姉と妹 48日目➁

「お姉ぇ、次はあっち!」

「分かったからもう少しゆっくり歩きなさいって」


 夏の太陽は気がついた時には頭上にまで昇り、その日差しを避けるかのように私たちは普段使う駅の隣にあるビルに来ている。

 事の発端としては、一葉ちゃんが朝からどこかに出かけようという話を持ち出し、それに三咲が渋々応じて後ろを私が着いて行くという形でここに来ることになった。

 そして今は、元気いっぱいな妹とそれに振り回されるお姉ちゃんを遠くから見守るように眺めていた。

 

「なんかごめん。こんなことに付き合わせてしまって」


 一葉ちゃんがショーウィンドウに飾られている商品に目を奪われ、しばらく動かない隙を着いて隣に来た三咲から謝られてしまう。


「全然気にしてないから大丈夫だよ。むしろ、今まで見たことない一面が知れて楽しいよ」


 実際、お昼代を一緒に出したり荷物の一部を持ってあげたりと面倒見の良い姿よくあるお姉さん像そのもので、それを見ているだけでも新しい発見をした気になれていた。


「それなら、まぁ……。でも、しんどくなったら言ってよ」


 普段しない姿を見られて照れ臭そうに頬を掻いて、話す途中口ごもっている。


きっと、私を気遣う姿勢は妹さんから来ているのだと一人納得していた。


 そうこう話している間に、一葉ちゃんがこっちに戻ってきているので三咲も駆け寄っていく。



 ——あの二人を見てると、ちょっと羨ましいな。



 そう感じてしまうのは、私があまり兄妹と仲がよくなかったせいか、それとも親しい人間関係を築けてこれなかったからなのか。

 過ぎたことを悔やんでも仕方がないとは分かっていても、仲の良い姉妹の姿を見せられるとどうしても過去の自分の兄妹関係と比べてしまっていた。



 くよくよするのは止めようと古い記憶を払い落として二人に合流しようとして——瞬間一葉ちゃんと視線が重なる。



 その瞳はしっかりと私を捉えていて、離そうとしていない。

 不思議と引き寄せられるその力に、私の動きは次第に硬直していくばかりだった。


「鈴音、こっち」


 そこに、三咲の声がして我に返る。

 隣でいる一葉ちゃんは大袈裟に手を振ってこっちに招いていて、さっきの力強い目は何処かへ消え去っていた。



 気のせい、かな……。



 どうにもスッキリはしなかったけど、二人を待たせては申し訳ないので深く考える事は後に回して彼女たちの元に近寄っていった。



* * *



 それからというもの、一葉ちゃんの勢いはとどまることを知らずあちこちを動き回り、それにずっと付き合っていた三咲は部屋に戻ってきた時には流石にお疲れの表情を見せていた。


「振り回しすぎちゃいましたね」


 帰ってきて皆で一息ついている間に、彼女の瞼は落ちてしまい今はふて寝をするようにテーブルの上で背を丸めて眠ってしまっている。その様子を目にした一葉ちゃんは、申し訳なさそうに小さく呟き姉に謝っていた。

 

「ずっと付き合ってくれてたから、今はそっとしておいてあげようか」

「……そうですね。次からは、ちょっと抑えます」


 私の言葉も素直に受け止めてくれて、疲れた姉を優しく三咲を見つめている。


 その眼差しは慈愛に溢れていて、さっきまでの溌溂とした印象からはとてもかけ離れた印象を与えていた。


「じゃあ、私たちは夕飯買いに行きませんか? 冷蔵庫の中にもう三人分の食料はないと思うから」


 少ししんみりとしてから一転してすぐにまた明るい口調に戻り、私を買い出しに誘ってくる。


「構わないよ」


 彼女の言う通り、朝ご飯を作っていた時にはもう食材とかはほとんどなくなっていたのを覚えているで、何処かで買いに行こうとは考えてはいたから快く承諾をしていた。


「ありがとうございます。……それに、少しお話したいこともあるので」


 喜ぶや否や、今度は神妙な面持ちになってそんなことを言いだすので、ますます一葉ちゃんの言動が読めなくなってくる。



 初めて見る顔だから、警戒されているのかな。



 ここで三咲を無理に起こして連れて行くのはしのびないし、かといって二人きりになるのは何かを企みがあるのかと色々勘繰ってしまう。

 とはいえ、このままでは寝ている友達を起こしてしまいそうなので、ひとまずは二人で買い物へと出かけることにした。



* * *



 前を歩く一葉ちゃんに警戒しながらついていくけれど、近くのスーパーについた時も食材を選んでいる時も何も喋ってくることはなく、遂には会計を済ませて再び外に出るまで深刻そうなことは一言も発しては来なかった。



