心と贈り物 26日目

 鈴音と水族館を一緒に過ごしてから二日が経ち、周りの景色はいつも見ている無機質で殺風景ものへと戻っていた。職場では相変わらずトラックを動かす大きなエンジンや、鉄板を叩いたり溶接したりする音で騒がしいけれど、一日空いただけでもそれらが少し懐かしく聴こえていた。

 それでも、ここでの生活に彩りがある方ではなく決められたルーティンを手順よくこなしていくだけの日々であることに変わりはない。

 強いてある変化といえば、スマホに新しく着いたメンダコのストラップがゆらゆらと動くようになったぐらいだった。


「楽しめたようだね」


 お昼の休憩中、早々に昼食を終えた私は鈴音と同じストラップの色違いをぼんやりと眺めている。すると、近くを偶然通りかかった工場長に声をかけられていた。


「先日はありがとうございました」


 気が付いてすぐに水曜日の有給にお辞儀をして感謝を示すが、その動きを手で制止させられてしまう。


「そんなにかしこまることじゃないよ。一日ぐらい仕事の段取りなら付けられるし、ここ数週間は表情が明るくなって毎日楽しそうにしているから、そのままプライベートも大切にしなさい」


 優しく諭すようにそれだけ言うと、彼は事務所の方へとぼとぼ歩きだしていく。私はまるまったその背中を見送りながら、工場長の一言で自分の変化に改めて気づかされていた。



 私が、楽しそうにしている……。



 今まで表情の変化なんて乏しくて、そのせいで何度か人とぶつかったことがあるのに、そんな私が感情を出すようになるなんて考えたこともなく、心の何処かではこのままでずっと生きていくものだと思い続けていた。

 それもこれも、鈴音と出会ったことがきっかけになっているのは明らかだった。



 ——それなら。

 この胸の高鳴りも、鈴音がもたらした『変化』なのだろうか。



 水族館の連絡路でしたあの鼓動が、今でもたまに私の胸を打ちつけている。

 特にストラップや彼女からのメッセージが届いたりする時に一緒になって鳴りだして、まるで心を握るかのような苦しさも伴っていた。

 でも、その奥では決まって彼女は静かに微笑んでくれていた。



 その笑顔に、私はなんて声をかけたらいいんだろう。



 今まで経験したことのない心の揺らめきの正体も、それにどう対処したらいいのかも今の私には検討がつかない。


 奈緒なら、その答えを知ってるかな。


 明日会うマスターへの話題への一つにこの気持ちを吐露することを決めながら、今日の残りの時間をあのメンダコと一緒に過ごしていた。

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