沈むブイと浮かぶ石 40日目

「——じゃあ、また」

「はいはい。また今度ね」


 終電が近づき、好きな人のために何かできないかと悩む友人は納得のいく答えが出なかったことに渋い顔をしていたが、社会はそういった些細なことに悩む時間を与えてはくれないので、この件に見切りをつけてとぼとぼと歩きだしていた。

 離れていく背中に手を振って見送り、三咲も振り返してくれたのを確認してから私も店に入り仕事に戻る。

 カウンター席には、さっきまでいた彼女の注文した空きグラスが照明に当たって細く鋭い光を放っている。

 その光景に、つい数分前まで複雑な表情をしながら鈴音のことを考えていた彼女の姿がすぐに出てきてしまい、くすっと笑いが零れていた。



 高校を卒業してからの三咲は宣言通り就職を果たし、一度職場は変わってしまったがそれでも今は上手くやっているようで少し安心していた。

ちなみに、この進路決定に彼女の両親は反対もしなければ応援することもなく終始無反応で、その姿勢は最後まで変わることはなかったらしい。

 それからというもの、私たちは進学で一度離れ離れになっていたが大学生活を終えて父の店を本格的に継ぎ始めたころに再会をしていた。

 大人になって出会った三咲は以前とほぼ変わらず感情の起伏が薄いままで、それでも親から離れられたおかげか僅かに表情が柔らかくなっていた。

 その後は今の関係に落ち着き、三咲が定期的に店に顔を見せに来ては晩酌をするようになり、それが二年ほど続いてこのままの状態がずっと続くかと思ったら急に鈴音に恋心を抱くようになって、今はそのことで頭がいっぱいになっている。

 大人になってそれだけの変化に恵まれて、子供の頃に失っていたものをようやく取り戻せている様子を直に見守っていけるのが、長年連れ添った友達としては本望だった。



 ただ、正直な欲を言えば、その変化を与えたのが私でなかったことが悔やまれてしまう。



 仮に三咲と私が恋人として付き合ったら——考えただけでもめんどくさくてすぐに別れてしまいそうだった。

 でも、ずっと昔から見続けていた私では彼女の心を変えられなかったと思うと少し複雑で、鈴音に嫉妬をしてしまいそうだった。

 上手く消化しきれない感情に心のもやがどんどん大きくなっていくが、これ以上考えても仕方のないことなので今は胸の奥底にそっと仕舞い込んでいく。

 

 例え、鈴音との関係が上手くいったとしても、友達としてのこの位置は変わらないし譲るつもりは今のところはない。


 三咲と出会った当初から周囲に勝手に抱いていた対抗心に今も苛まれながら、私の仕事はまだまだ終わりそうになかった。

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