間ギリギリまでお互いに意見をぶつけ合いながら白熱した議論を交わすようになっていた。



 この関係に、ときめくようなものはまだ何もない。

 けれど、私たちがこうして出会って一緒にいることが、ただの偶然で片付けるには少し勿体無いように思えてしまう自分がいることに、今でも驚きを隠せないでいた。

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