後悔と躊躇い 103日目(season2)

 夢の中で、かつての思い出が走馬灯のように蘇る。

 初めて告白を受け入れてくれたこと、一緒に文化祭や修学旅行の観光地を回ったこと、お互いの将来について話し合ったこと。

 それから卒業の日を迎えて、違う道に進むことになっても二人ならやっていけると信じて疑うことすらなかったこと。

 しかし、実際はお互いの時間が合わなくなり、次第に相手のことを後回しにしてしまい、私たちが大人と呼ばれる頃には彼女の存在すら心から消えてしまっていた。

 そこで、私は現実の朝日に脳を起こされる。

 相変わらず昔の自分の振る舞いに嫌気のさす夢だったが、今は少しだけ心が軽くなったような気がしている。

 

「相手のことを否定してまで、か。……そんな風に考えてたわけじゃなかったんだけどなぁ」


 幸谷さんに言われた言葉が、鋭くも温かく胸に響く。

 口でなら簡単に否定は出来るけど、今までの行動が彼女の一言を裏付けてしまっている。

 もしかしたら、本当に私は彼女──ゆずと一緒にいた時間を無かったことにしたかったのかもしれない。

 それが真実なら、最近の私の言動も合わさって自身の幼稚さに情けなくなっていた。

 

 ……でも、今まで抱えてきた感情も過去も、否定はしたくない。


 その想いに嘘はない。

 自分の胸の内を認識しただけで、今までの迷いが晴れて少し前が見えてきたような気がしていた。

 それがまた揺らがないうちに、ベッドから身体を起こして出かける用意を始める。

 私には、まずやらなければならないことがあった。



* * *



 数日ぶりに出社した職場は私がいなくても気にすることなく稼働していて、私の行なっていた仕事も先輩がそつなくこなしてくれる。

 そうでなければ会社は回らないのだが、自分の居場所がなくなったような気がして少し落ち込んでしまう。

 そんな私が感傷に浸る時間はなく、今回の無断欠勤に対して多くの人からの注意が待っていた。

 本来ならあるまじき行為ではあるけれど、私がまだ新人ということと先輩も一緒に頭を下げてくれたことで今回だけは多めに見てもらえることになり、上層部の方々全員に謝罪を済ませてようやく胸を撫で下ろしていた。


「やっと終わった」


 一緒に謝罪でついて回ってくれた先輩が、緊張が解けて穏やかな口調でそう呟く。

 本当なら恨み言の一つや二つ言われてもおかしくなはいのに、この人はそんなことは一切口にせず淡々と説明とフォローをしてくれた。

 これが大人なのかと思うと、自分の未熟さが余計に目について居た堪れなくなってしまう。

 その不甲斐なさを払拭しようと、彼女に大きく頭を下げる。


「今回は色々ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


 私の謝罪に先輩は特に返事をすることはなく、けれども隣から感じる雰囲気は怒りではなく、もう過ぎたことだと言わんばかりに黙って隣を通り抜けていた。


「……お昼からは忙しくなるから、今のうちにしっかり休んでおきなさい」


 彼女はそれだけを言い残して、一人先に去っていく。

 その間際に見えた表情は、少し笑っているようにもみえた。

 その優しさに今度は甘えることはなく、自分で迷惑をかけた分を取り戻そうと意を決して、その背中を見送っていた。 



 お昼休みが終わってからは彼女の宣言通り多大な仕事量が私たちに襲いかかり、息つく暇もないぐらいに時間が進んでいく。

 そうして今日の分が終わった頃には、外はすっかり暗闇に染まっていた。


「お疲れ様でした」


 職場の人たちに別れを告げてから、一人帰路に着く。

 外はすっかり冷え込んでいて、軽く口を動かすだけでもそこから漏れる息は白くなっていた。

 身も凍りそうな空気に長く留まりたくはないので、通い慣れた帰路を早足に進んでいく。

 次第に遠くにある市街地の灯りが近づいてきて、賑やかな声も一緒に聞こえてくる。

 その道のりの途中で何気なく見上げてみると、寒空の中から星が現れその光が夜に輝きをもたらしていた。



 ……ゆずも、この空を眺めてるのかな。



 この空は繋がっていると、崇高な人がそんなことを言っていた。

 それが本当なら、私たちの想いも繋がっていてほしいと何度も願った。

 そうなっていない現実に、恨みすら込み上げたこともあった。

 

 ──もし、彼女もこの星を見上げているのなら、今からでも繋がれるのかな。

 その時、私は彼女に何を伝えるのだろう。

 

 私の躊躇いに足掻くように、微かに残る最後の気持ちを確かめるために、道の端に寄って鞄に閉まっていたスマホを取り出す。

 ある程度操作して画面に現れたのは、ずっと消さずにいた想い人の連絡先。

 過去に何度も迷いながら押せなかった相手へ向き合う決心をようやく固め、前へと踏み出すために私はその繋がりを辿りはじめていた。

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