沈むブイと浮かぶ石 41日目

 目が回るような仕事量に追われていた平日から一転して、休日になると忙しさにひとまずの区切りがついてのんびりとした朝を迎えている。

 普段ならこのまま昼前までゆっくり過ごすのだけれど、先週の後始末や夏の本格的な暑さ対策もしようと思い、今は一人でインテリアショップに来ていた。

 お店自体は全国展開しているチェーン店だが、ベッドシーツやマットに食器など生活に必要なものが綺麗に陳列されていて、生活する上で必要なものは大抵取り揃えられている。

 その店内を動きながらぐるぐると見回していると、目に映る商品がどんどん部屋の中に配置されて新しいレイアウトのイメージが勝手に沸いてくる。仕事ではこういったことに頭をほとんど使わないので、空想の中で部屋を作るのが少し楽しくなっていた。


「よっ、久しぶり」


 散歩のようにふらふらと進みながら奥にある納涼グッズのコーナーで商品を眺めていると、急に後ろから呼び止められる。その場で振り返ると、いつかのあのマスターさんが小さく手を振っていた。


「お久しぶりです。マスターさんも今日は買い物ですか?」

「まぁね。グラスとかコースターとか色々足りなくなってきたからさ」


 白い歯を見せて笑う姿は快活な性格そのものを現わしていて、まだ数回しか会っていないのにこうも親しく接してくれることにマスターさんの人柄が垣間見えていた。


「そういえば、まだちゃんと挨拶してなかったわね。私、幸谷 奈緒よ。よろしく」

「こちらこそ。私は」

「あいつから散々聞かされてるから大丈夫よ、鈴音」


 マスターさんもとい奈緒さんから改めて挨拶をしてくれたので、私も握手と一緒に返そうとしたら三咲を介して名前を含め色んな事が筒抜けだったらしい。

 前々から二人が長い付き合いであるのは知っていたけれど、彼女たちの話題の中に私がいることが嬉しい反面色んなことを共有しあえる仲が少し羨ましくもあった。



 もう少し早く三咲と出会えていたらなぁ……。



「ねぇ、鈴音」


 その輪にまだ上手く入れないことにモヤモヤしていると、再び奈緒が私を呼んでくる。


「あいつって、結構めんどくさいところもあるけど根は良いやつなんだ。だから、もしよかったら今後も仲良くしてもらえるかな」


 真っ直ぐ見つめてくる瞳には迷いも曇りもなく、純粋な気持ちが奥底に宿っている。



 きっと、これは友達としての心からの願いなのだろう。



 それを断る理由なんて私にはなくて、むしろこっちがお世話になっているのだからこれからも仲良くさせてもらってもいいのかと聞いてしまいたくなるほどだった。


「むしろこっちからお願いしたいくらいですよ。何かと迷惑をかけてしまっているので」

「……そっか。それなら、これからも三咲のことよろしく頼む」


 返事を聞いていた奈緒は、最初に見たきりっとした顔を崩して緩んだ笑みを浮かべている。

 三咲を見ていると時々孤独に生きてきたような雰囲気を感じることがあるが、そんなことはないんだと彼女の表情から知れて、私もどこか胸を撫で下ろしていた。


「あっ。でも」


 安心していたのも束の間、奈緒は何かを思い出したかのようにそう言いだす。


「一番の親友ポジションだけは置いといてよ」


 それだけを告げて、彼女は踵を返して何処かへと歩き出していた。



 そのポジションだけは、私は取れないような……。



 最後の意味深な発言に首を傾げ、変なことをしたかなと振り返ってみるがそれらしいところも思い当たらず、ますます謎が深まっていく。



 奈緒さんって、明朗快活なイメージがあったけど、もしかしたらミステリアスな人かもしれない。



 人は不思議だと昔の偉人が何処かで言ったような気がしていたが、その言葉の意味を少しだけ分かったようなそうでもないような、何とも言えない一幕になっていた。

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