過去と現在 30日目

 日に日に大きくなる蝉たちの合唱は、会社の窓ガラスを超えてオフィスの中にも聴こえてくる。大半の人は、その鳴き声に外の暑さを連想してぐったりしているけれど、私には夏が始まっていることを強く実感させてくれていた。

 

「森野さん」


 午後からお客様の所に行ってまたプランの説明をするために、せっせと資料などの準備をしていたところに課長に呼ばれて駆け足で席にまで向かう。


「さっき出してもらった報告書、日付が抜けてたわ。あと、この二つの書類も数か所誤字脱字があるから気を付けてね」

「失礼しました。すぐ直します」


 出社してすぐに出した書類の不備を指摘されて、急いで自分の席に戻って作り直し始める。修正自体は大したものではないのですぐに終わるけれど、普段なら出す前に確認していたのに今回はすっかり忘れていたので、慣れで起きてしまったミスが内心小さなショックを与えていた。


「……大丈夫?」


 修正も終えてもう一度提出しようとしたところに、通りがかった野中さんにいきなりそんなことを聞かれて反射的に振り返る。


「昨日もコピーする枚数が少なかったり提出する書類を間違えたりしていたでしょ。森野さんにしては珍しいミスが頻発してるから、何かあったのかなって課長も私も少し気にしてたわよ」


 

 ……そんなにやらかしてたんだ、私。



 先輩に言われてその不甲斐なさに肩を落としてしまいそうになるけれど、悟られないように気を取り直し口角を上げて答える。


「お気遣いありがとうございます。でも、私は大丈夫なので。仕事にはもっと注意を払いますから」


 やや早口にそれだけ告げると、書類の印刷の為に席を外した。

 すれ違いざまに感じた野中さんからの視線が余計に気まずさを増してしまい、目を合わせられずに傍を通り過ぎていく。

 何も言えないことに罪悪感を覚えながら、それでも私個人の悩みを伝えるには会社の人たちとの距離は遠くに位置していた。



 昨日今日と続く不調に、心当たりがないかと聞かれると全くないわけではない。

 この二日間、私の夢の中ではいつも別れの記憶が——それも一方的に離れるような展開ばかりが続き、ふとした瞬間にそのことが頭を掠めていく。

 それはもう過ぎた過去の出来事だと分かって振り払おうとしても、唐突に現れた悪夢はまだ私の身体に纏わりついて離そうとはしなかった。

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