母と娘 54日目

 部屋にある時計が、もうすぐ正午を指し示そうとしている。

 世間では連休の真っ只中だけれど、ここ最近の騒動と単純な気温の高さであまり出かけようという気分になれず、今は寝室の一角でぼんやりとしていた。ようやく帰ってこれた部屋の安心感と、窮屈な家族の悩みで胸のざわつきがまだ収まらず不安定な気持ちが続いてしまって身も心も休まる時が過ごせずにいた。

 そんな安定しない気持ちの中、毎日のやり取りをするように今日もメッセージアプリに通知が届く。

 差出人は見るまでもなく三咲で、開いてみると一葉ちゃんが撮ったであろうツーショット写真が何枚も送られていて、姉妹揃って楽しそうにしている。

 私に気を使って写真を撮っているのかまでは分からないが、中のよさそうな姿を見る度に口元が緩みだしていた。



 三咲に過去のことを話してから一日と数時間が経つけれど、態度が急変したり嫌悪したりする様子はなく、今も普段通りの態度で接してくれている。

 あまり過去のことを話したがらない理由の一つに、森野の家系だと分かった途端に媚びて取り入ろうとする人や、裕福な家庭であることに嫉妬して恨み言を吐かれることが何度かあったことが、今でも尾を引いてしまっていた。

 けれど、三咲は全てを知ってもなおも変わらない態度でいてくれる。

 まだ問題が解決したわけではないけれど、自分にとって支えになってくれる人がいてくれることが、心底嬉しかった。

 


 ——また、声が聴きたいな。



 そう思っていた矢先に、今度は彼女から電話が掛かってくる。

 突然の呼び出しに驚くことはなく、むしろ名前の表示を見るだけで今までかかっていた胸の靄がなくなって晴れやかな気持ちになっていた。


「もしもし?」

「もしもし。ごめんね、急に電話かけて」

「ちょうど暇を持て余してたから大丈夫だよ。それで、どうかしたの?」


 ついこの間会ったばかりなのに、久し振りに再会できたような高揚感に包まれながら電話に出ると、後ろからは車の音や人の声で随分と賑わっているようだった。


「今妹と外に出てるんだけど、良かったら一緒にお昼でもどうかな……っていうお誘い」


 最後が取ってつけたかのように聞こえて違和感を覚えたけど、後ろで一葉ちゃんの声がしきりに何か言っているので、彼女が気を使ってこうしてかけてきてくれているようだった。

 

 出会ってもうすぐ二か月が来ようとしているのに、まだ人と接するのに慣れていないところがあって言葉の節々にたどたどしさが残っている。それが普段の鋭い印象からかけ離れているのが妙に可愛くて、思わず笑みがこぼれていた。



「うん、いいよ。どこかで落ち合おうか?」


 しばらく引きこもりがちでもあったので、気分転換も兼ねて快く誘いに応じる。

 そうと決まれば、スマホを片手にさっきまでぼーっとしていた頭は一気にさえわたり、集合場所を決めながら服や鞄を準備し始めていた。



 一葉ちゃんと、さっきまで何処を歩いていたのだろう。

 また大きなショッピングモールとかに連れて行かれたのかな。

 それとも、映画とか観るのに付き合っていたのかな。


 考えれば次々と聞きたいことが出てきて、速る気持ちが大きくなる分期待値も膨らみ、合流する前から聞きたいことや話したいことが次々と浮かびだしていた。



 

 早く、会いたいな。




 初めて出会った心から信頼出来る人の元に駆けだしたくて、急いで自分の部屋を飛び出していく。

 今となっては、外の暑さなんて差して気になるような問題ではなくなっていた。

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