後悔と躊躇い 104日目(season2)
彼女の番号へ電話をかけ、呼び出し音を耳にしながら出てくれないか首を長くして待つ。
すぐに繋がらないことは想定していたので、しばらく様子を窺いながら冬の寒空をのらりくらりと歩き始める。
どこに向かうかも分からない足で気ままに進んでいると、遠くでは気の早いクリスマスソングが聴こえてきて、その音楽に引き寄せられるように行き交う人たちはどれも楽しそうな表情をしていた。
私たちにもそんな時期があったなと微笑ましく思いながら眺めているが、相手の子はそんなことには興味がないと言わんばかりに応答する気配を一向にみせなかった。
やっぱり、都合が良過ぎたかな。
物事なんて自分の思い通りにならないことばかりなのに、良い方へまた傾いてくれることを心のどこかで願ってしまう。
呼び出し音は一分近く鳴り続けているが、これ以上相手から返事がくることは望めそうになかった。
……まだこれで諦めたわけじゃないから、改めて連絡しよう。
反応がないことを素直に受け止めながら、そっと通話を切ろうとボタンに指を伸ばそうとする。
「………………もしもし」
通話口から、声がする。
聞き間違えるはずのない人物からの応答に、ずっと聞きたいと思っていた恋人の声に全身が震えて涙が込み上げていた。
それを必死に抑えながら、スマホを耳に当て直して返事をする。
「……久しぶり」
「……どうかしたの?」
「……元気にしてるかなって、思ってさ」
もう何年も会話をしていないので、初めて恋心を抱いた時以上にぎこちないやり取りで、間も長く途切れ途切れになってしまう。
それでも、こんな私に優しい雰囲気で接してくれるところは変わっていなかったので、少しホッとしていた。
「うん。元気だよ」
「そっか……。よかった」
久々の彼女の声に、あの時感じていたときめきや高揚感に似た熱が身体の芯から込み上げてくる。
あぁ……。
このままよりを戻せれたら、どれだけ良かっただろうか。
一度離れてしまった想いは、もう元に戻ることはない。
昔のようにスムーズな会話もできず、言葉の裏に見え隠れする余所余所しさがそれを物語っていた。
たとえ今から戻ったとしても、私に対する感情が変わってしまった今の彼女と良好な関係を築いていける自信を持ち合わせていない。
結局のところ、私とゆずとの繋がりは連絡が取れなくなってしまった時点で終わっていたのだ。
認めたくなかった結末に、自然に涙が頬を伝っていく。
それを悟られないように、声を少し張り上げて誤魔化していた。
「ねぇゆず。今、幸せ?」
いつの日か聞いたことを、改めて彼女に問いかける。
以前のように即答はされず、少し時間を空いてから返事が届いた。
「……えぇ。今度、籍を入れることになったの」
「そっか……。おめでとう」
自分と違う道を進んだ彼女の一言に心を痛めながら、祝福の言葉を告げる。
相手が同性か異性かなんて、どっちでもよかった。
最愛の人の人生で一番幸せなタイミングにお祝いが出来て良かったんだと、今の自分なら言い聞かせることができるから。
「じゃあ、元気でね」
「…………えぇ、またね」
それが実現することはないと知っていても、そう言ってくれるだけで満足し通話を切る。
告げられた現実が鋭い刃物のようになって、私の心臓をまだ刺しているような痛みだけが残る。
今は、ただ辛いという気持ちだけしか湧いてこない。
それでも、今までの躊躇いと向き合ったことだけはちょっと進歩したのかもしれなかった。
暗くなった空に輝きを求めるように、顔をゆっくりとあげる。
満天の夜空とまではいかなくても、暗闇の中からは小さな星の光が散りばめられていた。
「…………さようなら」
その空に別れ告げて、ずっと溢れ続ける涙をようやく拭いながら、私はようやく前へと歩き始めていた。
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