姉と妹 48日目①

 閉じた瞼をこじ開けるように差し込む太陽の光に、それまで暗闇の中を浮かぶように漂っていた感覚は一気に覚めていき、八月のうだるような暑さに耐え切れずベッドから身体を引き剝がす。

 起きてすぐに時計を確認すると七時を過ぎていたのだが、既にキッチンの方から物音がしていて誰かが料理をする音が聞こえていた。


 おそらく鈴音が先に起きて、朝ご飯の準備をしているのだろう。


 私も手伝おうと足を床に向けたところで、隣にもう一つ見慣れた人物が布団の上で大の字になって寝ている。


「そういえば、昨日急に来たんだっけ……」


 床で心地良く眠る妹の姿に、昨日の騒がしい夜が蘇ってきていた。



* * *



「すみません、私もご馳走になってしまって」

「いえいえ、お構いなく」


 突然やって来た騒ぐ妹をとりあえず部屋に招き入れてから、同居するまでに至った経緯を説明しつつ一緒に夕飯を食べ終えて、今は椅子にもたれかかりながらくつろいでいた。

 

「それにしても、お姉ぇにこんな素敵な人が出来るなんてね」

「ちょっと、言い方」


 一葉が私たちの関係を匂わせるような言い回しをするので、脇を小突いて制する。

 そのやり取りを見ていた鈴音は、苦笑いで妹の言葉に反応していた。



 ——普通、そうなるよね。



 本当になんでもない間柄なのだから、そんなリアクションをとるのなんて当たり前じゃないか。

 それが当然の態度だと理解していても、いざ実際の表情を見ると心の片隅で何かを期待していた反動で少し残念な気持ちになってしまっていた。

 

「一葉ちゃんはどうしてここに?」


 何とも言えない空気になり始めたのを察してか、今度は鈴音から話題を振っていく。


「来週私が応援してるバンドのライブイベントがこっちであるんですよ! その前は部活で県外に遠征してたから、出るのと一緒にこっちに来て遊んで帰ろうかなって思って勢いで来ちゃいました」

「……すごくタフだね」

「ただの体力馬鹿なだけだから」


 昔から妹は外で長時間遊んでも足りないと駄々をこねるほどに体力が多く、今はテニス部を中心に色んな部活の助っ人に行ったり、地方の好きなイベントに部活帰り感覚で参加する日々を送っている。

 姉としては、一葉も高校二年生の後半に差し掛かるのでそろそろ進路を気にした方が良いんじゃないかと思うのだが、それは本人の意思もあるのであまり口出しをしてはいない。


 それに、妹のことになると真っ先に両親が動くのでそれ以上の心配はしないようにしていた。

 

「ところで、鈴音さんは兄妹っているんですか?」


 部屋に入ってからずっと彼女に興味津々だった妹は、観察するように眺めるのと一緒にその質問を何気なく投げかけてみる。



 それを聞いた途端、鈴音は私から見て明らかに顔色が悪くなり身体の動きも鈍くなっていた。



「いるにはいるよ。……でも、働き始めてからは忙しくて連絡取ってないな」


 いつもの温もりのある声は成りを潜め、ただ淡々と答える彼女は洗い物の水を止めてこちらにやってくる。



 その瞳には、知られたくないことを避けるかのように目の焦点が泳いでいた。



「そうなんだ。兄妹って何人いるの? もしかして、末っ子? ご兄妹ってどんなことやってる人たちなんだろう」

「——一葉!」


 妹の好奇心に火がついてしまったみたいで、兄妹についてあれこれ質問を飛ばしてくる。その様子に鈴音はたじろぎ、尚且つ答えにくそうに口をもごもごさせているのを見ていられなくなり、思わず大声を上げて割って入ってしまっていた。


「先にお風呂入ってきなさい。汗臭いよ」

「……妹に向かってひどい言い様」


 私の反応に鈴音を一瞥した一葉は、私の意図を少し察してくれたのか言った通りにお風呂に向かう。

 言うとおりにしてくれた一葉にほっとして今度は鈴音に顔を向けるが、未だ緊張の解けない彼女は警戒した様子で私の妹を見つめていた。



* * *



 あんなことのあった翌朝だから、率直に触れていいのか分からず言葉に迷ってしまう。


「あっ、起きてたんだ。おはよう」

 

 リビングに入る前で何て話そうか考えていたところを不覚にも見られてしまい、挨拶をかけられる。

 その声はいつもの調子に戻っているみたいだったので、とりあえずは安心していた。


「おはよう。手伝うよ」


 流れにつられ、そのまま挨拶を返し彼女の横で朝御飯の用意を手伝う。

 鈴音はサラダを作っていたのでしばらくは隣でソーセージなどの焼き物を作り始めるが、昨日の一件のせいか泊まりに来ている中で一番朝の会話が少ない。

 かといって、露骨に蒸し返すのも余計に気まずくなりそうなので、言葉が喉の奥で詰まってしまう。



 ……でも、流石にこのままじゃ駄目だよね。



 一葉に悪気はなかったとはいえ、触れてほしくないことに触れて気を悪くさせてしまったことには変わりはない。

 妹には後で言って聞かせるとして、ここで私が何も言わないのも不自然な話だった。


「……あのさ。昨日は、妹が色々聞いたりしてごめん」


 絞り出した勇気で彼女に謝罪すると、作業の手を止めてこっちに振り向いてくれる。


「……気にしないで。って言うと余計に気にしちゃうかもしれないけど、私は大丈夫だから」


 それだけを言うと、鈴音はにっこりと微笑んで妹のことを許してくれる。



 けれど、その笑顔は今までにないくらいに作り上げたもので、どこか無理をしているのが簡単に窺えてしまっていた。



「——って、三咲後ろ! 焦げてる!」


 彼女に集中していた意識はその一言で周囲に戻り、鼻には焦げた匂いが異様なまでについてくるので急いで振り返る。

 そこには、焼いていたはずのソーセージや目玉焼きが見事に黒く変色してしまい、ついでに煙も昇っていた。


「やばっ!」


 急いでコンロの火を止めてそれ以上被害がないか確認をする。

 幸いにも、朝食が焦げた以外の目立った外傷はなく大事に至らなかったので二人揃って安心の息を吐いていた。


「朝から仲良いね」


 そこに、ようやく起きてきた一葉がこの状況をにやにやしながら眺めている。


「見てる暇があるなら皿出して」


 その態度に流石にイラっときた私は、一葉を睨みながら手伝いを催促する。

 それに対して呑気な返事が返ってくるので、全く懲りていないらしくトコトコと食器棚の方へと歩いていた。


「……全く、誰のせいだと思ってるのよ」


 反省していない態度に悪態をつき、焦がしてしまった料理の後始末を始める。


 自分の妹ながら困った人だと頭を抱えてしまい、今までにないくらい騒々しい時間が訪れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る