過去と現在 29日目

 雨粒が傘をパタパタと打ち付け、リズムの良い音が梅雨の時期に風情を与えている。

 隣にはセーラー服を着た女の子がしきりに私へ話しかけてきて、その話題に私は笑いながら梅雨の通学路を一緒に歩いていた。


 しかし、肝心の内容は全く聞こえてくることはなく、まるでサイレント映画のような光景に違和感を覚えていた。


 ついこの間天気予報で梅雨明けの発表があったばかりな上に、隣の子は私より頭一つ分背が低そうだけど、目にしている世界は彼女よりも更に低い位置を映している。

 視界の端に映る自分の姿も普段の大きさより一回り以上小さいので、この景色はいつかの私が体験した過去の出来事を夢として流れているようだった。


 しばらく道なりに歩いていると左右に分かれた道に差し掛かり、互いに別れの言葉を口にしてから一人帰り道の続きを歩きだす。

 制服からして、これが中学時代のことなのは理解できてはいたけど、何時の記憶なのかはまだぼんやりとした意識ではまだみつけられていなかった。



 仮に分かったとしても、この頃の記憶なんて大抵ろくなものがなくあまり思い出したいものではなかった。



 そこから更に奥へ進めば、格子状の大きな門が遠くから家族や来客などを迎え、そこをくぐれば大きな邸宅が持ち主の権威を見せつけるかのようにどっしりと構えていた。


「ただいま戻りました」

 

 玄関に入ってかしこまった挨拶をすると、それに気づいたエプロン姿の女性がそそくさとタオルを持ってきて濡れた制服や身体を丁寧に拭いてくれる。


「お帰りなさい」


 お手伝いさんから少し遅れて、奥のリビングからは私の母がゆっくりと近づいていた。

 言葉では優しく迎えてくれてはいるが、常に目が吊り上がり周囲を威嚇するかのような顔に背筋が勝手に伸びて姿勢を正していた。

 

「ところで鈴音」


 身体も一通り拭き終わったところに、母は顔を一切崩さないまま鋭い口調で名前を呼ぶ。昔からその声が苦手で、厳格な性格も相まって小さい頃は親と話すことから逃げ出したくなることが何度もあった。


「あなた、一緒に帰っているあの子とは距離を置きなさい」


 帰ってきて間もないうちにそんなことを言われて、全身が氷のように固まっていく。

 頭の中では、さっきまで一緒だったあの子の笑った顔がフラッシュバックを繰り返していた。


「どうして、ですか……。あの子は何も悪いことしていないのに」


 あの子のことをまるで悪い人みたいに言う母に、静かにだけれどその言い分に口を挟む。

 しかし、そんな抵抗も虚しく見下すように私を見つめながら鼻をならし淡々と告げる。


「そんなの簡単よ。あなたとは釣り合わないからよ。いつも付き合う人は選びなさいって言ってるでしょう」


 睨むような目つきに私の心は完全に突き刺されてしまい、有無を言わせることすら許さない態度で目の前に立ち塞がっていた。


「………………分かり、ました」


 そんな母にこれ以上の抵抗する術なんてない私は、渋々それを受け入れて家の中へと上がっていた。

 納得させて満足した彼女は、踵を返してキッチンへと戻っていく。

 その後ろで、私は自分の弱さを噛みしめるように唇を噛み締めていた。





 ここまで夢に出てくると、その後の展開なんて嫌でも思い出してしまう。

 結局、その子とはこの日以降会わなくなり、向こうもいきなりの態度の急変に怒りをあらわにされてしまい、私たちの友情は幕を下ろしていた。



* * *



 目が覚めて、あの忌まわしき記憶に苛まれていた痕跡が身体中にびっしりとついて流れ落ちていく。

 大人に戻った私は、自分の手足や見える世界を確認して深く溜息をこぼしていた。


「なんで急にあんな夢を……」


 締め付けられるような頭痛で目覚めも悪く、忘れたかった昔のことが蘇ってきてしまい嫌気がさしてくる。

 一週間の始まりとしては良くない夢に悩まされながら、それでも今はあの時とは違うと思い込ませながら勢いよくベッドから飛び降りていた。

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