母と娘 55日目①
連休に入っても部屋に居ついている一葉から案の定何処か行こうとせがまれ、その途中で鈴音も誘おうと言いだし、物は試しでかけた電話に本人も乗り気で応えてくれたため、結局三人であちこち出掛けて、また一緒に時間を過ごすことになっていた。
「そういえば、奈緒さんのお店には行かなくていいの?」
そんな一日もそろそろ終わりを迎え始めた頃、夕食を終えて帰路に着こうとしたところで突然一葉がそんなことを言いだしてくる。
「それは一葉が帰った後にね」
それだけ告げて帰ろうとするが、抗議の声が後ろからすぐに飛んできていた。
「せっかく三人でいるんだから、行ってもいいじゃん」
「未成年が行く場所じゃないから」
妹の意見を跳ね除け、今度こそ駅に向かおうとしたところで、今度は隣から手が上に伸びてくる。
「……あの、私も少し奈緒さんとお話をしてみたいので、私たちが保護者ってことでどうでしょう?」
まさかの申し出に驚いている間に、彼女の発言に乗っかるように背後で一葉が拝みだしている。
身内だけならまだしも、鈴音まで行くとなると流石に断りにくさが増してきていた。
かといって二人だけで行くと言えば、帰るふりをしながらついて来そうなので、追い返すだけでは意味がない。
思わぬ要望に頭を抱えている間にも、妹と想い人の期待が同時に胸に突き刺さり、変にたじろいでしまう。
こんな形で選択を迫られ、私の回答を待つ沈黙の時間に私は刻一刻と追い詰められていた。
* * *
「——それで、結局三人で来てくれたってわけね」
「なんか、ごめん」
「そこは気にしてないし、一葉ちゃんも補導時間までに帰ってくれたらそれでいいから」
あの懇願からおよそ十五分後、私は何時も通っているバーに来ていた。
鈴音と一葉を引き連れて。
「それにしても、鈴音が悪女じゃなくてよかったわね。もし人をたぶらかすような性格だったら、今頃良い様に利用されていたわよ」
注文したカクテルを差し出しながら、奈緒が奥の席にいる二人を見ながらそんなことを呟いている。
そんなことをする人じゃない、と普通なら否定するところだが、それよりも先に不敵に笑う鈴音の顔が頭の中に浮かんできていた。
今よりもずっと鋭い目つきでに人を見下しているような態度で、今の彼女から大きくかけ離れてしまい現実ではあり得ない顔だと十分に分かってはいる。
しかし妙に脳裏に焼き付いてしまい、これはこれで一度見てみたいようなそうでもないような、何とも言えない好奇心が渦巻いていた。
それに、この顔何処かで見たことあるような……。
「……ちょっと、鈴音で変なこと想像してない?」
奈緒の一言に現実に引き戻され、見慣れたバーの店内が視界いっぱいに広がる。それと一緒に、さっきまでの空想を嗅ぎつけられてしまい、大きく肩が動いてしまっていた。
「そ、そんなことするわけないでしょ」
反応からして既に手遅れではあるが、それでも認めるわけにはいかず否定をする。
「どうかしました?」
「な、何でもない。別に」
そこへ空気を読んでか知らずか、本人が背後から私たちに声をかけてくる。
勢いよく振り返り大丈夫と伝えるが、変わらず首を傾げたままだった。
そんな私を奈緒はカウンター越しにニヤ付きながら一瞥して、改めて鈴音に顔を向ける。
「そういえば、私に話したいことがあるって聞いたけど?」
姿を見てふっと思い出したかのように私から聞いたことをそのまま訊ねて、会話の相手を鈴音に切り替える。
その言葉に救われながら、私も気にはなっていたので耳を傾けていた。
「それなんですけど」
朗らかな表情で、奈緒の質問に答えようとする。
瞬間、店の扉が開き吊るされているドアベルが店内に響き渡る。
「いらっしゃいませ——」
「こんなところに出入りしているなんて。どういうつもりなのかしら」
奈緒の挨拶を完全に無視して、険しい顔の女性が入店して開口一番にそう告げだす。
以前も似たような光景を見た私とトラブルには慣れている奈緒はその人物の登場を静観し、初めてみる一葉は鈴音の厳しい表情とこの場の雰囲気に動揺をしていた。
「…………お母さん」
裏通りの小さなバーで、鈴音のお母さんは再び姿を現わしていた。
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