 結局、話って何だったんだろう。



 絶えない疑問を抱えながら、買い忘れたものがあったと言って戻っていた彼女を待っている間もどかしい気持ちでずっとその時を待っていた。


「お待たせしました」


 ようやく出てきた一葉ちゃんの手には、小さなペットボトルが両手に一本ずつ握られている。


「何が良いか分からなかったのでとりあえず麦茶にしたんですけど、大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫だよ」


 気を使って訊ねてくるところが何だが三咲の姿と重なり、根本的な優しさは同じだったので、やっぱり姉妹なんだなと思わせられてしまう。


「じゃあ、戻りましょうか」


 そう言って、彼女は再び前を歩き始める。

 その歩幅は、行きの時とは違いゆっくりと短い足取りに変わっていた。


 それからしばらくは、再び大した話題もなく一葉ちゃんはさっき買ったお茶を飲みながら歩いている。


 このまま何もないまま終わってしまうのかな。


 ただの思わせぶりなだけかと考えていた矢先、軽快に進む足が急に立ち止まっていた。


「——ところで、鈴音さんってお姉ぇの過去のこと何か聞いてたりしますか?」


 いきなりそんなことを訊ねてきて、思わず目を丸くしてしまう。

 その問いに、今の私たちの関係ではすぐに『はい』とは言えることはなかった。


「いえ、特には」

「そっか。そりゃそうですよね。お姉ぇ、自分のことほとんど話さないから」


 言いながら振り返ってみせる顔は、私には何だか悲しそうに映しだされていた。



 この間会った奈緒さんも、三咲のことになると何かと気にかける様子をみせている。

そして、その本人も何処か寂しさを背負ったような雰囲気を稀に出していることがある。


一体、三咲の過去に何があったの……?



「それじゃあ、これから話すことは私が喋ったってお姉ぇには絶対に言わないでください」


 私の気持ち気づいてか知らずか、タイミングよく一葉ちゃんははっきりとした声で念を押しながらそう告げてくる。

そこに、昼間の時にみた元気な様子は何処にも存在しなくなっていた。



それは、触れることにずっと躊躇っていたことで、それが聞けるのならちゃんと聞いてはみたい。

けれど、その前に私は躊躇する理由をちゃんと確認しなければならなかった。



「……それって、私が本当に聞いてもいいこと?」

 

 ずっと聞きにくかったことを、実の妹さんが教えてくれようとしている。

 けど、それは三咲自身がずっと言おうとしなかったことなのに、本人がいない所でこんな形で聞くのは罪悪感が心を蝕んでしまっていた。

 それに、いくら身内とはいえ家族の過去を勝手に話してしまうのは一葉ちゃんにとってもよくはないことじゃないかと疑ってしまうところでもあった。


 それでも、彼女は食い下がるようにして頭を下げてくる。


「鈴音さんだから、聞いてもらいたいんです。今、近くでいてくれるあなたにちゃんと姉さんのことを知っておいてほしいんです」


 まるで懇願するような勢いで話してきて、聞いているこっちが落ち着いてと抑えてしまう。



 そこまでして頼むほどに、三咲の見えないところで彼女は姉のことを想っていて、過去のことも単なる好奇心や何かを共有したいという軽いものじゃなく、本当に理解してほしいという気持ちが態度からもひしひしと伝わってくる。


 ここで背を向けると、それこそ自分の姉のためにここまでする一葉ちゃんの想いを踏みにじってしまうことになりそうで、とてもではないけれど私には断れそうになかった。

 


「……分かったよ」

「ありがとうございます」


 私の返事に、一葉ちゃんはもう一度深く頭を下げる。

 それを見て、一度大きく息を吸って聞き入れる覚悟を整える。

 今度ははっきりと視線が重なり、それに安心した彼女はゆっくりと言葉を紡いでいた。

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