あなたと私 74日目➂

 小さな空間に響く声が、一瞬だけ私たちの時間を止める。

 去ろうとしていた私を引き留めるように向けられる視線は、今まで見たことのないほどに鋭く、そしてしっかりと瞳の中の人を捕らえていた。


「口を挟んですみません。でも話を聞いていると、先輩は自分のことを何処か置き去りにしているような、その人のことを大事にしすぎて本当の気持ちを隠してしまっているような、そんな気がするんです」


 優しく、それでもしっかりと喋る声は仕事で聞いているものとは違って芯があり、その一言ずつに言い表しきれない説得力が生まれていた。


「……そうはいっても、難しいのも事実だと思います。そもそも同姓同士だから、良くなっているとはいえまだ周りからの目は気になるだろうし、自分が一緒にいて本当に良いのか不安になって悩むことだってあると思います」


 まるで心の中でも覗き見たかのように感じていたことを言い当て、抱えていたものが胸の奥で騒ぎだしてまた身体を蝕もうとする。


 でも、その言葉の中から暖かさのようなものもじんわりと伝わってきていた。



「その人と一緒になって、思い描く理想には届かないかもしれない。私たちはもう大人だから感情に任せて動くことも難しくて、そのせいで今以上に苦しい思いをすることだってあるかもしれない。——それでも、先輩にとって傍にいて欲しい人って、誰ですか?」



 投げかけられた問いに、私の心は迷うことなく鈴音を思い描く。


 そんなの、最初から決まっていた。

 前に進めなかったのは、私の進む未来に鈴音を連れていくことを恐れていたから。

 家族のことで一歩進んだ彼女に、あの頃から何も変わっていない自分が、並んでいられる自信がなかったから。



 自分のせいで、鈴音を不幸にさせたくなかったから。


 

 ——でも、やっぱり私は鈴音と一緒にいたい。

 小松さんの言う通り、この先何があるかなんて分からないし描いていた未来に辿り着けないかもしれない。

 けれど、そのことに怯えて立ち止まっていたのではいけない。

 鈴音は前に進んでいるのなら、私だって進まないといけない。

 遅くても、追いつけなくても、同じ道を生きていたいから。



 気付かされた想いに、不意に涙が右頬を伝う。


「ご、ごめんなさい! 言い過ぎましたよね?」


 それに慌てて小松さんが勢いよく頭を下げて謝るが、それを手で止めて制する。


「全然。むしろ、聞いてくれてありがとう」


 口でそうは言うけれど、まだ涙は止まりそうになく今度は両目から抑えていた気持ちと一緒に流れ始めていた。

 どんどん悪化する表情に後輩はおろおろしているけれど、それに反して抱えていたものがなくなり、ようやく胸の中がすっきりとしていた。



 ——会いたい。

 鈴音に、会いたい。

 そして、話したい。

 私の気持ちも、彼女と歩くこれからのことも。

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