心と贈り物 27日目
日も落ちて薄暗くなった裏通りで、今日も通い慣れた店の看板はひっそりと掲げられている。
「いらっしゃいませ——って、あんたか」
ドアベルの音に振り返って営業スマイルを振りまくが、その相手が私だと分かるとすぐに素の顔に戻りグラスを拭き始める。私たちからしてみたらこれはいつものやり取りであって、接客としては良くはないけれどお互いにとっては気を使わないで済むので楽な客ではあった。
特に案内されたりすることもなく、いつものカウンター席へと腰かける。
「それで、どうだったの?」
座って早々に奈緒は、前のめりになって水族館へ行ったことを興味本位で聞いてくる。普段ならそういう態度を取られると相手にするのが面倒になって適当にあしらうのだが、今回は丁度話すつもりでいたのである意味でタイミングは良かった。
「実は、聞いてほしいことがあるんだけど」
そして、これまでに起きたことを順番に説明していく。
真剣な顔をする私に、奈緒は驚きで珍しく目を丸くしていた。
* * *
「——って言うことがあって」
水族館での出来事やその前に見た夢のこと、そして今も続くあの鼓動のことなどこの一週間で起きたことを全て伝えて、出されたカクテルを一口喉へ通す。
一息ついてから、このことにどんな反応をするのか奈緒の様子を窺ってみる。
しかし、さっきから彼女は妙な呻き声をあげながら顔が険しくなったり腕を組んで悩んだりと手も顔も忙しくしながら何かを捻り出すかのように考え込んでいた。
そんなに深刻なことなのかな。
「まぁ、なんというか、ここまで鈍いなんて思わなかったけど……。とりあえず、おめでとう」
「…………え?」
目の前で散々悩み抜いて出てきた一言が何故か祝福されていて、どういうことか分からず素っ頓狂な声が上がってしまう。
私の反応も奈緒には予測済みだったみたいで、小さく息を吐いて呆れられていた。
「じゃあ、簡潔に言うね」
そう告げて、一呼吸おいて再度語り始める。
「三咲、あなた鈴音ちゃんのことが好きなのよ。それも恋愛対象として」
唐突にそう言われて、彼女の言葉に耳を疑う。
私が鈴音のことが好き?
それも恋愛として?
今まで感情の起伏が薄い人生を送っていたから、誰かを好きになることなんて同性異性問わず起きたことなんてなく、今後も起きるとも思っていなかった。
いくら奈緒でも、それは流石に飛躍しているんじゃないかと疑いの目を向けようとするが、それよりも先に彼女は私の思考を遮っていた。
「じゃあ聞くけど、三咲は鈴音ちゃんのことどう思ってるの?」
意図の見えない質問に、聞かれてすぐに浮かんだことをそのまま返してみる。
「それは……鈴音は真面目でちゃんと礼儀もしっかりしていて。けれど、笑った時の顔は魅力的で私も可愛いと思うことがあって。……出来るなら、もっと一緒にいたい」
自分の言葉を耳にして、思わず口を抑えてしまう。
さすがの私も恋愛漫画ぐらいは読んだことはあって、そのヒロインはずっと異性の主人公ばかりを見ていたのは覚えている。その当時は何が良いのか分からず、全く共感出来ないうちに読むのを止めてしまっていた。
けれど、今の私の発言は、そのヒロインとほぼ同じことをしている。
相手のことばかりをずっと考えているとか、何気ない仕草に心が揺れ動いたりとか、フィクションの中だけだと思っていた感情が急に現実になって迫ってくる。
一緒にいたいと願うことも。
触れてみたいと思うことも。
微かながらに感じていた、私を見てほしいという気持ちも全部——。
——トクン。
心臓が、また大きく高鳴りを聴かせる。
にわかに信じられないと思う気持ちがまだあるけれど、鈴音のことを考えるだけで高鳴る心は正直に彼女のことを『好き』だと謳い続けていた。
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