母と娘 53日目
お盆の連休が始まって二日が経つけれど、普段することに大きな変わりはなく、今は燦々と降り注ぐ太陽の下で洗濯物を干していた。
その後ろで、熱さに完全に伸びてしまっている妹が両腕両足を大きく広げて床に寝転がっている。
個人的なスケジュールの区切りが良いからという理由でお盆の最終日に帰ると言いだし、それまではこの部屋に居つくつもりでいる妹に呆れながらも、頭の中では違う人に送るメッセージのことを考えていた。
昨日の夜に告げられた鈴音の過去を知ってから今までの不可解な態度に合点がいき、その境遇に小さい頃の私にも通じるところがあるので、理解されない苦しさを少しは理解できているつもりでいた。
だからこそ、この話を本当に私が聞いて良かったのかと疑問に今も付きまとわれていた。
鈴音にとってその思い出は一番触れたくないことのはずなのに、わざわざそれを伝えにきたということは過去と向き合うための覚悟をしたと受け止めて問題はないと思う。
その決意を示す相手が今までお世話になってきた祖母とかではなく、まだまだ付き合いの短い私を選んでくれたことに何をどう返せば彼女の助けになるのか、その答えはまだ見えてきてはいなかった。
「……ねぇ、一葉」
洗濯物を終えて部屋に入ってリビングにいる妹に、それとなく声をかける。
聞こえていた一葉は、その場でゆっくりと身体を起こして床に座り直していた。
「鈴音は、何で過去のことを私に話したんだろう」
私より他人と交流が多い妹なら、建設的な意見がかえってくると思ってぽそっと呟いてみる。けれど、そのぼやきに妹はどういうことか小さく溜息を吐いていた。
「何でって……。そんなの、お姉ぇだからって答え以外ないと思うよ」
「私、だから?」
意外な一言に目を丸くしてしまい、考える頭が一瞬止まってしまう。
その間も、一葉は自分なりの見解を披露していた。
「お姉ぇに知ってほしかったんじゃない? 自分の生い立ちとか、今悩んでいることとか。自分の辛い記憶なんて、よほどのことがない限り普通は話したいとは思わないから、鈴音さんにとってお姉ぇはそれだけ大きな存在ってことだよ」
そう話す妹は、何処か得意げで、まるでつい先日も似たようなことを経験してきたばかりといえるほどの説得力があった。
もし、そんな気持ちで選んでくれたのなら、数ある人の中で私のことを信頼してくれていたことにこの上ないぐらいうれしさがこみ上げてきて、顔がにやけそうになる。
「けど、私じゃ鈴音に出来るアドバイスなんて……」
それを抑えながら、未だ見えない解決の糸口に繋がりそうな言葉はまだみつかりそうにない。
そんな姿をみかねた妹は、一呼吸おいて私の台詞に続きだしていた。
「お姉ぇ、鈴音さんが悩んでるからといって何か言おうとしたり、無理に役に立とうとかしなくていいんだよ。自分で何とかしないといけないのは本人が一番良く分かってることだから」
一葉からの一言に耳を疑い、堂々巡りをしていた思考が一気に晴れわたっていく。
「それに、ただ寄り添ってあげるだけでも十分力にはなるから、よっぽど手助けが必要な時以外は見守るだけでいいんだよ」
その選択を示した一葉はどこか誇らしげに胸を張っていて、白い歯をみせながら強く笑ってみせていた。
「……そういう、ものなの?」
「そういうもの」
本当にそれだけでいいのか、まだ鵜呑みにしきれずに僅かに残る疑念を妹に向けてしまう。それも跳ね除けるように表情や態度が変わることはなく、裏打ちされた妹の自信がちょっとのことで揺らぐ様子をみせない。
——そこまでいうのなら、今は妹の言葉を信じてみよう。
そして、鈴音が話してくれた気持ちを受け止めよう。
「一葉がそこまで言うなら、それを信じてみるよ」
私の答えに一葉は納得して頷き、いつものように明るい声を響かせはじめる。
一つの選択肢をくれた唯一の家族に感謝をしながら、普段通りの挨拶をメッセージアプリで鈴音に送ってみる。
これからの彼女の決断で、自身の家族や過去のトラウマにどんな結末が訪れるのか。
今はそれを見守りながら、どんな形になってもそれを受け入れようと静かに誓っていた。
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