母と娘 57日目
お盆休みもいよいよ最終日を迎え、お昼を過ぎるとあらゆる交通機関が離郷する人たちで溢れかえり、駅近くのバス停でもテレビで何度か見たことのある人の渋滞が起きていた。
「気をつけて帰りなよ」
「お姉ぇも、お仕事頑張って」
「ありがと。でも、次来る時はせめて前日には連絡して」
今日で帰る一葉に別れの言葉をかけながら、互いに明日からの毎日に健闘を祈る。
周りには、私たちと同じように見送りに来ている人が多くいるので、どことなく哀愁が漂っていた。
「鈴音さんも、色々ありがとうございました」
私と一通り話し終えると、今度は隣にいる鈴音にも挨拶をして深く頭を下げる。
今日この時間に帰ることを伝えたら、私も見送りに行きたいと言っていたので彼女もこうして出向いてくれていた。
「こっちこそ、迷惑かけてごめんね。あと、色々教えてくれてありがとう」
「……お姉ぇのこと、お願いしますね」
私の知らない間に二人で何か会話でもしていたのか、意味深なやり取りに頭の上に疑問符が浮かんでしまう。
なにはともあれ、一葉には後でこれ以上鈴音に迷惑をかけないように言っておいた方がいいかもしれない。
そんなやり取りを終えたのと同時に、妹の乗るバスの発車案内がアナウンスされていた。
「じゃあ、私帰るね! また来るから!」
その放送を合図に、余韻に浸る間もなく乗り場へと走っていく。
最後まで落ち着きのない姿に今後が不安になるけれど、唯一の家族に二人で手を振って送り出していた。
「帰っちゃったね」
「やっと部屋が静かになるよ」
遠くなっていく姿に鈴音がそう呟くのに対して、私は悪態をついて応える。
その一言に、彼女はおかしそうに笑っていた。
その顔にもう曇りはなく、結果はどうであれ迷いが消えてようやく一歩進めたことに、不思議と自分のことのように嬉しさが込み上げていた。
「……ねぇ、三咲」
姿が消えたのを見計らって、鈴音が私の名前を呼ぶ。
「今月入ってから、ずっと迷惑ばかりかけたよね。ごめん……。このお礼は、どこかでまた——」
最初は大人しく話を聞いていたのだが、途中から後の内容が想像できてしまったので手を突き出してストップのポーズを取る。
「別にそれが欲しくてやったことじゃないから、気にしなくていい。それに、迷惑をかけられたなんて思ってないし……一人じゃないんだから、抱え込まなくたっていいんだよ。愚痴ぐらいなら、いつでも聞けるから」
すぐに謝って何かをしようとする鈴音だけれど、それが目当てでもなければ素性を知ったから漬け込もうだなんてことも考えてすらもいない。
全ては、鈴音に笑っていてほしいから。
それが嘘偽りのない本心なのは確かだけれど、改めて口にすると少し恥ずかしくなってきて目を合わせづらくなってしまう。
「…………本当に、ありがとう」
何も返さないことに躊躇いがあったのか少し間があいてしまったけど、それでも私の気持ちは受け取ってくれたようで再び笑ってくれていた。
それを見て、ようやくいつもの様子に戻ってくれたことに安心した私も表情を緩ませる。
連休も終わりを迎えて、明日からはまた仕事の日々がやって来る。
その日常に、鈴音が変わらずいてくれる現実に今は十分な幸せを噛みしめていた。
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