金魚と灯籠 71日目

 午後六時を知らせるチャイムは私の部屋よりも遠くから聴こえてきて、一週間の終わりを告げるそのメロディに耳を澄ませながら、何気なくしていた夕食の準備をしている光景がはっきりと見えてくる。

 以前は蝉の鳴き声でかき消されることの方が多かった時報の音も、今はそれを遮るものがいなくなり、耳に入ってくる音色としては心地良いものだった。


 けれど、それは私の身体には響くものではなく、漫然としていた料理の手を止めさせるにすぎない。

 

「……もうすぐ、月曜日かぁ」


 その音を背景に私の脳裏をよぎるのは、咄嗟に出てしまったあの告白の言葉だった。



* * *



 今思い返してみても、あの時の行動は少し大胆過ぎたのではないかと取り戻した理性が私に訴えかけてくる。

 これからも変わらずに一緒にいてほしいということを打ち明けたかっただけなのに、三咲と話す度に隠していた想いが私の心を蝕み、抑えきれない本能が無意識の内に彼女を欲するようになっていた。


 それほどにまで隠していた本当の気持ちは強く現れ、意図せず告白してしまったことで私たちの関係は大きく変わろうとしていた。



 これから先、三咲とはどんな風になっていくのかはまだ全く見えていない。

 ただ一つ分かるのは、もう過去には戻れないということだけだった。



* * *



 休憩がてらに、テーブルに置いてきたスマホを片手に取って何となく起動してみる。

 広告メールやお知らせは何通か届いてはいるけれど、肝心の人からの連絡はやっぱりきていなかった。


 あんなことのあった後なのだから、送りにくいよね。


 その気持ちを分かっていながらも、今日も残り六時間を切っていることに内心焦りを感じ始めている。

 どうあっても、私たちはまた朝の通勤で会うことになるだろうし、そうなった場合どんな顔をすればいいのか考えすら浮かんでは来なかった。


「……三咲」


 止まることのない時計の針を一瞥してから、願うように想い人の名前を口にする。

 

 

 その呼び声が、彼女にも届いてほしいと今はそっと願いをかけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る